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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第4話 ドロップしない鍵

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ドロップしない鍵

 村に着いたのは、翌日の夕方だった。

 十六人の旅人を連れた一行が広場に入っていくと、炊き出しの前にいた村の人たちが、手を止めてこちらを見た。

 そのあとの半日は、たいへんな騒ぎになった。

 二百年前の旅人が村長に王の名を聞き、四十年前の行商人がダグさんに荷車の修理を頼み、十六人ぶんの寝床を村じゅうで探すことになった。

 納屋も、出張所の奥も、空いている場所は全部使った。

 広場の真ん中で、ダグさんが立ち止まっていた。

 向かい合っているのは、四十年ものの毛皮を抱えたヨナスさんだった。

 ダグさんは、今年で五十だ。髭は白いのが半分混じっていて、腕は丸太のように太い。

 ヨナスさんは、三十そこそこの顔をしていた。凍る直前のままの顔だ。

 二人は、しばらく黙って見合っていた。

 先に口を開いたのは、ヨナスさんのほうだった。

「……ダグ坊か」

 ダグさんは、返事をしなかった。

 返事の代わりに、叔父さんの肩を両手でつかんで、二度、三度と揺すった。

 それから、そのまま抱えこんで、太い腕の中に閉じこめてしまった。

 ヨナスさんが、何か言っていた。苦しい、と言っていたのかもしれない。

 ようやく解放されたヨナスさんは、甥の顔をまじまじと見上げた。

「……お前、いくつになった」

「五十だ」

 ヨナスさんは、自分の手のひらを見た。それから、もう一度ダグさんの白髪まじりの髭を見た。

「俺は、三十二だ」

「知ってる」

「……おい。俺より年上じゃねえか」

「知ってる」

 ダグさんは、そう言って、叔父さんの背中をもう一度叩いた。

 広場の隅では、母さんが鍋の前にしゃがんだまま、前掛けの裾で目もとを押さえていた。

 それから何事もなかったような顔で立ちあがって、「ヨナスさん、お代わりは?」と聞いた。

 いちばん困っていたのは、ホルストさんだった。

 旅人のうち何人かは、冒険者だった。

 彼らが差し出した冒険者証は、木札の形も焼き印も、今のものと違っていた。登録番号は三桁で、帳簿のどこを探しても載っていない。

「ランクは」

 ホルストさんが聞くと、巻物(まきもの)を差した男が、胸を張って答えた。

「Aだ」

 ホルストさんの手が、止まった。

「……二百年前のAですな」

「今と、違うのか」

「基準が、三度ほど変わっております」

 ホルストさんは、その木札を明かりにかざして、しばらく眺めていた。

 それから、何か言いかけて、やめた。

 カウンターの引き出しから新しい依頼票の束を出して、いちばん上の一枚に、まず「再登録」と書きはじめた。


   *


 その夜、俺は自分の部屋で、攻略チャートを広げていた。

 紙ではない。頭の中にある、前世の仕様書の書式そのままのやつだ。

 第二章の最初の行に、こう書いてある。

〈北の関所の鍵:霜(しも)の番人(Lv.24)を撃破して入手〉

【ヒント:ボスを倒すと、まれに特別な宝箱を落とします】

 ヒントの枠が、律儀に開いた。

 落とすはずの鍵は、今もユキの腰に下がっている。三百年前から、ずっとそこにある。

 俺たちが通るたびに、ユキが自分で扉を開けて、自分で閉める。

 あの鍵は、この先も、たぶん永遠にドロップしない。

 俺は、その行に線を引いた。

 消した行は、これで三本目になる。

 一本目が、ゴブリン王ガルド。二本目が、洞窟の主。そして三本目が、霜の番人。

 どれも、本編の序盤で勇者が倒すはずだった相手だ。

 今は、炊き出しの鍋をかき回し、洞窟で子どもを育て、毛のマントを着て扉の番をしている。


   *


 三年後に何が起きるか、自分は知っているつもりでいた。

 知っているのは、「起きるはずだったこと」だ。

 その起きるはずだったことが、一つずつ起きなくなっている。ゴブリン王は生まれず、洞窟の主は凶暴にならず、霜の番人は倒されない。

 経験値が入らないのは、まだいい。

 困るのは、手持ちの地図が、一枚ずつ薄くなっていくことのほうだった。

 三年後、村は焼けないかもしれない。焼けなければ、勇者は覚醒しないかもしれない。

 覚醒しないまま、魔王軍の先遣隊がこの村に来たら、そのとき俺は、何を頼りに戦えばいいのだろう。

 答えは、仕様書のどこにも書いていない。

 俺は、前髪をかき上げた。

 村長は、夕方から帳面を抱えて頭を抱えていた。十六人ぶんの冬の食い扶持が、いきなり増えたからだ。

 ただ、そちらは何とかなりそうだった。

 ヨナスさんの荷車には、四十年ものの新品の毛皮が三十枚積まれている。オスカーに見せれば、冬の備蓄くらいは軽く買える値がつくはずだ。

 毛皮を売る先も、それを運ぶ道も、今はある。

 台所から、糸車(いとぐるま)の音が聞こえていた。

 母さんが、二枚目のマントを編んでいる。ユキに届けるぶんだ。

 ついでに、氷漬けから解けたばかりの十六人のぶんも編むと言っていたので、あの糸車はたぶん、春まで止まらない。

 チャートの最後の行に、俺は新しく一行を書き足した。

〈三年後にすべきこと:不明〉

 書いてから、しばらく眺めて、消さずにおいた。

 俺は、頭の中の紙を閉じた。

 地図が薄くなっていくのは、たぶん、悪いことばかりではない。焼けるはずだった村で、今夜も糸車が回っている。

 北の山では、今ごろ、ユキが扉を閉めているはずだった。

 誰も見ていない回廊で、三百年ぶりの仕事をしている。


   ◆


【人材開発課 週次報告】

報告者:魔王軍人事局 人材開発課 係長 モルグ

案件:北部山中からの帰還者について


経過:

六十年前に行方不明として処理された偵察課の斥候一名が、北部山中より帰還した。

本人の説明によれば、人間の関所を守る氷の魔物に捕らえられ、氷中に留め置かれていたとのこと。


現状:

当時の上司はすでに退職しており、引き継ぎの資料も残っていない。

本件の担当部署が不明のため、暫定的に当課で引き取った。


報告内容:

「北の古道が開いた。人間の村の荷車が通っている」


補足:

ゴブリン、ザグの群れは、冬に入って食料が尽きかけている。人間の荷車を狙う動きがある。

所見:好機と判断する。


追記:

帰還した斥候が、六十年ぶんの給与の支払いを求めている。

対応を検討中。

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