↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第2話 討伐依頼ゼロ件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/47

討伐依頼ゼロ件

 カウンターの向こうで、受付の男が机に突っ伏していた。

「……今月の新規依頼は、ゼロ件だ」

 顔を上げずに、男は言った。俺が何か聞く前にだ。

 ホルストさん。

 この出張所の受付の名前を、俺は知っていた。十五年この村で暮らしたリオは、もちろん知っている。

 なのに記憶が戻ってからの数日、俺は頭の中で、この人をずっと「受付の男」と呼んでいた。

 ゲームには出てこない人だからだ。

 設定欄のない人の名前を、俺の頭は、背景として片づけていた。

「ホルストさん。ゼロって、一枚も?」

「一枚も」

 ホルストさんは、ようやく体を起こした。目の下に、濃い隈(くま)がある。

 白髪まじりの短い髪に、剃(そ)り残しの無精(ぶしょう)ひげ。カウンターに置いた手は、元冒険者らしく、節くれだって大きかった。

「討伐依頼ってのはな、農家が出すもんだ。畑を荒らされた、鶏を取られた、羊が襲われた。そういうのが来て、初めて依頼になる」

「……」

「今月、畑を荒らされた家は一軒もない。鶏も羊も無事だ。荒らしそうな連中は、全員、朝から井戸の前で手を洗ってる」

 反論のしようがなかった。

「それだけならいい。平和で結構なことだ。問題は、こっちだ」

 ホルストさんは、机の上の封書を指で弾いた。ギルド本部の封蝋(ふうろう)が押してある。

「ギルド規程、第十二条。『新規依頼が著しく少ない出張所は、統廃合の対象とする』。うちは先月も三枚だった。そこへ今月のゼロだ。月末に、本部の査察が入る」

「月末って、いつ」

「三日後」

 ホルストさんは、乾いた声で笑った。

「本部の監査室の連中は、規程を丸暗記してる。情に訴えても、数字で返される」

 カウンターの奥の棚には、帳簿が十冊、きっちりと並んでいた。背表紙に、年ごとの数字が書いてある。

「依頼が一件でもあれば、話は変わるんですか」

「一件あれば、ゼロじゃなくなる」

 ホルストさんは、いちばん新しい帳簿を指で叩いた。

「ゼロと一は、帳簿の上じゃ大違いだ。だが、この三日で一件、どこから持ってくる」

 ホルストさんは帳簿を棚に戻して、肩をすくめた。

「閉鎖が決まったら、俺は王都の本部に異動だ。書類係だとさ。膝をやってから十年、ここにいたんだがな」

 他人事ではなかった。

 出張所がなくなれば、俺の冒険者証は、王都本部の扱いになる。

 依頼を受けるのも、ランクを上げるのも、三日かけて王都まで通うことになる。

 Fランクのまま、村で足踏みだ。

 経験値が入らないだけでも詰まりかけている計画から、依頼を受ける場所まで消える。

 視界の隅で、枠が開いた。

【ヒント:ギルドの掲示板で、討伐依頼を受けましょう】

 俺は掲示板を見た。

 留め釘が四本、刺さっているだけだった。

 わかってる。そのヒント文も、俺が書いた。


   *


 チャートを、組み直した。

 村のまわりに魔物がいないなら、いる場所へ行けばいい。

 北の洞窟。チャートでは二週目に予定していた狩場だ。村から歩いて半日。

 入り口近くには洞窟コウモリと岩ネズミが湧き、奥へ進むほど強くなる。

 最深部には洞窟の主がいるが、そこまで行く必要はない。入り口のあたりを一晩回れば、レベル三には届く。

 予定を前倒しして、明日出発する。泊まりになる。

 家に帰って、母さんにそう告げた。

 ついでに、出張所がなくなるかもしれない、という話もした。

「あら、ホルストさん、どこか行っちゃうの?」

 母さんは、そばかすの散った頬に手を当てて、心から残念そうな顔をした。

「さびしくなるわねえ。帰ってきたら、何か持っていってあげましょう」

 それで出張所が助かるわけではない。ただ、この人の中では、困っている人がいたら何か持っていく、で話が終わる。

 それから、ようやく遠征の話になった。

「北の洞窟?」

 母さんは、豆のさやをむく手を止めて、緑の目を上げた。

「北の森のほうね。あっちは、赤い傘のキノコがよく採れるのよ」

 嫌な予感がした。

「ガルドさんに約束したでしょう。収穫祭には、キノコのスープを作るって」

「母さん」

「お母さんも行くわ」

「泊まりだよ。洞窟だよ。魔物が出るんだよ」

「あら、村にも毎朝出てるじゃない」

 俺は前髪をかき上げて、天井を仰いだ。反論のしようがなかった。今日、二度目だった。

「炊き出しは、どうするんだよ」

「ガルドさんがいるもの」

 ちょうど納屋から薪(まき)を抱えて戻ってきたガルドが、足を止めた。

 ガルドは母さんと俺の顔を見比べて、それから、短くうなずいた。

「……任せろ」

 四日前には森で倒れていた中ボスが、今は村の炊き出しを任されている。

 台所の水瓶(みずがめ)の横で、プルンがぷるんと揺れた。こいつも留守番らしい。

「プルンちゃんも、ガルドさんのお手伝いしてね」

 プルンは、ぷるんと揺れた。返事のつもりらしい。


   *


 夕食のあと、母さんは遠征の支度を始めた。

 毛布。水筒を三本。薬草の束。キノコ用の摘み籠(かご)。それから、台所の板切れに、炭で何か書きつけていた。

「ガルドさんへの、お願い」

 板には、大きな字で三行。

 手洗い。

 お祈り。

 座って食べる。

 ガルドは板を受け取って、しばらくじっと眺めていた。それから、俺のほうに差し出した。

「……読んでくれ」

 ガルドは、字が読めなかった。

 俺が一行ずつ読みあげると、ガルドは一行ずつ、低い声で繰り返した。

 三行目まで繰り返してから、板を大事そうに抱えて、納屋へ持っていった。

 翌朝、その板は、広場の大鍋を吊るす柱に、釘で打ちつけられていた。


   *


 その夜、俺は寝床の中で、頭の中の地図を広げていた。

 北の洞窟の構造は、隅々まで覚えている。入り口から十歩のところに、洞窟コウモリの湧き地点。

 右の横穴に、岩ネズミの巣。湿った岩場に、光るムカデの群れ。

 洞窟コウモリは、天井から急降下してくる。着地の瞬間に一拍の隙があるから、そこを突けばいい。

 岩ネズミは群れで来るが、一匹ずつの体力は低い。ムカデは光っているから、暗闇でも見失わない。

 どれも、俺が数字を決めたものばかりだった。

 だから今度こそ、計画どおりに運ぶはずだった。

 母さんがついてくる、という一点を除けば。

 翌朝、台所のテーブルに置かれた弁当籠(べんとうかご)は、前回よりひと回り大きくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。