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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第3話 素材相場の崩壊

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強欲な商人(予定)

 グリム商会の主人が村に乗りこんできたのは、その二日後の昼だった。

 砂ぼこりを上げて、一台の荷馬車が広場に駆けこんできた。御者台(ぎょしゃだい)から転げるように降りてきたのは、四十がらみの小太りの男だった。

 上等な仕立て(したて)の上着は、汗で背中に貼りついていた。額の汗を、握りしめた手ぬぐいでしきりに拭(ぬぐ)っている。

「ハルテ村ってのは、ここか! 素材を売りに来てた連中の村は!」

 早口で、しかも広場じゅうに響く声だった。

 炊き出しの列に並んでいた大ネズミが、びくりとして列から外れた。

 鍋の前にいたガルドが、お玉を置いて、一歩前に出た。男は、ガルドの緑色の顔を見て一瞬ひるんだが、すぐにまた声を張りあげた。

「グリム商会のオスカーだ! あんたらのせいで、うちの店の在庫が紙くずだ!」

 村長が、額の汗を拭きながら前に出た。

「ま、まあまあ。ひとまず、話を……」

「話もなにもあるか!」

 オスカーは、まくしたてた。

 グリム商会は、ギルド本部の素材部と契約を結んでいた。王都の工房に、決まった量の素材を、決まった値段で納める。

 相場は夏からずっと上がり続けていた。早く買うほど得なので、オスカーは借金をして、来年ぶんまで倉庫いっぱいに仕入れていた。

 そこへ、この値崩れだ。

 素材部は、相場が下がったのを理由に、納める値段を下げろと言ってきた。

 契約に、そんな条項はない。あるのは、断れば来年の契約がない、という話のほうだ。

 下げた値段では、借金が返せない。

 倉庫の中身は、仕入れ値の十分の一にもならない。

「このままじゃ、店をたたむしかない! ご先祖から三代続いた店をだ!」

 オスカーは、そこで一度だけ、声を詰まらせた。

「女房に先立たれて、残ったのは、あの店だけなんだ」


   *


 その顔を、俺は知っていた。

 ハルテ村の人間として、ではない。三浦圭介として、だ。

 王都の大通りの道具屋。カウンターの向こうで、もみ手をしている小太りの男。

〈強欲商人オスカー〉

 ゲームの中盤で、勇者が必ず立ち寄る店の主人だ。回復薬も、解毒薬も、相場の一・五倍の値段で売っている。

 買い物を終えると、にやにやしながら「毎度ありィ」と言う。

 プレイヤーの所持金を適度に削るために、一・五倍の売値の表を作ったのは、俺だ。

 設定欄は、一行。〈金に汚い商人〉。

 書いたのも、俺だ。

 目の前のオスカーは、もみ手はしていなかった。握りしめた手ぬぐいで、ひたすら汗を拭いていた。

 その横に、いつのまにか、母さんが立っていた。

「まあまあ。お昼、まだなんでしょう?」

「母さん」

 俺は、母さんの前掛けの端を引いた。

「それ、王都一の悪徳商人(予定)です」

「よてい?」

 母さんは、ふっくらした頬(ほお)に指を当てて、首をかしげた。

「予定なら、まだ違うんでしょう。ほら、座って。手を洗ってからね」


   *


 オスカーは、怒鳴りながら手を洗い、怒鳴りながら座り、怒鳴りながら豆の煮こみを口に運んだ。

「だいたい、魔物が素材をくれるなんて話が、あってたまるか! 素材ってのはな、冒険者が命がけで……」

「口に物を入れたまま、怒らないの」

 母さんの声が、ぴしゃりと飛んだ。

 オスカーの口が、閉じた。

 そのまま、もぐもぐと噛(か)んで、飲みこんだ。それから、母さんをにらんだ。それから、次の一口を運んだ。

 二口目からは、怒鳴らなかった。

「……うまいな、これ」

「でしょう。トマスさんのカブが入ってるのよ」

 俺は、卓の端からオスカーの横顔を見ていた。

 このまま店をたたんだら、この人はどうなるのか。

 借金を抱えて、三代続いた店を手放す。仕事を探して、王都へ流れる。そこで、小さな道具屋を始める。

 二度と、誰にも足もとを見られないように。二度と、店を潰さないように。

 売値を一・五倍にして、「毎度ありィ」と笑うようになる。

 ゲームの〈金に汚い商人〉の一行には、たぶん、そういう事情があったのだ。

 そして、その店を潰しかけている原因は、母さんの炊き出しだった。

 いや。母さんだけではない。

 素材を荷車に積んで、ベルダへ売りに行ったのは、俺だ。値崩れが始まっても、あと三回売ればいいと思っていたのも、俺だ。


   *


 オスカーが三杯目の煮こみを空にしたころ、母さんが、ふと荷馬車のほうを見た。

「あら」

 荷馬車の御者台の陰に、小さな女の子が座っていた。

 七つくらいだろうか。栗色の髪を二つに分けて、お下げに編んでいる。父親の上着の余りのような大きな外套(がいとう)にくるまって、膝を抱えていた。

 ここへ着いてから、一度も声を出していない。

「……ミナ」

 オスカーが、急に小さな声になった。

「娘だ。家に一人で置いてくるわけにもいかなくてな」

 母さんは、もう荷馬車のほうへ歩いていた。

 ミナの前にしゃがんで、そっとその手を取った。

「まあ。こんなに冷たくなって」

 母さんは、ミナの小さな手を、ふっくらした両手で包みこんだ。

 ミナは、驚いたように母さんの顔を見た。それでも、手を引っこめはしなかった。

 それから、外套の襟に顔をうずめて、小さく咳をした。乾いた、なかなか止まらない咳だった。

 母さんの手が、その背中に回った。

「お腹、すいてるでしょう。いらっしゃい」

 母さんに手を引かれて、ミナは卓についた。

 ミナは、何も言われないうちに井戸で手を洗い、椅子にきちんと座り、両手を組んで、小さな声で祈った。

 スープは、口を閉じて、ゆっくりと噛んで飲んだ。

 父親より、ずっと行儀がよかった。

 オスカーは、娘の横で、決まり悪そうに口もとを拭った。

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