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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第3話 素材相場の崩壊

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17/50

収穫祭

 収穫祭の長い卓には、村の人間と森の魔物が、交互に座っていた。

 トマスじいさんの隣に、森オオカミ。ピムの隣に、大ネズミ。村長の隣には、なぜか歩きキノコ。

 全員、手を洗ってから座っている。

 麦わらの輪と色とりどりの布が、広場の上に何重にも吊るされていた。

 卓の上では、焼いたパンと、煮たカブと、豆の煮こみと、赤い傘のキノコのスープが、湯気を立てている。

 ゲームの中で、ハルテ村の収穫祭は一度も開かれない。本編が始まるころには、祭りを開く村そのものがないからだ。

 井戸の横には、母さんの書いた板が、今日も打ちつけてあった。

 手洗い。お祈り。座って食べる。

 その前で、ガルドが腕を組んで立っていた。祭りの日の手洗い係だ。

 洗い方が甘い者には、低い声で「爪の間」とだけ言う。言われた大ネズミは、慌てて井戸に戻っていく。


   *


 昼を過ぎると、広場の真ん中で麦束運びの競争が始まった。

 麦の束を背負って、広場を一周する。毎年、村の若い男たちが腕を競う出し物だ。

 今年は、参加者の顔ぶれが違った。

 村の若い男が五人。森オオカミが二頭。大ネズミが三匹。それから、なぜか歩きキノコが一本。

 勝ったのは、森オオカミの婆(ばあ)さんだった。

 麦束を器用に背中に乗せて、年寄りとは思えない速さで広場を駆け抜けた。二番目の若い男とは、半周の差がついていた。

 歩きキノコは、傘に麦束を乗せたまま、夕方まで歩いていた。

 腕相撲では、ダグさんとガルドが卓をはさんで向かい合った。

 村じゅうが見守るなか、二人の腕は長いこと動かなかった。ダグさんの太い腕に血管が浮き、ガルドの細い腕がきしむ。

 最後は、ダグさんが勝った。

 勝ったダグさんは、しばらく自分の腕とガルドの顔を見比べて、それから、鼻を鳴らした。

「……お前、わざと負けたろ」

「知らん」

 ガルドは、そっぽを向いた。

 Lv.8のゴブリンの腕力は、村の鍛冶屋に負けるような数値ではなかったはずだ。その数字を決めたのが自分なので、よけいにそう思う。

 鍋の横では、ピムとチットが並んで座っていた。

 人間の子どもと、ゴブリンの子ども。最初は互いに離れて座っていたのに、いつのまにか、一枚の焼き菓子を半分ずつ分けていた。

 俺も、卓の端でスープをすすっていた。

 座ったのは、母さんに肩を押されたからだ。「あなたも座って食べなさい」。立ったまま祭りを眺めていたら、三度言われた。

 母さんは、そのあいだを行ったり来たりしていた。

 椀(わん)が空いた卓にはおかわりを運び、こぼした子どもの口を拭(ふ)き、ついでに大ネズミのひげについたパンくずを払う。

 三つ編みの先が、ずっと背中で跳ねていた。


   *


 夜になって、寄り合いが開かれた。

 収穫祭の夜の寄り合いは、毎年の決まりごとだ。来年の畑の割り振りや、冬の薪(まき)の当番を決める。

 今年は、議題がひとつ多かった。

「ガルドを村に置くのは、収穫祭が終わるまで。そういう約束だった」

 村長が、広場に集まった村の人たちを見回した。

「今日で、収穫祭は終わる。この先、ガルドとチットを村に置くかどうか。手を挙げて決めたい」

 ガルドとチットは、広場の端に立っていた。チットは、ガルドの前掛けの裾を握りしめていた。

「置いてもいいと思う者は」

 最初に手を挙げたのは、ダグさんだった。

 次に、井戸端でいつも野菜を刻んでいる女の人たちが、三人そろって挙げた。ピムの母親が挙げた。

 ホルストさんが、膝をさすりながら挙げた。

 俺も、手を挙げた。

 十五になると、寄り合いで手を挙げられる。リオとして、初めての一票だった。

 前世では、選挙の投票にも、三回に一回しか行かなかった。忙しかったからだ。忙しいと思っていたからだ。

 母さんは、もちろん最初から挙げていた。たぶん、議題が読みあげられる前から。

 手は、一本ずつ増えていった。

 最後まで挙がっていなかったのは、トマスじいさんの手だった。

 じいさんは腕を組んで、しばらく地面をにらんでいた。広場が静かになった。

「……うちのカブを」

 じいさんは、ぼそりと言った。

「あれほどうまく煮る奴は、この村にはほかにおらん」

 そう言って、じいさんは、渋い顔のまま手を挙げた。

 ガルドは、広場の端で、深く頭を下げた。チットも、それを真似て頭を下げた。頭を下げすぎて、前につんのめった。

 広場じゅうから、笑い声と拍手が起きた。母さんは、誰よりも大きな音で手を叩いていた。ふっくらした手のひらが、真っ赤になるまで。


   *


 寄り合いが終わって、人が帰りはじめたころ、村長が俺と母さんを呼び止めた。

 村長は、炊き出しの帳面を開いていた。

「マルタさん。これを、見てもらえるかね」

 帳面には、毎日の数字が並んでいた。麦、何袋。豆、何袋。カブ、何個。

 収穫祭の前までは、村の人たちの分だけが減っていた。一日に、麦が半袋、豆がひと袋。冬の備蓄は、春まで持つように計算してあった。

 炊き出しが始まってから、減り方が変わっていた。村の人たちの分に加えて、毎日三十から五十の椀が出ていく。

 今日の収穫祭では、その倍が出ていった。

「冬の備蓄が、このままだと、あと十日で尽きる」

 村長の声は、疲れていた。

「炊き出しを、やめろとは言わん。言わんが……」

 村長は何か言いかけて、やめた。

「あら。じゃあ、もっとたくさん作らないとね」

 母さんは、にこにこと言った。

「母さん。問題は作る量じゃなくて、材料のほうだよ」

「材料?」

 母さんは、ふっくらした手を頬(ほお)に当てて、首をかしげた。

 冬は、すぐそこまで来ていた。

 あと、十日。

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