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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第3話 素材相場の崩壊

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手袋

 オスカーは、その晩、村に泊まることになった。

 荷馬車の車輪の軸が、村に駆けこんだときの勢いで割れていたからだ。ダグさんが直すのに、一晩かかる。

 俺は、出張所のカウンターを借りて、ホルストさんの古い帳簿の裏に数字を書きならべていた。

 ゲームの経済なら、何が起きたかは説明できる。

 素材が、市場に出すぎている。そのくせ、使い道のほうは増えていない。

 出口の決まった水路に、上流から水を足し続ければ、どこかであふれる。

 ゲームなら、打つ手も決まっている。ドロップ率を下げる。あるいは、素材の使い道を増やす。

 新しい装備の作成レシピを追加して、素材を消費させる。

 ドロップ率のほうは、どうにもならない。あの連中は、飯の礼のつもりで毎朝あれを積んでいる。

 礼をやめてくれとは、さすがに言えなかった。

 なら、使い道を増やすしかない。

 ただ、この世界で、何を作れば素材が消費されるのか。

 ゲームなら、レシピを一行追加すれば済む。この世界には、レシピの追加画面がない。

 帳簿の裏は、線と数字でいっぱいになった。答えは、出なかった。

 素材の値段は、プレイヤーの感情だ。前世の先輩の言葉を思い出した。

 なら、この世界のプレイヤーは誰だ。素材を買うのは、誰で、何のために買うのか。

 ゲームのプレイヤーは、強くなるために素材を買う。この世界の人たちは、何のために買うのだろう。

 そこで、考えが止まった。

「……リオ。もう遅いぞ」

 ホルストさんが、ランプの芯(しん)を短くしながら言った。

 出張所を出ると、うちの窓に、まだ明かりがついていた。


   *


 台所は、女の人たちでいっぱいだった。

 井戸端でいつも野菜を刻んでいる三人組に、ピムの母親。それから、ミナ。

 みんな、手に何かを持っている。糸の束。棒針(ぼうばり)。糸車(いとぐるま)。

 テーブルの真ん中には、森オオカミの抜け毛の袋が、口を開けて置いてあった。売れ残りの袋だ。

 母さんは糸車の前に座って、灰色の毛を紡(つむ)いでいた。ふっくらした指先から、細くて柔らかい糸が、するすると伸びていく。

「ミナちゃんの手、冷たかったでしょう」

 母さんは、糸車を回しながら言った。

「だから、手袋を編んであげようと思って。ピムの分もね。それで、いっそのこと、みんなで編みましょうって話になったのよ」

 テーブルの端には、もう片方だけ編みあがった小さな手袋が置いてあった。灰色の、ふかふかした手袋だった。

 ミナは、それを片手にはめて、じっと見つめていた。

「オオカミの毛って、あったかいのよ。羊の毛より、ずっと」

 母さんは、それから、光るムカデの抜け殻を一枚つまみあげた。

「これも、きれいでしょう。捨てるのがもったいなくて」

 母さんは、台所のランプの笠(かさ)に、抜け殻を糊(のり)で貼りつけていた。

 ランプの火が、薄い殻を透かして、台所じゅうに柔らかい光を広げていた。いつもの倍は明るい。それに、光の色が温かい。

 台所の戸が、ことりと鳴った。

 開けると、森オオカミの婆さんが座っていた。口に、灰色の毛の塊をくわえている。

 自分でむしってきたらしい。首のまわりが、一か所だけ薄くなっていた。

「まあ。無理しなくていいのよ」

 母さんは毛を受け取って、薄くなった首のあたりを撫でてやった。婆さんは満足そうに尻尾を振って、かまどの前で丸くなった。

「うちにも、ひとつ作ってほしいわ」

「うちにも」

 女の人たちが、口々に言った。

 テーブルの隅では、小さな鍋が湯気を立てていた。歩きキノコの胞子(ほうし)と、母さんの薬草を煮出したものだ。

「ミナちゃん、ここに来てから、ずっと咳をしてたでしょう。これ、咳によく効くのよ。お母さんのお母さんから、教わったの」

 ミナは、こくりとうなずいた。

 戸口の向こうの暗がりに、オスカーが立っていた。納屋に泊まるはずが、眠れなかったらしい。

 オスカーは、台所に入ってこなかった。ただ、片方だけ手袋をはめた娘の横顔を、戸口の陰から、じっと見ていた。

 母さんは、それに気づいていたのかどうか。糸車を回す手を止めずに、「オスカーさんも、お茶どうぞ」とだけ言った。


   *


 俺は、台所の戸口に立ったまま、動けなかった。

 抜け毛を紡いで、手袋にする。抜け殻を貼って、ランプにする。胞子を煮出して、咳止めにする。

 素材を、素材のまま売るから、値崩れする。

 手袋にしてしまえば、それはもう手袋として売れる。冬の町で手袋を欲しがる人なら、いくらでもいる。ランプも、咳止めも同じだった。

 売り場そのものが、素材とは別になる。

 ゲームで言えば、新しいレシピの追加だった。

 さっき出張所で行き詰まったのは、この世界のプレイヤーを、強くなるために素材を買う誰かだと思いこんでいたからだった。

 台所にいたのは、手の冷たい子どもに手袋をはめてやりたい人たちのほうだ。

 俺が帳簿の裏で線を引いて、答えを出せずにいたことを、母さんは台所で、糸車を回しながらやっていた。

 母さんは、相場のことなど何も考えていない。

 母さんにしてみれば、ただの冬支度だったのだろう。

「リオ。そんなところに立ってないで、あなたも手伝いなさい」

 母さんが、糸の束を差し出した。

「……俺、編み物なんてできないよ」

「じゃあ、糸を巻いて。はい、両手を出して」

 俺は両手を出した。

 母さんは、俺の両手に糸をかけて、くるくると玉に巻きはじめた。まめのできた俺の手のあいだを、灰色の糸が、ゆっくりと行き来した。

 前世の母も、冬になると、手編みのマフラーを送ってきた。

 毎年、段ボール箱に入れて。宅配便の伝票に、あの人の丸い字で、俺の名前が書いてあった。

 一度も、巻かなかった。箱を開けて、中を確かめて、押し入れにしまった。首に何かを巻いて出勤するのが、なんとなく気恥ずかしかった。

 押し入れには、たぶん、マフラーが五本入っていた。

 糸を巻かれながら、俺は、頭の中で値段を数えていた。手袋ひと組、銅貨何枚。ランプひとつ、銅貨何枚。咳止め、ひと瓶いくら。

 翌朝、俺はホルストさんに頼みこんで、帳簿の裏の最後の一枚を使わせてもらった。

 そこに、「加工品の値付け表」と書いた。

 ゲームでは、レシピを追加するのは、俺の仕事ではなかった。

 この世界では、たぶん、俺の仕事だ。

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