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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第3話 素材相場の崩壊

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冬支度

 それから、ひと月が過ぎた。

 村の倉庫には、冬の備蓄が戻っていた。麦も、豆も、カブも、春まで持つだけの量がある。炊き出しの鍋は、今日も広場で湯気を立てている。

 井戸の前の「お礼」の山は、毎朝、村の女の人たちが分けて運んでいく。

 森オオカミの抜け毛は、うちの台所へ。光るムカデの抜け殻は、村長の家の土間へ。歩きキノコの胞子(ほうし)は、母さんの薬草棚へ。

 うちの台所は、毎晩、編み物の会の会場になっていた。

 糸車(いとぐるま)が三台に増えた。棒針(ぼうばり)を持つ手も増えた。最近は、トマスじいさんの奥さんまで来ている。

 じいさんは、奥さんを迎えに来たついでに、台所の隅で黙ってカブの皮をむいていく。

 週に一度、ベックさんたちの護衛つきの荷車が、ベルダへ向かう。帰りの荷台には、麦の袋と、グリム商会の受取証(うけとりしょう)が載っている。

 洞窟の主も、ときどき子どもたちを連れてやってくる。

 子どもたちは、ひと月でまたひと回り大きくなって、それぞれ小さな脱皮殻(だっぴがら)を背負ってくるようになった。

 ダイコンは、来るたびに、母さんの弁当籠(べんとうかご)の中にもぐりこもうとする。もう、入りきらない。

 受取証の余白には、毎回、オスカーの字で一行、何か書いてあった。

〈ランプ、王都の工房通りで評判。追加三十個〉

〈手袋、娘がまだ外したがらない〉


   *


 出張所の掲示板は、にぎやかになっていた。

 手伝いの札の下に、依頼票が十二枚。荷運び、護衛、糸紡(つむ)ぎ、巣穴の修繕、道案内。

 依頼主の欄には、村の人の名前と、魔物の名前が、半分ずつ並んでいる。

 その日の昼、王都から、ホルストさん宛ての手紙が届いた。封蝋(ふうろう)は、ギルド本部監査室のものだった。

「イレーネさんからだ」

 ホルストさんは、手紙を読みあげた。

「『ハルテ出張所の今月の新規依頼、十二件。達成率、百パーセント。試行期間の中間評価として、良好と判断します。なお、改定した依頼票の書式を同封します』」

 封筒の中には、新しい依頼票の束が入っていた。

 依頼主の欄の下に、新しい欄が一つ増えていた。

〈依頼主の種族〉

 そして、その横に、もうひとつ。小さな字で。

〈手洗い済み □(任意)〉

 ホルストさんは、その欄をしばらく眺めていた。それから、新しい依頼票の束を、そっとカウンターの引き出しにしまった。

 村長が、帳面を抱えて出張所に入ってきた。

「ホルスト。今月の備蓄の数字だ」

 村長は、帳面を開いてカウンターに置いた。麦、豆、カブ。どの行も、先月より数字が増えていた。

「春まで持つ。炊き出しを続けても、だ」

 村長は、そう言って、ここしばらく見なかった顔で笑った。何かを言いかけて、やめる必要のない顔だった。

 夜になると、村はすっかり冷えこむようになった。

 森オオカミの何頭かは、寒さをしのぐために、うちの納屋に泊まりこむようになった。

 ガルドは「狭い」と文句を言いながら、干し草を分けてやっていた。


   *


 俺は、広場の端に腰をおろして、ステータスを開いた。

【リオ 勇者(未覚醒) Lv.1 EXP 0/30 防御力 48】

 レベルは、上がらない。経験値は、ゼロのまま。防御力だけが、中盤の数字になっている。

 本編開始まで、あと二年と十か月。

 計画表の上では、今ごろレベル十を超えているはずだった。


   *


 その晩、夕食のあとで、母さんが灰色の毛糸の塊を差し出した。

「はい、リオの分」

 マフラーだった。森オオカミの毛で編んだ、灰色の、ふかふかしたマフラー。端に、へたくそな字で「リオ」と刺繍が入っている。

「首が寒そうだったから」

 母さんは、それだけ言って、また糸車の前に戻っていった。

 俺は、マフラーを両手で持ったまま、しばらく動けなかった。

 押し入れの中の、段ボール箱。開けて、確かめて、しまいこんだ五本のマフラー。

 今度は、巻いた。

 首に巻いて、台所の窓に映った自分を見た。赤茶のくせ毛と、灰色のマフラー。少し、暑かった。

 それでも、外さなかった。


   *


 翌日の夕方、納屋の前で、ガルドとチットが薪(まき)を割っていた。

 ガルドが斧(おの)を振りおろし、チットが割れた薪を拾って積む。

 チットの両手には、母さんの編んだ灰色の手袋がはまっていた。大きすぎて、指の先が余っている。

 日が落ちかけたころ、森の奥から、声が聞こえた。

 ゴブリンの声だった。一匹や二匹ではない。低い、揃った声が、何度も、何度も繰り返されている。

 ガルドの斧が、止まった。

「……ザグの声だ」

 ガルドは、低く言った。

 ガルドは、斧を持ったまま、じっと森のほうを見ていた。チットが、ガルドの前掛けの裾を握った。

 炊き出しの列には、森じゅうの魔物が並んでいる。

 並んでいない者たちは、今、どこにいるのか。

 俺はまだ、その答えを確かめていなかった。


   ◆


【人材開発課 週次報告】

報告者:魔王軍人事局 人材開発課 係長 モルグ

案件:ゴブリン、ザグとの接触について


経過:

南部森林の奥にて、ゴブリン、ザグと初めて接触した。


現状:

本人は、当局の勧誘に関心を示さなかった。

ただし、人間の村への敵意は十分にある。

群れの規模は、先月の倍に増えている。当該村落の炊き出しに行かなかった個体、行くことを拒んだ個体が、ザグのもとに集まっている模様。


所見:

継続して接触する。


追記:

手は、洗っていなかった。

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