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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第3話 素材相場の崩壊

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お礼

 翌朝、井戸の前に、山ができていた。

 最初は、誰かが荷物を置き忘れたのかと思った。近づいてみて、そうではないとわかった。

 灰色のふわふわした毛の塊。薄くて透きとおった、細長い殻。小さな瓶に詰められた、黄色い粉。白くて硬い、平たい歯。

 視界に、枠がいくつも開いた。

【森オオカミの抜け毛】【光るムカデの抜け殻】【歩きキノコの胞子(ほうし)】【大ネズミの前歯】

 どれも、見覚えのある名前だった。

 ゲームでは、魔物を倒すと落とす素材だ。町の店に持っていけば、お金に換えられる。武器や防具を作る材料にもなる。

 それが、倒してもいないのに、井戸の前に積んである。

 井戸に水を汲みに来た女の人たちが、山を囲んで首をかしげていた。

 ダグさんが、光るムカデの抜け殻を一枚つまみあげて、日にかざした。薄い殻が、朝の光を透かして、青白く光った。

「……こいつは、いい殻だ。傷ひとつねえ」

 山の横では、ガルドが腕を組んで立っていた。

「……お礼だ」

 ガルドは、短く言った。

「昨日の夜、村長の話が聞こえた。飯の材料が足りないと。それを、森の連中に話した」

 ガルドは、また一度だけ話したのだろう。そして、また森じゅうに広まったのだろう。

「飯の礼に、何か渡したいと。持っているものは、これくらいしかないそうだ」

 森オオカミは、抜けた冬毛を。光るムカデは、脱いだ殻を。歩きキノコは、傘から落ちた胞子を。大ネズミは、生え替わった前歯を。

 自分の体から出たものを、それぞれ持ってきたのだ。

 手伝いの札の意味を、魔物たちは魔物たちなりに覚えたらしかった。飯をもらったら、何かを返す。

「まあ。みんな、ありがとうねえ」

 母さんは、山に向かって頭を下げた。卵を産んだ雌鶏に礼を言うのと、まったく同じ調子だった。


   *


 昼前に、地面が小さく揺れた。

 村の大通りを、洞窟の主が歩いてくる。後ろには、五匹の子ども。前に来たときより、ひと回り大きくなっている。

 主は、背中に何かを背負っていた。

 灰色の、岩のような塊だった。主の体と、ほとんど同じ形をしている。

 脱皮殻(だっぴがら)だ。

 主は、それを井戸の前の山の上に、そっと下ろした。子どもたちも、それぞれ口にくわえてきた小さな殻のかけらを、山のてっぺんに並べた。

【岩トカゲの脱皮殻(大)】

「あら、奥さん。いいのよ、そんな」

 母さんは両手を振ったが、主は、細い目で母さんを見ただけだった。喉の奥で、短く鳴った。

「……子どもが、世話になった礼だと言っている」

 ガルドが訳した。

 それから主は、誰に言われるでもなく、井戸の前まで歩いていった。前足を片方ずつ桶のほうへ差し出して、母さんを見た。

 洗え、ということらしかった。

 母さんは笑って、桶の水をすくった。

 子どもの一匹——母さんがダイコンと名づけた子が、山から転がり落ちた。

 そのまま、母さんの前掛けの裾にしがみついた。母さんは、それを抱きあげて、背中を撫(な)でた。


   *


 俺は、山の前にしゃがみこんで、ひとつずつ値段を数えた。

 ゲームの買い取り価格の表なら、頭の中に全部入っている。入社して最初にやらされた仕事が、素材の値付けだった。

 表計算の画面に、三百品目の値段を一行ずつ打ちこんだ。

 教えてくれた先輩は、素材の値段はプレイヤーの感情だ、と言った。手に入れたときにうれしい値段。

 売ったときに惜しくない値段。そのあいだに線を引け、と。

 その先輩も、俺が死ぬ二年前に、会社を辞めていた。

 森オオカミの抜け毛、ひと袋で銅貨十枚。光るムカデの抜け殻、一枚で銅貨三十枚。

 歩きキノコの胞子、ひと瓶で銅貨二十枚。大ネズミの前歯、一本で銅貨五枚。

 そして、岩トカゲの脱皮殻。大きいもので、銀貨十五枚。

 全部合わせると、銀貨四十枚を超える。

 村の冬の備蓄の、ひと月ぶんにはなる。

【ヒント:素材は、町の店で売却できます】

 知ってる。買い取り価格の表を作ったのも、俺だ。

「リオ。それは、本当か」

 俺の計算を聞いた村長は、帳面を持つ手を震わせていた。

「本当です。町の問屋に持っていけば、たぶん、それくらいにはなる」

「なら、明日、ベルダへ売りに行こう」

 村長は、昨日とは別人のような顔をしていた。

 ベルダは、ここから荷車で半日の町だ。この辺りでいちばん大きな市場があって、素材問屋も何軒か並んでいる。

 俺にとっても、悪い話ではなかった。

 売りに行く手伝いをすれば、手伝いの報酬が出る。その金で、せめて装備を整えたい。短剣一本では、遠くの狩場へは行けない。

 鉄の胸当てと、刃渡りのある片手剣。それだけあれば、北の洞窟の先の、南西の湿地まで足を伸ばせる。

 あそこの湧き地点は、魔物の数が多い。炊き出しの噂も、さすがにまだ届いていないだろう。

 チャートは、まだ死んでいない。


   *


 夕方、出張所の前を通りかかると、ホルストさんが掲示板の前に立っていた。

 手伝いの札の下に、新しい依頼票が一枚増えていた。〈荷運び:素材をベルダまで 依頼主:ハルテ村(村長)〉。

「リオ。明日は、俺も行く」

 ホルストさんは、掲示板を見たまま言った。

「ベルダの問屋の相場なら、多少はわかる。十年、このあたりの素材の値を帳簿につけてきたからな」

 それから、ホルストさんは、少しだけ声を落とした。

「ただな。素材の相場ってのは、生き物だぞ」

 どういう意味か、そのときの俺は、深く考えなかった。

 ゲームの買い取り価格は、固定だったからだ。

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