↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第4話 ドロップしない鍵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/47

母さん、それ、鍵を持ってます

「母さん、下がって!」

 俺の声より、番人が動くほうが早かった。

 氷の腕が持ち上がる。空気が、一段冷えた。

「——下がられよ」

 声がした。

 低くて、ゆっくりで、ひどく古い言い方だった。

「この先は、通さぬ。鍵は、渡さぬ」

 母さんが、足を止めた。

 番人の腕は、持ち上がったまま止まっていた。振り下ろす気配はない。氷の目が、母さんを見ている。

 俺は、短剣の柄を握っていた。握ったまま、何もできずにいた。

 Lv.24の攻撃を、Lv.1が受けたらどうなるか。防御力四十八でも、たぶん一撃で終わる。

 数字を決めたのは自分なので、そこはよく知っている。


   *


 そのとき、俺の横で、青白い光が走った。

 ニールさんだった。

 杖(つえ)の先に、小さな光の球ができている。若い魔術師の手が、震えていた。

 母さんと番人のあいだの距離に、たぶん耐えられなかったのだろう。

 光の球が、飛んだ。

「ニールさん、杖を離して!」

 叫んだのは、その仕掛けを書いたのが自分だからだ。

 霜の番人に魔法を当てると、冷気が術の通った道をさかのぼる。

 プレイヤーに松明と油を使わせたかったので、魔術師には割の合わない相手にしておいた。

 光の球は、番人の胸に当たって、弾けた。

 氷の表面が、こぶし大だけ白く濁った。

 そこから、白い筋が伸びてきた。

 空中を、光の球が飛んだのと同じ線をたどって、ニールさんの杖の先まで。

 ニールさんが杖を投げ捨てたのは、そのあとだった。

 杖は、床に落ちる前に凍りついていた。落ちた音が、木の音ではなかった。

 そのまま、氷の床に貼りついて動かなくなった。

 ニールさんの右手は、手首から先が、白い。

 指が、曲がらなくなっていた。

「ニール!」

 ロザさんが駆け寄って、その手を両手で挟もうとした。

「こすっちゃだめ!」

 母さんの声が、飛んだ。

 叱る声ではなかった。ただ、低かった。

 ロザさんの手が、止まった。

 俺は言われる前に、背負い籠(かご)をおろした。母さんが、中から毛の手袋を二組つかみ出す。

 ニールさんの手をその毛でくるんで、上から自分のふっくらした両手で包む。

「しもやけと同じ。いきなり温めると、あとが残るの」

 母さんは、ニールさんを見上げた。

「痛い?」

「……いえ」

 ニールさんは、首を横に振った。

「痛く、ないです。何も、感じません」

 母さんの丸い顔から、笑みが消えていた。

「——下がられよ」

 番人が、もう一度言った。

「二度は、言わぬ」

 誰も動けなかった。

 氷の柱が十七本ある理由が、これでわかった。この回廊では、手を伸ばしたほうが凍る。


   *


 母さんは、ニールさんの手を毛でくるみ終えると、立ちあがった。

 それから、番人のほうへ向き直った。

「ねえ、リオ」

 母さんが、振り返らずに言った。

「あの人、腰に何か下げてるわね」

「……鍵です」

 言ってから、気づいた。言い方が、あの日と同じだった。

「母さん。それ、鍵を持ってます」

「あら。じゃあ、貸していただけるか、聞いてみましょうか」

「そういう話じゃなくて」

 そういう話ではない。

 相手はLv.24で、この回廊には氷漬けが十七人いて、そのうちの何人かは、たぶん鍵を貸してくれと頼んだ人たちだ。

 ガルドが、俺の肩を押さえた。

「動くな」

 低い声だった。ガルドの目は、番人の腕の高さを見ている。振り下ろされたときに、どこへ飛べばいいかを測っているらしかった。

 ベックさんが、松明(たいまつ)を持つ手を少しだけ下げた。ロザさんの矢も、下を向いた。

 母さんが、番人の前に立っているからだ。ここで火を投げれば、届く先に母さんがいる。

 そして、母さんは、鍵の話を、しなかった。


   *


「まあ、ずいぶん傷んで」

 母さんが見ていたのは、番人の外套(がいとう)だった。

 肩の部分が裂けて、垂れ下がっている。裾は霜(しも)で固まり、色は抜けて、もとが何色だったのかもわからない。

「三百年、着っぱなしなのね」

「……」

 番人の腕が、ゆっくりと下りた。

 母さんは、足もとに置いたままの背負い籠から、村の毛のマントを一枚引っぱり出した。

 森オオカミの毛を紡(つむ)いで、女の人たちが冬じゅう編んでいたものだ。

 母さんが、それを広げて番人に近づける。

 番人が、一歩、後ろへ下がった。

 氷の体の表面が、わずかに白く曇った。息を吹きかけられた窓のような曇り方だった。

「あ。熱いのは、いやなのね」

「あったかいものは、まずいと思うぞ」

 ベックさんが、松明を下げながら言った。

「溶けちまうんじゃないか」

「大丈夫よ」

 母さんは、マントを自分の頬に当ててみせた。

「毛はね、温かさも逃がさないけど、冷たさも逃がさないの。夏に氷を運ぶとき、毛布でくるむでしょう。あれと同じ」

 番人は、動かなかった。

 母さんは、番人の返事を待たずに、その肩へマントをかけようとした。

 背が、まるで足りなかった。

 母さんの手は、番人の腰のあたりまでしか届かない。しばらく背伸びをしていたが、そのうちに、後ろを振り返った。

「ガルドさん、お願いできる?」

 ガルドは、斧(おの)を氷の床に置いた。

 それから、マントの端を口にくわえて、番人の体を這うようにして登った。ゴブリンの爪(つめ)は、氷によく刺さるらしい。

 番人は、動かなかった。

 背中にゴブリンを張りつかせたまま、じっとしていた。

 ぼろぼろの外套の上から、灰色のマントが重なった。

 俺は、番人の体の表面を見ていた。

 曇りは、広がらなかった。溶ける気配もない。

 毛の下で、三百年ぶんの霜は、霜のままだった。

 番人が、指を動かした。

 氷でできた太い指が、肩のマントの縁に触れる。糸のほつれを確かめるような、ひどくゆっくりした動きだった。

「襟は、こう」

 母さんは背伸びをして、マントの襟を直した。届かないところは、また背中のガルドが直した。

「はい。これでいいわ」

「……マルタさん、あんた、何してんだ」

 ベックさんが、松明を持ったまま、かすれた声で言った。

「見てのとおりよ」

 見てのとおりではあった。

 母さんは、番人の胸のあたりに顔を近づけた。

「あら。中に、糸が入ってるのね」

 言われて、俺も気づいた。

 氷の内側に閉じこめられていた繊維(せんい)は、外套の毛だった。三百年のあいだに、少しずつ体に取りこまれたのだろう。

「……古い外套だ」

 番人が、そう言った。

「ご主人様が、置いていかれた」

「じゃあ、この新しいのも、そのうち中に入るわね」

 母さんは、なんでもないことのように言った。


   *


 番人が、顔を動かした。

 初めて、母さんのほうへまっすぐ向いた。

 氷の中の気泡が、松明の光を受けて、ゆっくりと動いたように見えた。

「……なぜ」

 番人が言った。

「なぜ、そのようなことを」

「寒そうだったから」

 母さんは、そう答えた。

 相手が氷でできているという事実は、この人の中では、たぶん何の障害にもなっていない。

「それと、破れたままだと、みっともないでしょう」

 ロザさんが、俺の横で小さく吹き出した。ベックさんは天を仰いでいた。

 ニールさんは、毛にくるまれた右手を胸に抱えたまま、口を半分開けている。

 番人は、肩のマントを見おろしていた。

 それから、また母さんを見た。

「……座られよ」

 番人は、そう言った。

「長い話になる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。