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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第4話 ドロップしない鍵

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霜の回廊

 地図の上では、北の山腹に細い線が引かれていた。

 線の途中に、小さな四角が描いてある。四角の横には、消えかけた字で「関所」とあった。

「霜(しも)の回廊、と呼ばれてた道だ」

 ホルストさんは、指で線をなぞった。

「山の腹を横に抜けて、雪の少ない斜面を通って、峠(とうげ)の向こう側で王都街道に合流する。峠を越えずに済む」

「そんな道があるなら、みんな使うでしょう」

「三百年前に閉じてる」

 ホルストさんは、四角の印を指で叩いた。

「関所の扉に、鍵がかかった。それきりだ。開けに行った連中は、誰も帰ってこなかった」

 ランプの明かりの下で、村長が唾を飲みこんだ。

「中に、鍵を持った何かがいる。そういう言い伝えだな。俺が若いころにも、腕自慢が何人か挑んだ。帰ってきた奴は、一人もいない」

 ダグさんが、鼻から息を吐いた。

「うちの叔父貴も、その口だ」

 みんなが、ダグさんのほうを向いた。

「四十年前だ。毛皮を扱ってた人でな。北の道さえ開けば、王都まで一本で運べると言って、荷車ごと出ていった。……それきりだ」

 ダグさんは、太い腕を組んで、地図の四角い印を見ていた。

「俺がまだ、十かそこらのころの話だがな」


   *


 俺は、その道を知っていた。

 霜の回廊。ゲームの第二章、最初のダンジョンだ。

 本編では、勇者は王都へ向かおうとして雪山に阻まれる。街道の峠は雪で閉ざされていて、越えられない。

 そこで、地元の老人から古い道の話を聞く。

 回廊の奥には、氷の魔物がいる。

【霜の番人 Lv.24】

 プレイヤーが倒すと、【北の関所の鍵】を落とす。その鍵で関所の扉を開けると、雪山を迂回して王都へ入れる。

 鍵がなければ、勇者は王都にたどり着けない。第二章は、そこで止まる。

 設定欄は、一行だった。

〈旅人を氷漬けにする氷の魔物〉

 書いたのは、俺だ。

 理由は書かなかった。

 雪山の手前で一度足を止めさせたかった、という都合があっただけで、その魔物が何を考えているかまでは、誰も必要としていなかった。

 氷漬けになった旅人たちも、背景の飾りとして絵にしてもらった。あの回廊に立ち並ぶ氷像は、美術班の仕事としてはよくできていたと思う。

 設定欄は、ない。飾りに設定欄は要らない。


   *


「鍵は、たぶん本当にあります」

 俺がそう言うと、大人たちが一斉にこちらを向いた。

「回廊の奥に、それを持ってるやつがいる。扉を開けられれば、峠を通らずに王都へ行けます」

「リオ。お前、なんでそんなことを」

 ダグさんの問いに、俺は地図の線を指で示してごまかした。

 こういうとき、前世の記憶は説明しづらい。母さんは俺の横で、にこにこと地図をのぞきこんでいるだけだった。

 話は、その晩のうちにまとまった。

 様子を見に行く。荷車が通れるかどうかだけ確かめて、無理なら引き返す。

 行くのは、俺と、ガルドと、ベックさんたち三人組。

 それから、当然のように母さん。

「お弁当がないと、みんな困るでしょう」

 誰も反論しなかった。この村では、その一言で話が決まる。


   *


 翌朝、まだ暗いうちに村を出た。

 背負い籠(かご)には、村の毛のマントが四枚と、手袋が六組。弁当と、薬草と、水筒。

 詰めたのは母さんで、背負うのは、今回も俺だ。

 ここ数日で編み上がった、いちばん新しいマントも入っていた。

「向こうは寒いでしょうから」

 誰にあげるつもりなのかは、聞かなかった。

 出る前の晩、ガルドは納屋で斧(おの)を研いでいた。

 チットが自分も行くと言い張って、ガルドに短く叱られていた。留守のあいだ、炊き出しの鍋はチットの担当になる。

 刻み目を数える木の板も、その晩のうちに引き継がれた。

 チットが、納屋の前まで見送りに出てきた。ガルドが何か短く言うと、チットは何度もうなずいて、手袋をはめた手を振っていた。

 雪は、思ったより歩きにくかった。

 膝(ひざ)まで沈む場所もあれば、風で吹き払われて凍っている場所もある。ベックさんが先頭で雪を踏み固め、そのあとを俺たちが歩いた。

 俺たちが登っているのは、尾根を越える近道だ。

 荷車を通すなら、川沿いに大きく回りこむ道になる。遠いが、風の当たらないぶん雪は浅いと、ホルストさんの地図の端に書いてあった。

 昼前に、ガルドが足を止めた。

 雪の上に、足跡があった。

 人の足跡ではない。俺より小さくて、指の数が違う。

「ゴブリンだ」

 ガルドは、しゃがんで雪の縁を指でなぞった。

「新しい。昨日の夜か、今朝だ」

「一匹か?」

 ベックさんが聞くと、ガルドは首を横に振った。

「……十七、八はいる」

 足跡は、街道のほうへ続いていた。俺たちが来た方角ではなく、荷車が通る道のほうだ。

 ガルドは、しばらくその足跡を見おろしていた。

「ガルド」

 俺が呼ぶと、ガルドは雪の縁をもう一度だけ指でなぞった。

「……右だ」

「え?」

 ガルドは、先頭の足跡を順番に指した。左、右、左、右。

 言われてみると、右の足跡だけが、わずかに浅い。踏みこむ力が、片方だけ足りていない。

「若いころに、罠(わな)にかかった。右の足の指が、二本ない」

 ガルドは、その足跡の縁を親指でならした。

「罠を開けてやったのは、わしだ」

 ガルドは、そこで言葉を切った。

「ザグだ」

 ベックさんが、荷を背負い直しながら口笛を吹いた。

「その群れとやらは、荷車を襲うのか」

「冬だ」

 ガルドは短く答えた。

「森に食い物がない。荷車には、ある」

 それきり、ガルドは何も言わずに立ちあがって、また歩きはじめた。


   *


 霜の回廊の入り口に着いたのは、日が傾きはじめたころだった。

 山肌に、四角く口を開けた石の門があった。門柱には彫刻の跡が残っているが、半分は崩れている。

 門の奥は、まっすぐな通路になっていた。

 中から、風が吹き出してくる。

 外も十分に寒いのに、その風は、明らかに種類が違った。

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