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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第4話 ドロップしない鍵

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氷漬けの旅人たち

 松明(たいまつ)に火を入れて、回廊に入った。

 通路の壁は、人の手で削られたものだった。天井は高く、足もとは平らで、荷車が二台並んで通れるだけの幅がある。

 三百年前まで、ここを商人の隊列(たいれつ)が行き来していたのだろう。

 ゲームでは、この回廊は三つの部屋に分かれていた。入り口の広間、中間の休憩所、それから奥のボス部屋。区切りを決めたのは、俺だ。

 実際に歩いてみると、まっすぐな一本道だった。仕切りらしいものは、どこにもない。

 マップに置いた覚えのない小川を渡ったときと同じで、この世界は、こちらの都合のいい形をしていない。

 十歩進むごとに、息が白くなる間隔が短くなった。

 壁に、氷が張りはじめる。最初は霜(しも)のような薄さだったものが、奥へ進むにつれて厚くなり、やがて壁そのものが氷になった。

 松明の光が、氷の中で何重にも散った。

 ガルドが、鼻をひくつかせた。

「……人間の匂いがする。ずいぶん古い匂いだ」

 その散った光の向こうに、柱のようなものが並んでいるのが見えた。

 氷の柱だ、と最初は思った。

 近づいて、そうではないと気づいた。


   *


 人が、入っていた。

 氷の中に、立ったままの姿で。

 列のいちばん手前の氷には、荷車ごと、行商人が入っていた。厚い外套(がいとう)を着て、片手をまっすぐ前に伸ばした格好で止まっている。

 何かをつかもうとした手だった。

 顔は驚いた形のまま、眉のあたりに霜が乗っていた。荷車の車輪の形が、今ベルダで見かけるものと少し違う。

 その隣は、女の人だった。荷を背負って、まっすぐ前を見ている。

 その次の一本だけ、中身の形がうまく取れなかった。人にしては小さくて、松明の光の当たる角度も悪い。

 さらに奥には、二人組の冒険者らしい姿があった。剣を抜きかけたところで固まっている。

「……何人いる」

 ベックさんの声が、低くなった。

 数えた。十七。

 服装は、手前から奥へ行くほど古くなっていた。

 いちばん奥の氷の中の男は、膝(ひざ)まである長い上着を着て、腰に巻いた帯に巻物(まきもの)を差していた。あの格好は、たぶん二百年は昔のものだ。

「死んでるのか」

 ニールさんが、杖(つえ)を握りしめたまま聞いた。

 返事をしたのは、母さんだった。

 母さんは、いちばん手前の氷に近づいて、手袋をはめた手を、そっと氷の表面に当てていた。

「あらあら。この人たち、風邪をひくわよ」

 風邪の心配をする段階ではないと思う。

 ただ、そう言われてみれば、氷の中の顔には、どれも死んだ人の色がなかった。血の気がある。眠っている人の顔だった。

 枠も、出ていた。

【氷漬けの旅人】

 死んだものには、枠が出ない。倒した魔物の名前は、枠ごと消える。そういう仕組みにした覚えがあった。

「生きてます」

 俺が言うと、ベックさんが眉を上げた。

「見りゃわかるのか」

「……たぶん。凍ってるだけで、死んではいない」

 ゲームでは、この人たちは背景だった。名前も、枠も、つけていない。

 あの回廊の氷像は、美術班が作ってくれた。何体並べますかと聞かれて、俺は「適当でいい」と答えた記憶がある。

 上がってきた絵には、十七体が並んでいた。

 今、氷の中で枠が光っているのも、十七。

 数えるまで、同じ数だとは思っていなかった。


   *


「なあ」

 ロザさんが、小声で言った。

「この人たち、氷から出したら、どうなるんだろう」

「二百年だぞ」

 ベックさんは、松明を持ち直した。

「帰る家も、待ってる奴も、とっくにいねえ」

 その会話は、そこで止まった。

 奥のほうで、音がした。

 氷が軋(きし)む音だ。それが、こちらへ近づいてくる。

 ベックさんが、松明を前に突き出した。ロザさんが弓に矢をつがえ、ニールさんが杖を構える。

 ガルドが斧(おの)を持ち直し、母さんを背中にかばうように一歩前へ出た。

 通路の奥の闇から、それは出てきた。

 背丈は、ベックさんの倍近い。

 体は、全部が氷だった。ただし、澄んだ氷ではない。

 内側に細かい気泡と、古い布の繊維(せんい)のようなものが閉じこめられていて、白く濁っている。

 肩から、ぼろぼろの外套が下がっていた。もとは厚い毛織(けお)りだったらしいが、三百年ぶんの霜を吸って、板のように固まっている。

 そして、腰。

 革のベルトに、鉄の鍵が一本、下がっていた。人の手のひらほどある、大きな鍵だった。

 視界に、枠が開いた。

【霜の番人 Lv.24】

 名前は、赤い。

【ヒント:氷の魔物には、炎が有効です】

 わかってる。

 ただ、あの外套のことは、資料のどこにも書かなかった。


   *


 攻略法も、覚えていた。

 霜の番人は、動きが遅い。近づいて殴り合う必要はなくて、松明を二本、足もとの氷に押しつければいい。

 氷が溶けて足場が崩れると、番人は体勢を崩して膝をつく。そこへ油の壺を投げて、火を移す。二度繰り返せば倒せる。

 推奨レベルは二十。Lv.24の相手に、二十でも勝てるように、攻略法のほうを甘く作った。

 推奨レベル二十という数字を決めるとき、後輩と一度もめた。二十では甘い、二十二にすべきだと言われて、俺は二十で押し切った。

 プレイヤーに「ぎりぎり勝てた」と思わせたかったからだ。

 撃破経験値は、二万八千。

 二万八千。

 頭の中で、数字が勝手に並びはじめた。Lv.1からの必要経験値を積み上げていくと、一気にレベル十五を超える。

 今まで足踏みしていたぶんが、ここで全部片づく。

 松明は、ベックさんとロザさんが持っている。油も、荷にある。

 条件は、そろっていた。

 俺がその計算をしているあいだに、母さんは、氷の柱のほうへ歩いていっていた。

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