収穫祭
収穫祭の長い卓には、村の人間と森の魔物が、交互に座っていた。
トマスじいさんの隣に、森オオカミ。ピムの隣に、大ネズミ。村長の隣には、なぜか歩きキノコ。
全員、手を洗ってから座っている。
麦わらの輪と色とりどりの布が、広場の上に何重にも吊るされていた。
卓の上では、焼いたパンと、煮たカブと、豆の煮こみと、赤い傘のキノコのスープが、湯気を立てている。
ゲームの中で、ハルテ村の収穫祭は一度も開かれない。本編が始まるころには、祭りを開く村そのものがないからだ。
井戸の横には、母さんの書いた板が、今日も打ちつけてあった。
手洗い。お祈り。座って食べる。
その前で、ガルドが腕を組んで立っていた。祭りの日の手洗い係だ。
洗い方が甘い者には、低い声で「爪の間」とだけ言う。言われた大ネズミは、慌てて井戸に戻っていく。
*
昼を過ぎると、広場の真ん中で麦束運びの競争が始まった。
麦の束を背負って、広場を一周する。毎年、村の若い男たちが腕を競う出し物だ。
今年は、参加者の顔ぶれが違った。
村の若い男が五人。森オオカミが二頭。大ネズミが三匹。それから、なぜか歩きキノコが一本。
勝ったのは、森オオカミの婆さんだった。
麦束を器用に背中に乗せて、年寄りとは思えない速さで広場を駆け抜けた。二番目の若い男とは、半周の差がついていた。
歩きキノコは、傘に麦束を乗せたまま、夕方まで歩いていた。
腕相撲では、ダグさんとガルドが卓をはさんで向かい合った。
村じゅうが見守るなか、二人の腕は長いこと動かなかった。ダグさんの太い腕に血管が浮き、ガルドの細い腕がきしむ。
最後は、ダグさんが勝った。
勝ったダグさんは、しばらく自分の腕とガルドの顔を見比べて、それから、鼻を鳴らした。
「……お前、わざと負けたろ」
「知らん」
ガルドは、そっぽを向いた。
Lv.8のゴブリンの腕力は、村の鍛冶屋に負けるような数値ではなかったはずだ。その数字を決めたのが自分なので、よけいにそう思う。
鍋の横では、ピムとチットが並んで座っていた。
人間の子どもと、ゴブリンの子ども。最初は互いに離れて座っていたのに、いつのまにか、一枚の焼き菓子を半分ずつ分けていた。
俺も、卓の端でスープをすすっていた。
座ったのは、母さんに肩を押されたからだ。「あなたも座って食べなさい」。立ったまま祭りを眺めていたら、三度言われた。
母さんは、そのあいだを行ったり来たりしていた。
椀が空いた卓にはおかわりを運び、こぼした子どもの口を拭き、ついでに大ネズミのひげについたパンくずを払う。
三つ編みの先が、ずっと背中で跳ねていた。
*
夜になって、寄り合いが開かれた。
収穫祭の夜の寄り合いは、毎年の決まりごとだ。来年の畑の割り振りや、冬の薪の当番を決める。
今年は、議題がひとつ多かった。
「ガルドを村に置くのは、収穫祭が終わるまで。そういう約束だった」
村長が、広場に集まった村の人たちを見回した。
「今日で、収穫祭は終わる。この先、ガルドとチットを村に置くかどうか。手を挙げて決めたい」
ガルドとチットは、広場の端に立っていた。チットは、ガルドの前掛けの裾を握りしめていた。
「置いてもいいと思う者は」
最初に手を挙げたのは、ダグさんだった。
次に、井戸端でいつも野菜を刻んでいる女の人たちが、三人そろって挙げた。ピムの母親が挙げた。
ホルストさんが、膝をさすりながら挙げた。
俺も、手を挙げた。
十五になると、寄り合いで手を挙げられる。リオとして、初めての一票だった。
前世では、選挙の投票にも、三回に一回しか行かなかった。忙しかったからだ。忙しいと思っていたからだ。
母さんは、もちろん最初から挙げていた。たぶん、議題が読みあげられる前から。
手は、一本ずつ増えていった。
最後まで挙がっていなかったのは、トマスじいさんの手だった。
じいさんは腕を組んで、しばらく地面をにらんでいた。広場が静かになった。
「……うちのカブを」
じいさんは、ぼそりと言った。
「あれほどうまく煮る奴は、この村にはほかにおらん」
そう言って、じいさんは、渋い顔のまま手を挙げた。
ガルドは、広場の端で、深く頭を下げた。チットも、それを真似て頭を下げた。頭を下げすぎて、前につんのめった。
広場じゅうから、笑い声と拍手が起きた。母さんは、誰よりも大きな音で手を叩いていた。ふっくらした手のひらが、真っ赤になるまで。
*
寄り合いが終わって、人が帰りはじめたころ、村長が俺と母さんを呼び止めた。
村長は、炊き出しの帳面を開いていた。
「マルタさん。これを、見てもらえるかね」
帳面には、毎日の数字が並んでいた。麦、何袋。豆、何袋。カブ、何個。
収穫祭の前までは、村の人たちの分だけが減っていた。一日に、麦が半袋、豆がひと袋。冬の備蓄は、春まで持つように計算してあった。
炊き出しが始まってから、減り方が変わっていた。村の人たちの分に加えて、毎日三十から五十の椀が出ていく。
今日の収穫祭では、その倍が出ていった。
「冬の備蓄が、このままだと、あと十日で尽きる」
村長の声は、疲れていた。
「炊き出しを、やめろとは言わん。言わんが……」
村長は何か言いかけて、やめた。
「あら。じゃあ、もっとたくさん作らないとね」
母さんは、にこにこと言った。
「母さん。問題は作る量じゃなくて、材料のほうだよ」
「材料?」
母さんは、ふっくらした手を頬に当てて、首をかしげた。
冬は、すぐそこまで来ていた。
あと、十日。




