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第27話 俺が寂しいなんてわがままを言えないから

「お疲れさま。また、明日、迎えにくるよ」


 マンションの前で、小園に車から降ろされた。映画の撮影が終わったからと言って、この先もゆっくり休暇だとは限らない。今度は、ジスペリの新曲に合わせてのプロモーションがあり、あと少しは、ゆっくりと休む時間はなさそうだった。

 僕らは、無言でマンションのエレベーターに乗り込む。深夜のエレベーターには、誰も乗っておらず、どちらかともなく、手を繋いだ。

 部屋に入るまで握られた陽翔の手は温かく、ほっこりしてしまう。撮影の忙しさと目に見えないプレッシャーで、疲れた心身を解いてくれるようだった。


「軽く何か食べたいな」

「じゃあ、俺が作るから、先にシャワーに行ってきたら?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 自室へ戻り、着替えを持って、そのまま風呂場へ向かう。お湯に浸かりたい欲をグッと堪え、シャワーを浴びる。この数ヶ月のことを振り返ろうとしている頭を振り、無心になるよう心がけた。今は、何も考えない方がいいだろう。温かいお湯が顔に当たるのが、とても気持ちいい。


 ……一人の時間って、なんか、久しぶりな気がする。こうやって、風呂に入る時間もあったけど、一人でいても、ずっと、緋月のことを考えてたから。


 役から解放されたことで、本来の湊だけになり、心底ホッとしている。役に引っ張られることは、今までたくさんの配役をされてきたが、これまでの役を考えてもなかったことなのに、僕自身、『緋月』に思い入れがあったことに、少しだけ笑ってしまった。


「そろそろ出てくる?」


 ドアの向こうで、陽翔が聞いてくれるので、「すぐに出るよ」と返事をし、シャワーを止めた。お湯の張ってない湯船を見て、名残惜しい気持ちになりながら、風呂場を出る。

 髪をタオルで拭きながら、リビングへ向かうと、冷凍してあったお手製おにぎりと味噌汁が湯気を立てている。お茶も淹れてくれたようで、後ろから、陽翔が急須と湯呑みを持ってきた。


「もう、なんでもできそうだね?」

「そんなことないけど? 全部、湊が用意してくれたものばかりだし、俺はレンジで温めただけ。それにしても、いい匂い。食べたくなる」


 僕の肩に顎を置きながら、「食べたくなる」なんて言うから、頭をコテリと陽翔の方へ傾け、ぶつけてやった。


「両手が塞がっているので、ぜひとも、湊様、そちらにお座りくださいませ」

「何、それ」

「んー、俺も、頑張ったってことだよ。はぁ……、やっと? ピリピリ湊から解放された感じだよね。よく頑張った!」

「ピリピリ湊って……。それに、頑張ったのは、僕だけど……?」

「いえいえ。湊のいない、この大きな部屋で、一人寂しく、湊の帰りを待つのも、大変だったんだよ。無理はするなって言っても、頑張り屋だし座長だからか、しちゃうしね。周りが頼りになることはわかっていても、責任感の強い湊のことだし、頑張ってる湊に? 俺が寂しいなんてわがままを言えないから。さぁ、今日は、思う存分、湊を補給します!」

「はい? 明日も仕事だよ?」

「わかってるよ。なんでもいいから、そこに座る。そして、俺もそこに座る!」


 ローテーブルにわざわざ運んだのは、何やら、僕を抱きしめるためだったらしい。置かれたおにぎりの前に座ると、後ろに座って「はぁ……、湊だ」なんて言って、僕を抱きしめている。僕は、そんな陽翔を無視して、おにぎりに手を伸ばした。後ろから「あー」って残念そうに言っているので、陽翔の好きなしゃけのおにぎりを口に押し込んでやる。


「美味い。さすが、湊のお手製おにぎり。本当、胃袋を捕まえられているって感じ」

「そう? 誰でも作れるでしょ?」

「んー、それが、ちょーっと違う。湊じゃないと、このおにぎりは、作れないんだよ」


 おいしそうにおにぎりをほおばっているようで、僕には見えていないが、幸せそうな表情をしているのは、雰囲気でわかった。


「仕事の話、少しだけしてもいい?」

「もちろん」


 僕もおにぎりに手を伸ばして、一口齧る。忙しさのあまり、温かいご飯が少なかったので、思わず「あぁ……」と声が漏れ、後ろでは笑っているのか、陽翔が小刻みに震えていた。


「それで?」

「撮影の手応えはどうかと思って」

「そうだなぁ……、上々かな? 監督が撮ってくれたのは、大きいよ。スタッフも含め、キャストもさ。僕だけじゃ、あれだけの優秀な人材を集められなかったし、適材適所に人を集めてくれて、その人たちがそれぞれ最高のパフォーマンスをしてくれたなって言うのが、僕の感想」

「月影さんあっての俺らって感じはするよなぁ。MVも全部月影さんが手がけてくれてるし」

「僕が売れてないときからの付き合いだからね。今更ながら、見離さないでくれたこと、感謝してもしきれないよ」

「今回の映画ってさ、映画祭に出すんだっけ?」

「そうみたい。今回の映画は、僕の自主企画で始まったけど、いいものが撮れたって監督も言ってたから。主導が監督じゃなかったっていうのもあって、監督から、「映画祭に出してもいいか」って聞かれたんだよね。監督って、元々、知名度はあるし、何個か賞は取っているんだよなぁ……。それでも、かなりの自信作だって言ってくれたよ」


 机の上に置かれたおにぎりは、すでに空になり、僕はぬるくなった味噌汁を飲み干した。

 今回のことを振り返ると、やってよかった! というのが、本音ではあるけど、僕の演技で、映画を見た誰かに、麗月の小説の良さが伝わるかどうかと不安になるときがある。それは、一個人での不安で、作り上げた皆との時間を考えれば、最高の映画ができたと胸を張って言いたい。


「番宣、頑張ろう」

「もちろんだよ。小さな映画館での放映だけで終わるか、全国的に放映がされるようになるかは、僕らにかかっているからね!」


 髪の濡れている僕の頭にタオルを置いてわしゃわしゃと拭いてくれる。「ドライヤー持ってくる」と言って、洗面所へ駆けていき、ブラシとドライヤーで、僕の髪を乾かしてくれる。


 そんなゆっくりした時間に身を委ねていたら、いつのまにか、眠ってしまったようだ。気がついたら、ベッドの上で、隣から聞こえてくる寝息を聞きながら、僕も深く眠りについた。

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