↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第1話 母さん、それ中ボスです。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/47

迷子?

 冒険者ギルド・ハルテ出張所は、村の雑貨屋の奥にある。

 出張所といっても、カウンターがひとつと掲示板がひとつあるだけだ。ゲームには登場しない。

 本編が始まるころには、雑貨屋ごと灰になっているからだ。

 カウンターの向こうで、くたびれた中年の男が帳簿をつけていた。

 顔を上げて、まず俺を見て、次に俺の背中の籠(かご)を見て、最後に、俺の隣で目尻に笑いじわを寄せている母さんを見た。

「……登録?」

「はい」

「名前と年齢」

「リオ。十五です」

「十五……ああ、今日が誕生日か。おめでとう」

 棒読みだった。男の目が、また俺の隣に移る。

「で、そちらは付き添い?」

「母です。いつも息子がお世話になっております」

「今日が初日だから、まだ何もお世話してないけどね」

 男はため息をひとつついて、木札(きふだ)に焼き印を押した。Fランクの冒険者証。

 受け取った瞬間、朝から視界の隅でちらついていた半透明の枠が、はっきりと開いた。

【冒険者登録が完了しました】

【リオ 勇者(未覚醒) Lv.1 EXP 0/30】

 ゲームの勇者は、王都の大ギルドで、ファンファーレと一緒に冒険者登録をする。

 ステンドグラスから光が差し込む、そこそこ予算をかけたイベントシーンだ。

 現実の勇者は、雑貨屋の奥で、棒読みの「おめでとう」と一緒に登録された。

 母さんも受付の男も、目の前に浮かぶ文字にまったく反応しない。見えているのは俺だけらしい。

 前世の記憶と一緒に開いた、開発者用のデバッグ画面のようなものなのだろう。

 試しに、隣の母さんに視線を向けてみる。

【マルタ 村人 Lv.1 スキル:なし】

 平凡そのものだった。当たり前だ。名前すらなかった人なのだから。

「初日なら、森の浅いとこでスライムでも突いてなさい」受付の男が掲示板を指さした。「薬草採取の依頼もあるけど」

「薬草なら、お母さんが摘むわよ」

「登録してない人には報酬出ないよ」

「いいのよ。お茶にするだけだから」

 男は何か言いかけて、やめた。賢明な判断だと思う。

 掲示板には、依頼の紙が三枚だけ貼ってあった。薬草採取。迷い山羊(やぎ)の捜索。それから、討伐依頼が一枚。

〈南の森 痩せたゴブリン一体の目撃情報あり 討伐報酬 銅貨二十枚〉

 痩せたゴブリン一体。群れからはぐれた個体だろう。Lv.3か4。スライムで二、三レベル上げてからなら、十分に狩れる。

 チャートの三日目に組み込めるな、と思った。


   *


 森の入り口で、母さんとは別れた。

 母さんは自分用の小さな摘み籠と水筒だけを持って、「お昼には戻ってくるのよ」と手を振った。

 巨大な弁当籠は、俺の背中に残った。

 勇者の初陣が、弁当を背負ってのスライム狩りになるとは思わなかった。

 森の中の道は、ほとんど記憶どおりだった。

 三本杉の分かれ道。苔(こけ)に埋もれた石の祠(ほこら)。道の脇の、赤い実をつける低木。どれも俺がマップに置いたものだ。

 赤い実は、食べると少しだけHPが回復する。チュートリアルで「採取」のボタンを教えるために置いた。

 歩きながら、自分の足が道を覚えていることに気づいた。

 十五年この村で育ったリオの足と、この森を方眼紙の上で組んだ圭介の頭が、同じ道をなぞっている。妙な感覚だった。

 ただ、途中で一か所だけ、小川を渡った。

 マップに小川を置いた覚えはない。水の流れる音も、足首を濡らす冷たさも、仕様書のどこにも書いていない。

 少しだけ、足が止まった。それから、まあ誤差だろう、と思い直して先へ進んだ。

 目指すのは、森を少し入ったところにある、苔むした倒木の窪地(くぼち)だ。

 チュートリアルの一戦目のために、俺が配置した湧き地点。

 倒木の段差でスライムの動きが鈍るよう、地形まで組んである。

 いた。

 窪地の底で、半透明の塊がぷるぷると揺れている。

【スライム Lv.1】

 核は中心よりやや下。そこを一突きすれば終わる。経験値は五。六匹でレベル二。初週でレベル五。チャートどおりだ。

 ダグさんにもらった短剣を抜いた。

 前世では、一度も生き物を殺したことがない。リオとしても、せいぜい鶏をしめるのを手伝ったくらいだ。

 数字の上では何百万匹と倒させてきたスライムを、今、自分の手で刺す。

 畑仕事のまめが残る手のひらが、柄(つか)の上で少しだけ汗ばんだ。

 倒木の陰から踏み込もうとした、そのとき。

「あら」

 聞き慣れた声が、真横の茂みからした。

 母さんが、しゃがんで薬草を摘んでいた。

 そうだった。薬草の採取ポイントを、スライムの湧き地点のすぐ隣に置いたのは俺だ。

 戦闘と採取を一度に覚えられるように。無駄のない、いい導線だと当時は思った。

「迷子?」

 母さんは緑の目を細めて、スライムに向かってそう言った。

 スライムはぷるんと一度震えると、母さんの足もとへころころと転がっていき、前掛けの裾(すそ)にぴたりと貼りついた。

【スライムの敵対状態が解除されました】

「ひんやりして気持ちいいわねえ」

 母さんの裾に貼りついたスライムを刺すには、母さんの脚ごといくしかない。俺は短剣を下ろした。

 一匹目は、あきらめる。湧き地点はここだけじゃない。次に行けばいい。

 そう考えて振り返りかけたとき、奥の藪(やぶ)が、がさりと鳴った。

 出てきたのは、ゴブリンだった。正確には、ゴブリンが藪から倒れ込んできた。

 緑がかった灰色の肌。枯れ枝みたいな腕。片耳が欠けていて、脇腹に汚れた布を巻いている。

 ゴブリンの年齢はよくわからないが、それでもわかるくらいの年寄りだった。

 掲示板の、痩せたゴブリン一体。

 視界に枠が開く。

【ガルド ゴブリン Lv.8】

 一拍(いっぱく)、心臓が止まった気がした。

 ガルド。その名前を、俺は知っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。