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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第2話 討伐依頼ゼロ件

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キノコのスープ

 収穫祭の前の晩、広場の大鍋で、キノコのスープが煮えていた。

 赤い傘のキノコだ。依頼の報酬のひと籠(かご)と、北の洞窟の入り口で母さんが摘んだ分。

 広場には、明日のための飾りがもう吊るされている。麦わらの輪と、色とりどりの布。

 その下に長い卓が並べられ、村の人たちと、森から来た連中が、同じ卓に座っていた。

 座っていた。全員が。母さんの教育は、行き届いていた。

 ガルドは、ずっと鍋の前を動かなかった。お玉でかき回しては、湯気の匂いをかいでいる。

「味見、する?」

 母さんが小皿によそって渡すと、ガルドはそれを両手で受け取った。ひと口すすって、しばらく黙っていた。

「……母が、昔、作ってくれた」

 ガルドは、ぽつりとそう言った。

 ゴブリンにも母親がいる。当たり前のことだ。

 ただ、ひとつ問題があった。

 赤い傘のキノコは、ゲームでは毒キノコとして配置している。食べると、HPが減る。

「母さん。このキノコ、人間が食べても大丈夫なの」

「よく煮れば大丈夫よ。お母さんのお母さんも、そう言ってたわ」

 祖母の代からの知恵と、俺の仕様書。どちらを信じるべきかは、わかっていた。

 俺は、スープを飲んだ。

【HP −1】

 ……うまかった。

 隣の卓では、ダグさんが三杯目をおかわりしていた。

 トマスじいさんは、自分のカブが入っているのを確かめてから、満足そうにうなずいていた。

 その向かいに、イレーネさんが座っていた。帰りの乗合馬車(のりあいばしゃ)は、明日の朝だ。

 イレーネさんは背筋を伸ばして、両手で椀(わん)を持ち、ゆっくりとスープを飲んでいた。立ったまま食べてはいなかった。

 ただ、卓の端には、手帳が開いてあった。

〈炊き出しが村の経済に与える影響 要調査〉

 読めてしまったので、俺は目をそらした。


   *


 スープの列の途中で、ガルドの手が止まった。

 井戸の陰に、小さなゴブリンが隠れていた。ガルドよりずっと若い。まだ子どもと言っていい。腕と頬に、新しいあざがあった。

 大きすぎる耳が、びくびくと震えている。肌の緑は、ガルドよりずっと明るかった。

「……チット」

 ガルドが、低く名前を呼んだ。

 チットは、びくりと肩を震わせた。それから、おずおずと井戸の陰から出てきた。

「長……」

「もう長ではない」

 チットは、ザグの群れのゴブリンだった。

 三日前、森で、炊き出し帰りのオオカミにスープの残りを分けてもらった。それが、群れに知れた。

「人間の飯を食った奴は、群れにいらないって。ザグが」

 ガルドの顔が、暗く曇った。

 母さんの緑の目が、チットのあざの上で止まった。

 母さんは、何も聞かなかった。チットの手を取って井戸で洗い、あざに薬草を貼り、椀にスープをよそって、座らせた。

「大地の恵みに感謝を」

「……だいちの、めぐみに……」

 チットは、泣きながらスープを飲んだ。口に物を入れたまましゃべろうとして、母さんに優しくたしなめられて、また泣いた。

「今夜は、納屋に泊まっていきなさい。ガルドさんと一緒に」

 母さんがそう言うと、チットはガルドの顔をうかがった。ガルドは、黙ってうなずいた。

 それからガルドは、チットを大鍋の柱の前に連れていった。柱には、母さんの書いた板が打ちつけてある。

 ガルドは、字が読めない。それでも、板を指でなぞりながら、一行ずつ、ゆっくりと言った。

「手洗い。お祈り。座って食べる」

 全部、覚えていた。

 チットは、真剣な顔で、それを繰り返した。

 ガルドは、森のほうを見ていた。

「ザグは、わしが育てた」

 ガルドは、それだけ言った。

 ザグ。その名前は、ゲームのどこにもない。三年後のチュートリアルで、群れを率いて勇者の前に立つのは、ゴブリン王ガルドのはずだった。

 ガルドが王にならなかった三年後に、あの森の群れを率いているのは、誰なのか。

 俺はまだ、その先を考えたくなかった。


   *


 翌朝、出張所の掲示板には、依頼票が三枚貼られていた。

〈道案内:収穫祭の会場まで 依頼主:森オオカミ(婆(ばあ)さん)〉

〈手伝い:巣穴の修繕 依頼主:大ネズミ(三匹連名)〉

〈相談:日当たりのいい場所の紹介 依頼主:歩きキノコ〉

 三枚とも、依頼主の名前は欄の外に書かれていた。

 ホルストさんは掲示板の前に立って、その三枚を眺めていた。

 何か言いかけて、やめた。

 それから、掲示板の上の「討伐」「採取」「護衛」「捜索」と並んだ札の横に、新しい札を一枚、釘で打ちつけた。

 手伝い。


   *


 朝の乗合馬車に乗る前に、イレーネさんが出張所に寄った。

「三か月後に、また来ます」

 イレーネさんは、掲示板の三枚の依頼票を見て、眼鏡を押しあげた。

「それまでに、依頼票の書式を改定しておきます。依頼主の種族を書く欄を、追加します」

 ホルストさんは、何も言わなかった。代わりに、赤い傘のキノコをひと包み、イレーネさんに持たせた。


   *


 俺は広場の端に腰をおろし、目にかかる前髪を払って、ステータスを開いた。

【リオ 勇者(未覚醒) Lv.1 EXP 0/30】

 変わらない。遠征一回、依頼達成一件。獲得経験値、ゼロ。HPは、一減った。

 本編開始まで、あと二年と十一か月と少し。

 俺はまだ、一匹も倒していない。


   ◆


【人材開発課 週次報告】

報告者:魔王軍人事局 人材開発課 係長 モルグ

案件:南部森林地帯における勧誘活動について


経過:

南部森林の勧誘候補(群れを追われた個体、はぐれ個体など)十二件のうち、十一件が、接触予定日までに所在不明となった。


現状:

所在不明の十一件は、いずれも当該村落の炊き出しの列で確認された。

今月の勧誘実績、ゼロ。


補足:

本件について、局長より口頭で指導を受けた。

また、当課の新人(オーク、配属二か月)が、休日に当該村落の炊き出しの列に並んでいたとの目撃情報がある。本人は否定している。

手は清潔であった。


所見:

原因を調査中。


追記:

有望な候補を一名確認した。

ゴブリン、ザグ。人間の食べ物を、拒んでいる。

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