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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第3話 素材相場の崩壊

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Lv.1の胸当て

「リオ。ちょっと来い」

 ダグさんに呼ばれたのは、オスカーの荷馬車の車輪が直った日の昼だった。

 鍛冶屋の奥の作業台に、何かが布をかぶせて置いてあった。

「開けてみろ」

 布をめくると、灰色の胸当てが現れた。

 岩のような、ごつごつした鱗(うろこ)が、一枚ずつ重なって並んでいる。

 縁は革で丁寧に包まれていて、肩と脇には、しっかりした留め具がついていた。

 見覚えがあった。

 洞窟の主の脱皮殻(だっぴがら)だ。四回目の売り出しで、グリム商会に引き取ってもらえずに持ち帰った、あの殻だ。

「売れ残りの殻を、捨てるのももったいねえからな」

 ダグさんは、太い腕を組んだ。

「材料はタダ同然だ。誕生日祝いのやり直しだと思え。短剣だけじゃ、さすがに心もとねえだろ」

 ダグさんは、目の下に隈(くま)を作っていた。三晩、炉(ろ)の前にいたらしい。

「ああ、殻の持ち主にも、ことわってあるぞ。ガルドに通訳してもらった。子どもが世話になった坊主の防具なら、いいってよ」

 俺は、胸当てを持ちあげた。見た目より、ずっと軽かった。

【岩鱗の胸当て】

 枠に出た名前を見て、声が出そうになった。

 ゲームでは、中盤の港町でしか手に入らない防具だ。店売りで銀貨四十枚。

 素材を持ちこんで作ってもらっても、職人の手間賃だけで銀貨十枚はかかる。

 Lv.20前後のプレイヤーが、ボス戦の前にようやく買いそろえる装備だった。

「……ダグさん。これ、本当に、もらっていいんですか」

「いいから着てみろ」


   *


 家に帰って胸当てを着けると、母さんが目を丸くした。

「あら、似合うじゃない」

 母さんは、俺の後ろに回って、背中の留め具を締め直した。ふっくらした指が、革紐の長さを器用に調節していく。

「ちょっと大きいわね。でも、ちゃんと食べれば、すぐにちょうどよくなるわ」

 母さんは、胸当ての鱗を、手のひらでとんとんと叩いた。

「奥さんの殻なのね。これを着てれば、奥さんが守ってくれるわ」

 納屋から出てきたチットが、胸当ての鱗を指でつついた。

「……かたい」

 その後ろで、ガルドが腕を組んで、小さくうなずいた。

「似合う」

 ガルドにそう言われたのは、初めてだった。

 ステータスを開いた。

【リオ 勇者(未覚醒) Lv.1 EXP 0/30 防御力 48】

 防御力、四十八。

 Lv.1の勇者の防御力は、初期装備の木の棒と布の服で、八。レベルデザインの表では、そうなっている。四十八は、Lv.20の数値だ。

【ヒント:装備は、レベルに合ったものを選びましょう】

 わかってる。

 バランスが崩壊している。レベル一の勇者に、中盤の防具。調整したのは、俺じゃない。

 母さんだ。


   *


 胸当てを着けたまま、森へ出た。

 倒木の窪地(くぼち)には、今日も何もいなかった。

 三本杉の分かれ道の湧き地点も、赤い実の低木のそばの巣穴も、空のままだった。

 この森の魔物は、今日も全員、村の井戸の前で手を洗っているか、炊き出しの列に並んでいるか、どちらかだ。

 防御力四十八で、戦う相手がいない。

 仕方がないので、短剣を抜いて、素振りをした。

 百回やるつもりだった。三十回目で、腕が上がらなくなった。四十回目で、短剣が手からすっぽ抜けて、窪地の底に転がっていった。

 防御力は四十八でも、筋力は一のままだ。

 窪地の底から短剣を拾いあげて、そのまま、苔の上に仰向けに寝転がった。

 木の枝のあいだから、秋の空が見えた。

 ステータスの職業の欄には、今も「勇者(未覚醒)」とある。

 ゲームで勇者が覚醒するのは、本編の冒頭だ。

 焼け落ちた故郷の真ん中で、膝をついた勇者が、光に包まれて力に目覚める。

 オープニングムービーの、あのカットのすぐあとだ。

 故郷を失うことが、覚醒の条件だった。そういうふうに、俺が書いた。

 その焼け跡が、もし、なくなったら。

 俺は、目を閉じて、その先を考えるのをやめた。今は、考えなくていい。まだ、三年近くある。

 俺は起きあがって、倒木に腰をおろし、胸当ての鱗を指でなぞった。

 素材を売って、金を作って、装備を買う。それが、この半月の計画だった。

 計画は、相場の崩壊と一緒に崩れた。金は、鉄の胸当てにも届かなかった。

 それなのに、俺は今、鉄の胸当ての何倍もいい防具を着ている。

 計画は壊れたのに、目的だけが達成されている。

 設計図のとおりには、何ひとつ進んでいない。それでも、なぜか前に進んでいる。前世で、こういう進み方をしたことは一度もなかった。

 窪地の底で、落ち葉がかさりと鳴った。

 スライムかと思って身を乗り出したら、ただの風だった。


   *


 胸当てを着けたまま村に戻ると、広場の人たちが振り返った。

「リオにいちゃん、かっこいい!」

 ピムが、胸当ての鱗をぺたぺたと叩いた。

「ほう。カブ畑の見張りに、ちょうどいいな」

 トマスじいさんは、そう言って通りすぎていった。たぶん、褒めてくれたのだと思う。

 井戸の前では、洞窟の主の子どもたちが日向ぼっこをしていた。

 ダイコンが、俺の足もとまでよちよちと寄ってきて、胸当ての裾の匂いをくんくんとかいだ。

 それから、安心したように、俺の足の甲の上で丸くなった。

 母親の匂いが、するのかもしれなかった。

 日が傾きかけたころ、村の入り口の柵(さく)の前に、見覚えのある三人組が立っていた。

 大柄な剣士。短く切った金髪を革紐で縛った、弓の女。杖を抱えた、青白い魔術師。

「おう、坊主!」

 剣士のベックさんが、大きく手を振った。

「……なんだ、その胸当て。お前みたいなひよっこが着るもんじゃねえぞ」

 知ってる。レベルで言えば、十九足りない。

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