第26話 えっ? それ、どういうことなん?
「やっぱり、ジスペリってすごいんだね」
麗月が、雑誌を持って、撮影現場へ見学に来ていた。今日、最後の撮影となるピアノ演奏を見に来たようだ。
「あぁ、それ……、未彩にも言われたんだよ。ゴシップ雑誌の一面になるんじゃないって……。本当に、一面だね……」
「熱愛って、書かれているけど?」
「真相は、本人たちのみぞ知るってことで、麗月は関わらないほうがいい」
未彩が燕尾に袖を通しながら、チェロを弾く真似をしていた。背中に余裕がないと、チェロが弾きにくいらしく、スタイリストさんが後ろで見ているので、調整をしているのだろう。
僕は、雑誌を広げる麗月の隣に座り、その記事を読んでいた。想像のとおり、ファンが撮った動画の一部を切り取りしてある写真に『熱愛』の文字を入れて書かれている。元々、距離のバグっているジスペリの僕らを知るファンとしては、『熱愛』が、僕と陽翔のお互い以外でなければ、騒ぎになることもない。そう、これは、「いつものこと」なのだから。
演出なのか、本当なのか、見分けのつきにくい熱量で、僕と陽翔はこの距離なのだから、「普通の距離」ではある。
表紙に『ジスペリ湊の熱愛』なんて書かれていれば、雑誌の売り上げもかなりいいことだろう。
「確かに、ジスペリは……、この距離だって聞いたことがある」
「真相を知ったら、後戻りはできなくなるけど、どうする?」
「僕は、如月湊の演技がみたいだけだから、プライベートは必要ないよ」
麗月に、あっさり切られ、僕は少しだけ嬉しくなった。ゴシップネタを聞きたいのではなく、僕らの仕事を優先してくれていることが嬉しい。
「何が書いてあるの?」
「要約すると、まぁ、熱愛なのか友愛なのかって話だね。ファンからの話ってことで、書かれているけど……、ファンは、「いつものことだから」って、記者の質問もするーって感じ。それより、僕の番宣の方が気になってくれたみたいで、映画の撮影の話を逆に質問している感じかな? 映画のいい宣伝になったね?」
「……炎上商法?」
「そんなつもりはないけど……、拡散されれば、それだけ、この映画を見てくれる人も増えるしね」
「そういえば、休みを3日もらったけど、結局、湊は、仕事だったんだろ?」
未彩の燕尾は調整に入るらしく、シャツのまま、僕らのところまで来た。どこで聞いてきたのか、未彩は「大変だったな」と労ってくれる。未彩の言ったように、僕は、ヨーロッパから帰ってきて三日間の撮影休暇のあいだ、ジスペリとして、新曲の録音だった。PVについては、今回の映画の一部を活用することになっているので、監督の編集と、陽翔のパート部分の撮影だけで終わることになっていた。
「まぁ、同時進行ではあるからね……? 今日の撮影が終わったら、音楽番組の収録なんだよね……」
「……忙しいんだね?」
「まぁ、これが僕の仕事で日常だからね。麗月も編集さんと打ち合わせが終わっているんだろ?」
「おかげさまでね。改稿も終わって、あとは、刊行を待つばかりかな。こんなこと、夢にも思ってなかったから、嬉しいよ」
「新刊出たら、買うよ!」
「あっ、俺も。原作は読んだけど、あれは、何回か読み返したほうが、深みが出るから」
「何度も読んだの? 二人とも」
「僕は、三回かな。あとは、本でも読んでるから……。セリフとかさ、ニュアンスで困ったときは、その場面のあたりを必ず読み返していたかな。その場だけじゃなく、このセリフに対して、全体のバランスを知りたいときってあるでしょ?」
「……そんなことってあるの。書いているほうが、ビックリするようなこと言ってる」
「……未彩?」
「俺は純粋に、物語を楽しんでいただけだから、湊ほどじゃない」
三者三様で、『Summer Snow』について話していると、未彩の燕尾の調整が終わったようだ。僕も椅子に掛けてあった燕尾に袖を通す。
「よう、お二人さん」
「監督」
「この撮影で、クランクアップだ。めいっぱい、二人の想いを俺たちにぶつけてくれ」
「任せておいて! じゃあ、お願いね!」
「おう!」
僕たちは、最後の撮影のための準備に入った。蝋燭の灯った真ん中に、グランドピアノとチェロ、ヴァイオリンがある。それぞれのスタートの場所へ向かい、始まりを待った。
監督の始まりのジェスチャーのあと、僕らはそれぞれの役になり動き始める。幻想的な場所にいるので、不思議な気持ちになる。未彩のスタンバイもいいようで、こちらに視線を送ってくる。そのしぐさは、もう「光希」であるので、僕も「緋月」となった。ピアノから始める『Summer Snow』。そこにチェロの音が重なっていく。本来は、プロが弾いてくれる手はずだったのだが、最後くらいはと、未彩と二人で監督に演奏させてもらえるよう頼んだのだ。
……けっこう大変だったけど、かなり思い入れのある役ができたな。
最後の一音を終え、静かに会場が暗くなり、ヴァイオリンの場所だけにスポットライトが当たる。それで、この映画の撮影は全て終わることになった。
「カットっ!」
監督の声が聞こえ、僕は、まだ、「緋月」のまま、ヴァイオリンを見つめていた。急に涙が溢れてくる。
「お疲れ、湊」
「……監督」
涙を拭くと、どうやら、スタッフの何人かも涙を流していたらしい。予算は少ない、過密スケジュールなど、いろいろなことを乗り越えての撮影終了に感極まったのだろう。
「緋月役の如月さんと光希役の霜月さんのクランクアップです! おつかれさまでした!」
そう言って、スタッフから花束を渡された。僕たちの撮影は終わったが、これからが、監督たちにとって、編集という重大な仕事が待っている。
「まずは、トラブルなく、撮影が終われたこと、制約のある中、本当に皆さんのおかげでです。ありがとうございました。あとは、監督を始め、編集に携わる方々にお願いするとして……、明日、打ち上げをしますので、ぜひ、みなさん、参加してください! 実は、今晩、打ち上げをしたかったんですが、これから、すぐに、番宣も兼ねて、音楽番組の収録があるので……、すみません! また、明日!」
そう言ったときには、陽翔が「迎えに来たよ」と顔を出している。僕らが、ヨーロッパへの強行撮影に行っているあいだ、陽翔のPV撮影も行われていたので、ここのスタッフのみなとは顔見知りのようだ。軽食とともに現れた陽翔をみなが歓迎している。
「……湊は、よかったの?」
「仕方ないよ。今から、番宣も兼ねての収録だし」
「新曲、かなりいいよね。俺の歌詞もなかなかいいと思うけど、湊の作曲もかなりいいよ。今、ピアノの演奏も聞いていたけど……、俺、感動しちゃった」
「……弾けなかったのにって?」
「そうそう。弾けなかったのに。猫ふんじゃった弾いてた頃が、本当に懐かしい。これで、湊は作曲もできるようになったってことだ」
「作曲はできないよ。つっきーが、楽譜に起こしてくれたんだから。僕は、できないんだ。でも、この曲だけは、ピアノが弾ける。ライヴで、そういう演出もいいかもしれないね」
「グランドピアノをあちこち持ち運びするの?」
「現実的じゃないのはわかっているから、却下で。僕は、歌う方が好きだ」
小園が運転する車に乗り込み、テレビ局へと向かう。スタジオには、すでに、今日の出演者たちがスタンバイをしていたが、僕らは、時間ギリギリだ。燕尾を着たままの僕は、ジャケットだけ着替えて、そのまま、混ざることになった。
「……髪、黒いままだね」
「そうだね。仕方ないよ。来週には、元の色に戻すからさ……」
「そのままでも、俺は好きだけど?」
「僕は、金の方が好きだから」
「ふぅーん。まぁ、どっちの湊も、俺は好きだから」
そう言って、隣に立ち、指を絡めてくる。マイクを思わず落としそうになり、陽翔の方を睨むと、ニコニコと笑っている。家でも現場でも、なかなか、二人での時間が取れなかった。久しぶりに、カメラの前とはいえ、二人だけの時間が嬉しいようだ。
僕らの番になり、MCの隣に座る。
「続きまして……、みんな、めちゃくちゃ待っていたんじゃないかな? ジストペリドのお二人です。こんばんは!」
「こんばんは! ジストペリドの如月湊です。よろしくお願いします」
「ヒナトです。よろしくお願いします」
「君ら、本当に久しぶりだね! 新曲リリースということで、やっとうちの番組にも来てくれたんだけど?」
「すみません、ご無沙汰してまして」
「そこ、笑うとこちゃうで? 君らの出る日の視聴率ヤバいから」
「そんな冗談、いらないです。この番組は、俺もよく見ているんですから、すっごい人気じゃないですか?」
「ジスペリからだったら、お世辞でも嬉しいわ。そら、ありがとさん。それで? 世間さんでは、えらいことになってるけど? 今回の新曲、『Summer Snow』っていうんやって? 夏の雪? って、俺……、なんのこっちゃとおもってたんやわ」
MCは、ちょいちょい関西弁がまざりながら、視聴者の疑問を質問してくる。
「あぁ、それは……、もういいかな?」
「いいんじゃない?」
せっかくの番宣だ。僕は、わざとらしく陽翔の方を見て、確認をするようにした。もったいぶっている感じを出したかったからだ。
「なんや、なんや? 二人で内緒話かいな。何があるんや?」
「そんなに食いついてこないでくださいよ。言いにくいじゃないですか」
「ほな、黙るわ。どうぞ」
「……ゲストに会話を投げた……」
僕らは、MCの「どうぞ、好きにして」という言葉に笑ってしまう。お言葉に甘えて、番宣を入れることにした。
「報道にもあって聞いてもらっているかわかりませんが、ここ数ヶ月、僕は、映画撮影をしていました。その撮影の時間もあって、新曲発表も遅くなってしまいました」
「えっ? 映画? そんなんいつの間に撮ってたん?」
「高校卒業後、すぐにプロジェクトを立ち上げて」
「……立ち上げてって……、えっ? それ、どういうことなん?」
「文字通りですよ。ある作家さんの小説をぜひとも映像にしたいという願いから、僕の自主企画として、映画を撮っていました。僕は演者の方での参加でしたけど……、貯金をはたいて、1本の映画を撮ったんです。そのタイトルが『Summer Snow』っていうんですよ。ちょうど、数時間前にクランクアップしたばかりなので……、みなさんへの報告が遅れました。次の小さなライブのときに、発表しようと思っていたんですけど……ね?」
説明をすると、MCは「えっ? えっ? マジで?」なんて、驚いている。一部週刊誌に映画撮影の話は出ていたが、知っている人は少ないかもしれない。
「おぉー! それは、早く見たいね! 今日、クランクアップってことは、何? ジスペリっていっつも現場入り早いのに、ギリギリやったやん? 撮影現場から直行で来たんか?」
「そうですよ。現場からです! 慌ただしくて、すみません」
「いやいや、ええよ、ええよ。そんなこと。それよか、すごいな……、自主企画か。映画の公式発表は、まだやんな?」
「えぇ、そうですね!」
「この番組初?」
「そうです!」
「ほなら……、オーケー! うちの番組は、全力で、湊くんの映画『Summer Snow』を後押しさせてもらうから、近々、また番組へ出てくれるか?」
「もちろんです! この映画、主人公の苦悩と成長、とても素敵なラブストーリーとなっているので、ぜひ見てほしいな……と思っているんです。配給自体は、自主企画のため、大きな映画館で放映されないですけど、ぜひぜひ、お時間があれば、みなさんに『Summer Snow』を見ていただければ、嬉しいです!」
「うわぁー! 綺麗に持って行ったな。ヒナトくんは、なんかいうことある? 映画にも出てるんやろ?」
「さぁ、どうでしょうね? 俺は、湊には呼ばれていないので……、この春から大学生になったばかりで、そっちの授業に追われていたので、ねっ?」
「あぁ、ヒナトくんは、春からピカピカの大学生か。俺も、おじさんになるはずやわ……。時は残酷やな」
「何を言っているんですか? 今が、常に青春真っ盛りですよ!」
会場の笑いを取りながら、「歌のスタンバイを」とADさんからのカンペが見えたので、僕たちは、ステージへ向かう。この曲は、それぞれに録音したので、あまり、お互いの歌を聞いていなかったが、歌い始めると、二人の声が自然とすっと溶け込むように完成されていく。視線を合わせれば、陽翔は頷くだけで、カメラへ視線を向けてしまった。少し寂しさを感じながらも、歌に集中していく。
……ヒナの歌詞、なんだか、心地いい。ほんの数時間前まで、『緋月』だったからかな。
歌い終わると、自分の中にあった『緋月』の想いや感情が全て昇華した気がした。




