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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第4話 ドロップしない鍵

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雪と、止まった荷車

 冬になってから、井戸の水は毎朝凍るようになった。

 いちばん先に起きるのはガルドで、次がチット、そのあとが母さんだ。

 ガルドが斧(おの)の背で氷を割り、チットが桶で水を汲み、母さんがかまどに火を入れる。

 俺が起きるころには、台所はもう温まっている。

 母さんはかまどの前にしゃがんで、太い三つ編みを肩の前に回していた。火の粉が跳ねると、あれがいちばん先に焦げるらしい。

 水瓶の横では、プルンが半分ほど固まっていた。冬になると動きが鈍くなるらしく、最近は日中もほとんど揺れない。

 母さんはその水瓶を、かまどの近くまで動かしていた。

「寒いと、かわいそうでしょう」

 スライムに寒いという感覚があるのかどうかは、資料にも書いていない。書いていないことのほうが、この村では毎日起きる。


   *


 広場では、ピムとチットが雪を投げ合っていた。

 人間の子どもとゴブリンの子どもが、雪玉の作り方で言い争っている。固く握るか、ふんわり握るか。

 決着はつかず、途中から納屋のオオカミが一頭混ざって、二人まとめて雪の中に沈めていた。

 広場の炊き出しには、雪よけの布が張られた。

 列は、秋のころよりずっと短い。歩きキノコは、雪が積もる前から傘を閉じて土に潜ってしまった。

 潜った先は、井戸のそばだった。丸い雪のふくらみが四つ並んでいて、春まであのままらしい。

 大ネズミたちは巣穴にこもり、光るムカデは岩の隙間で動かなくなった。

 残っているのは、森オオカミの群れと、寒さに強いものたちだけだ。

 オオカミたちは夜になるとうちの納屋に泊まりこむようになって、ガルドが「狭い」と文句を言いながら干し草を分けている。

 ゲームでは、冬の森は魔物の湧きが半分になる。

 寒い季節に狩り場へ出るプレイヤーが減るぶん、湧きも減らしておけば、サーバーの負荷が下がる。そういう理屈で決めた設定だった。

 その半分が、今は全部、雪の下で眠っている。

 村の周りで動いている魔物は、うちの納屋のオオカミくらいのものだった。

 一度だけ、雪をかき分けて歩きキノコを掘り出そうとしたことがある。

 冬眠中でも、倒せば経験値は入る。三十と少しで、レベルは二になる。

 シャベルを持って井戸のそばの雪山を崩していたら、洗濯物を干しに出てきた母さんに見つかった。

「リオ。寝てる子を起こさないの」

 寝てる子。

 視界の枠には【歩きキノコ Lv.3】と出ていた。

 俺はシャベルを納屋に戻した。

【リオ 勇者(未覚醒) Lv.1 EXP 0/30 防御力 48】

 数字は、秋からひとつも動いていない。


   *


 夜になると、うちの台所は編み物の会の会場になる。

 糸車(いとぐるま)が三台、棒針(ぼうばり)が七組。最近は、チットまで棒針を持たされていた。

 ゴブリンの指は関節が太くて、目を落としてばかりいる。それでも、母さんに褒められると耳の先を赤くしていた。

 編んだそばから、手袋は納屋に積まれていく。

 出張所の掲示板は、冬になってから貼り紙の種類が変わった。

〈雪おろし:屋根に雪が積もりすぎた 依頼主:大ネズミ(三匹連名)〉

〈掘り出し:巣穴の入り口が埋まった 依頼主:光るムカデ〉

 討伐依頼は、相変わらず一枚もない。手伝いの札の下だけが、雪と一緒に増えていく。

 ある日の昼前、広場に荷車が戻ってきた。

 予定では、三日前に王都へ着いているはずの荷車だった。

 秋のあいだ、荷車はベルダのグリム商会までだった。

 王都の工房通りから直に注文が来るようになってからは、ベルダを素通りして、グリム商会が王都に借りた蔵まで運んでいる。

「だめだ。峠(とうげ)が埋まってる」

 荷車を引いてきたベックさんは、眉に霜(しも)をつけたまま言った。ロザさんとニールさんも、毛布にくるまって荷台に座りこんでいる。

「腰まで雪だ。馬も通れん。掘るったって、あの量は人の手じゃ無理だな」

「春まで、開かないのかい」

 村長の声が、少しかすれていた。

「毎年そうだろ。王都街道の峠は、雪が解けるまで閉じる。今年は早かったってだけだ」

 荷台には、六日前に村の納屋から積みこんだ荷が、一つも減らずに載っていた。

 手袋が百二十組。ランプが六十個。咳止めが百瓶。

 冬のあいだに売るために、村じゅうで編んで、貼って、煮出したものだった。


   *


 夕方、出張所にオスカーからの手紙が届いた。

 届けてくれたのは、ベルダまでの道を知っている行商人で、そちらの道はまだ通れるらしい。

 ホルストさんが、封蝋(ふうろう)を割って読みあげた。

「『手袋、追加で二百組。ランプ、百個。王都の工房通りからの注文です。年明けまでに入れていただければ、こちらで売り切ります』」

 いい知らせのはずだった。

「『ただし、年が明けてからでは、冬物は動きません。この冬を逃すと、こちらもそちらも、在庫を抱えることになります』」

 ホルストさんは、手紙をカウンターに置いた。

 村長が、雪の張りついた長靴のまま、その紙を見おろしていた。

「……ベルダ経由で、王都へ回すのは」

「ベルダから王都へ行くには、結局あの峠を越えるんだ」

 村長は、何か言いかけて、やめた。

 言いたいことは、この場の全員にわかっていたと思う。秋のあいだに、村はすっかりこの商売を当てにするようになっていた。

 冬の仕事として、女の人たちは毎晩編んでいる。トマスじいさんの奥さんも、ピムの母親も。

 その冬物が、冬のあいだに運べない。


   *


 しばらく誰も口をきかなかった。

 その沈黙を破ったのは、ホルストさんだった。

 カウンターの下から、油紙に包まれた古い紙の束を引っぱり出してくる。

 十年分の帳簿と一緒にしまってあったものらしく、紙の縁が茶色くなっていた。

「これは、俺がここに来た年に、前の受付から引き継いだ地図だ」

 広げると、この辺りの山と谷が、色あせた線で描かれていた。

 ホルストさんの指が、村から北へ動いた。王都街道とは反対の方角だった。

「北に、もう一本、道がある」

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