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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第2話 討伐依頼ゼロ件

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北へ

 ゲームのマップで言えば、村から北の洞窟までは、画面の切り替えが三回だ。

 森の街道を北へ。丘をひとつ越えて、川沿いに進む。寄り道さえしなければ、昼過ぎには洞窟の入り口に着く。

 旅用の肩掛けをはおった母さんは、赤茶の三つ編みを弾ませて、俺の前を歩いていく。足取りだけは、やけに軽い。

 母さんは、寄り道しかしなかった。

 最初は、街道ですれ違った行商人だった。

「襟(えり)が曲がってるわよ」

 母さんは初対面の行商人の襟を直し、ついでに干し肉を一切れ持たせた。行商人は礼を言いながら、首をかしげて去っていった。

 五分。

 歩きながら、母さんが聞いてきた。

「ねえ、リオ。北の洞窟で、何をするの?」

「……レベルを上げる」

「れべる?」

 説明しようとして、また言葉に詰まった。経験値。レベル。ステータス。どれも、この世界の言葉ではない。

「強くなる、ってこと。魔物を倒すと、少しずつ」

「ふうん」

 母さんは、緑の目をくるりと上に向けて、しばらく考えるような顔をした。

「背が伸びるみたいなもの?」

「……だいたい、そう」

「じゃあ、たくさん食べないとね」

 たぶん、違う。

 次は、丘の上の羊飼いの少年だった。羊が一頭いなくなったと、半べそをかいていた。

「一緒に探しましょう」

 羊は、丘の反対側の茂みで見つかった。母さんが「メエ」と鳴いたら、茂みの奥から「メエ」と返事があった。

 四十分。

 少年は何度も頭を下げて、お礼にと、羊の乳で作ったチーズをひとかけくれた。

 母さんはそれを大事そうに弁当籠(べんとうかご)にしまった。籠(かご)が、また少し重くなった。

 川沿いの道には、小さな石の祠(ほこら)があった。母さんは足を止めて、道端の野の花を供え、長いこと手を合わせていた。

「何をお願いしたの」

「みんなが、お腹いっぱい食べられますように」

 みんな、の範囲が、この人の場合はとても広い。

 十五分。

 昼は、川辺の平たい岩の上で弁当を広げた。

 母さんが水筒の水を差し出す。俺は手を洗い、岩に腰をおろし、両手を組んだ。

「大地の恵みに感謝を」

 言ってから、気づいた。体が勝手に、座って祈っていた。十五年の習慣は、三十二年分の記憶より強いらしい。

 寄り道の合計を、俺は頭の中でつけていた。昼の弁当休憩を入れて、二時間十分。チャートの上では、洞窟コウモリを二十匹狩れる時間だ。

 ただ、歩いているうちに、もうひとつ気になることが出てきた。

 足跡だ。

 街道の土の上に、獣の足跡がいくつも重なっている。ネズミの小さな足跡。細長い何かが這った筋。コウモリが休んだらしい、枝の折れた跡。

 全部、南へ向かっていた。

 俺たちが来た方角。村の方角だ。

「たくさん通ったのねえ」

 母さんは、足跡の上にしゃがみこんで、のんびりと言った。

「みんな、どこへ行くのかしら」

 たぶん、あなたの鍋です。

 とは、言えなかった。


   *


 北の洞窟に着いたのは、日が傾きはじめたころだった。

 岩壁にぽっかりと開いた入り口から、冷たい風が吹き出してくる。入り口の苔(こけ)むした岩の陰に、赤い傘のキノコがいくつも顔を出していた。

「あった、あった!」

 母さんは摘み籠を抱えて、しゃがみこんだ。

「母さんは、ここにいて。絶対に奥には来ないで」

「はいはい」

 返事だけは、いつもいい。

 入り口の岩壁には、松明(たいまつ)台が三つ並んでいる。二つ目だけ、火が消えている。

 そういうふうに、俺が置いた。全部に火がついていると、洞窟の暗さが伝わらないからだ。

 二つ目には、やはり火がついていなかった。そこだけは、仕様どおりだった。

 俺は自分の松明に火をつけ、短剣を抜いて、洞窟に入った。

 入り口から十歩のところに、最初の湧き地点がある。洞窟コウモリが三匹、天井からぶら下がっている、はずだった。

 天井には、何もぶら下がっていなかった。

 二つ目の湧き地点。岩ネズミの巣穴が並ぶ、右の横穴。巣穴は全部、空だった。

 三つ目。光るムカデが群れている、湿った岩場。岩は湿っていたが、ムカデは一匹もいなかった。光もない。

 松明の明かりの中で、俺は地面にしゃがんだ。

 足跡があった。小さいのも、細長いのも、全部が入り口のほうへ向かっている。

 洞窟の魔物まで、炊き出しの噂を聞いて出ていったのだ。

 洞窟コウモリが三十匹。岩ネズミが四十匹。光るムカデが二十匹。この洞窟の湧き上限は、そう設定してある。

 その九十匹が、村に向かっている。今夜の井戸の列は、とんでもない長さになっているはずだ。

 ここから村までは、人の足で半日。魔物の足なら、もっと早い。

 俺の遠征計画は、目的地に着いた時点で、目的ごと消えていた。


   *


「リオー?」

 入り口のほうから、母さんの声が響いてきた。

「奥のほうに、もっとキノコがあるみたいなのよー」

「母さん、奥はだめだ!」

 叫んだときには、母さんの足音はもう、洞窟の奥へ向かっていた。俺がいる岩場とは別の、まっすぐに下っていく本道のほうだ。

 北の洞窟の最深部は、ボス部屋だ。

 入り口付近の雑魚がいなくなっても、あそこにいるものだけは動かない。ボスは、ボス部屋から出ないように作ってある。

 走った。

 本道を駆け下りる。足もとの石が転がって、暗がりの底へ落ちていく。松明の火が揺れて、壁の影が大きく伸び縮みした。

 狭い通路を抜けると、天井の高い広間に出た。どこかで、水の音がする。地底湖だ。

 母さんは、広間の入り口にしゃがんで、赤いキノコを摘んでいた。

「ほら、こんなに」

「母さん、動かないで」

 広間の奥で、岩が動いた。

【岩トカゲ(洞窟の主) Lv.12】

 名前は、赤く表示されていた。

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