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第25話 うぉっと……、まさかの展開

「ヨーロッパ最後の撮影です。気合入れてください!」


 今日は、監督がSNSで見たストリートピアノで実際に弾くカットを撮る。飛行機の時間もあり、かなり時間制限がある中で、監督がどうしても撮りたかった撮影が始まる。このシーンは、周りは日本に帰ってからエキストラで埋めるため、僕だけが、撮影の対象となるのだ。


「緊張する」

「そんなたまかよ」

「いや、撮影って、僕だけじゃん? みんなが周りにいるのにって思うとさ……」

「仕方がないだろう? みんな一緒のスケジュールで動く約束で、ヨーロッパロケが成立しているんだから。ほら、いくぞ! 飛行機の時間があるから……、一発撮りだと助かるよ、湊くん!」

「そんなにプレッシャーかけないでくれます?」


 監督が離れて行き、僕は、ピアノの側に向かう。あちこちからカメラを向けられながらも、ピアノに向き合えば、今は、自然と『緋月』になれる。目を閉じ、開いた瞬間から、緋月として、ピアノを弾き始めた。何曲か弾いて、その撮影で、いいところ取りをすることになっていた。今、僕が弾けるのは、4曲だけ。それも1曲は、冒頭しか弾けない、今回のための曲は、覚えているかぎり、弾き続けた。


「カーット!!」

「さすがに1時間以上ピアノを弾いていると、人が集まってきたな」

「中には、ジスペリの湊だって気が付いた人もいるみたいですね」

「なんで?」

「手、振ってるから」


 僕もこちらに手を振っている彼女に手を振り返した。これ以上、人が集まるのは、よくないということで、撮影は終わることになった。スケジュール的には、少し早かったが、いい映像が撮れたと、監督は満足しているので、編集を楽しみにしておくことにした。


「ピアノ、上達したな?」

「……めちゃくちゃ練習してますからね。ラストのピアノは、期待していてください」

「昨日も、ラウンジで弾いていただろ?」

「聞いていたんですか?」

「あぁ、聞いてた。ジスペリの新曲になるとか……、三日月が作った曲か?」

「んー、僕の鼻歌をつっきーが楽譜として起こしてくれたって感じです」

「さすがだな。三日月も、あれで、日本国内外から、注目されてるから……」

「海外公演、したらいいと思うんですけどね。一人でバックパック行っちゃうくらいなら、言葉の問題もないでしょうし」


 つっきーの話をしながら、ロケバスへと乗り込む。すでに、バスの中では、帰る準備が終わった各々が、待っていてくれた。


「このまま、空港へ向かう。忘れ物はないな?」

「ないでーす!」

「何か、遠足みたいですね」

「あぁ、たしか、こんな感じだった」

「俺、遠足なんて行ったことないわ」

「僕も」


 未彩は、基本的に、学校行事にはでないし、僕もあまり参加した記憶がなかったので、周りが楽しそうに遠足や修学旅行の話をすているが、わからない。ただ、ワイワイしているバスの中は、とても楽しかった。


「あぁ、ヨーロッパも今日で終わりか……」

「何? ヨーロッパに住むの?」

「住まないよ。まぁ、いつか、ヨーロッパ公演とかできるくらいにはなりたいけどな」

「それ、かっこいいね。日本の伝統芸能がヨーロッパ公演って、夢がある。他の諸先輩方は、海外公演もしてるんだろ?」

「まぁね? 俺は、『まだまだ』だから。みなに芸名を知ってもらえるように、今は、国内で頑張るよ」

「そのときは、ドキュメンタリー映画を撮らせてくれ」

「月影さん、そういう映画も撮るの?」

「あぁ、撮るぞ。なんなら、湊たちのも撮ろうか?」

「……社長に要相談。てか、僕らのステージ裏とか、ヤバいから、遠慮しておくことにするよ」

「あぁ? あのCM撮影のときのヒナトに演技指導してたのとか、マジでよかったのに」


 化粧品CMのときの話をしているので、なんだか、恥ずかしい。でも、あのCMをきっかけに、再ブレイクした僕としては、思い入れもかなりあるので、映像として残っていることは、嬉しかった。


「……あぁ、やっと帰れる」

「湊は、帰りたいのか?」

「そうだね。家に帰って、少しのんびりしたいかな」

「撮影もあと少しで終わるし、ヨーロッパ組は、日本に着いたら3日間の休みにしよう。かなり、今回、過密スケジュールで動いてもらったし」

「ありがたい……、俺も、ちょっと、家が……、というか、犬が恋しかったから」

「霜月くん、犬飼ってるの?」

「そうなんですって、俺が飼っているわけじゃないですけどね……? でも、俺の癒しなんで」


 写真を見せながら、「うちにもいるよ!」とみなでペットの写真を見せあっていた。僕は、みなの写真を見ながら、別のことを考えていた。家にいる大型犬のような人物のことだ。クスっと笑うと、「湊はどの子がタイプ?」なんて聞いてくるので、「大型犬が好きかな」とチワワを見ながら微笑んだ。


 飛行機に乗ったころには、みなは思い思いの時間を過ごしている。僕は、シートに深く座って、話題に上がった化粧品のCMのメイキングを見ていた。陽翔に演技指導している僕、一生懸命に僕の話を聞きながら、それっぽくなるように、練習をしている陽翔。


 ……この映像を見る限り、この時点で、僕は、すでに、ヒナのことを意識しているんだな。しっかり、映像を見たことなかったけど、そっか、僕は、最初から、ヒナのこと……。

 ……早く会いたいな。


 ロケで10日ほど離れただけなのに、まだ、空の上にいることに、歯痒く感じる。なんだかんだで、陽翔と出会ってから、こんなに離れているのは、かなり珍しい。

 ドラマのロケがあっても、僕がマンションへ帰ったり、差し入れを持って、撮影現場に陽翔が顔を出すので、1週間以上、離れたことがなかった。


 これからは、ソロの仕事も増えていくから、慣れないとな。


 小さなため息ととも、窓の外を見た。真っ白な雲の上を飛行機が飛んでいる。

 日本へ着くのは、まだまだ、時間がかかるなと思うと、余計に陽翔のことを思い浮かべてしまう。大学にちゃんと行っているのか、ご飯は食べているのかなどなど、考え出したらキリがない。


「湊」

「どうかしました?」

「あぁ、最後の撮影現場の確認、一緒に見るか?」

「会場、抑えられたんですか?」

「お前んとこの社長がなんとかしてくれたみたいだ。イメージはこんな感じ……」


 監督が、会場の写真を見せてくれるので、一緒に見ていた。無人のホールにピアノが置いてある。誰かが、僕の代わりに、ピアノの前に座り、未彩の代わりにも座っている。その真ん中に空の椅子が置いてあった。


「いいですね! イメージにピッタリです!」

「なら、よかった。最後は、全部、湊に預けるから、しっかりやれよ?」

「もちろんです。そのデータ、送ってもらってもいいですか?」

「あぁ、ちょっと待て」


 監督から、先ほどの写真をもらい、一人になった半個室で写真を確認する。さっきは見せてくれなかった外観の写真もあり、僕はじっくり見ていた。


 ……っ!


 僕は、写真の中の見覚えのある背中に驚いた。


 ……なんで? なんでいるの?


 その写真には、二人の青年が写っている。一人は、凛。日本に残っての撮影だったので、もしかしたら、下見について行ったのかもしれない。

 もう一人は、陽翔だった。僕が見間違うはずもなく、今、まさに、会いたいと焦がれていた人物に、驚きと高揚する。


 ……凛と何してるんだよ。この写真を撮ったのは、もしかしなくても、小園さんな気がする。


 なんだか、気の抜けてしまった僕は、「早く会いたいな」と呟いたあと、眠ってしまったらしい。過密スケジュールは、意外と疲れをもたらしたようだった。


 目が覚めたとき、東京上空にいるようで、街が見える。煌々とした灯りを見ながら、もうすぐ、帰れる喜びがふつふつと湧き上がる。


「本日は長時間フライト、お疲れさま」

「まぁ、フライトって、そういうもんだから」


 僕らは、飛行機から降り、荷物を待った。自分の荷物を持てば、先に帰ってもいいと、監督がいうので、未彩と二人、先に帰ることにした。


『さて、問題です!』


 二人で、入国ゲートを通り過ぎたとき、スマホから、メッセージの受信があった。僕は、小園からの連絡かと思い、確認したら、謎のメッセージが届いていた。もちろん、送り主は、陽翔だ。

 僕が、メッセージの既読を確認したので、次のメッセージが届く。


『どこにいるでしょう?』


 写真と共に送られてきたメッセージ。僕は、思わず、周りをキョロキョロと見渡した。


「どうかした?」


 挙動不審の僕に、未彩は訝しみながら、尋ねてくる。明らかにおかしな僕の行動に、思わず聞いてくれたのだろう。


「ヒナが、空港に来る。ここ、どこだかわかる?」

「スカイデッキじゃないの?」


 未彩が言い終える前に、僕は駆け出した。もちろん、大量の荷物もあるので、それほど、早くは移動できない。後ろから、未彩の声も聞こえたが、今は、ただ、一目でも、陽翔に会いたかった。


「あっ、バレた?」


 スカイデッキの先端に飛行機の離着陸を見ていた青年が、こちらに向かって微笑んだ。

 天下のアイドルが、よくもまあ、こんな大勢の人がいる場所で、バレなかったもんだ。

 僕は荷物をその場に残し、駆け出した。何十年も、離れ離れになって、やっと、再会した恋人のように、陽翔に勢いよく抱きつく。


「ヒナっ!」

「うぉっと……、まさかの展開。これは、予想してなかった」

「ヒナっ!」

「はいはい、陽翔ですよ。本物ですからね」


 陽翔は、僕を抱き留め、頭を撫でる。目深に被っていたキャップは床に落ち、僕の黒髪が、風でなびいていた。


「えっ? ジスペリ?」


 周りにいた人たちが、僕らの抱擁を見守っていたようで、その中には、ファンもいたらしい。あまりの出来事に驚いているようだか、カメラを向けられる。

 外で抱きついていれば、誰だって、写真を撮りたくなるだろう。僕らは、そういう宿命なのだから。スマホやカメラを向けられるが、そのほとんどに、笑顔を振りまいた。


 ……ジスペリは、極度に仲の良すぎる二人だから、この抱擁は良かったのか……?


 僕が考えていると、陽翔のほうが、先に口を開いた。


「お騒がせして、すみません。今日、仕事で海外に行っていた湊を迎えに来てて……」

「湊くん、海外へ行ってたの? 全然知らなかったよ。それに、髪も!」


 トレードマークになっていた金髪も、今は、撮影のために、黒に戻している。だから、気付かれにくかったのだが、知られれば、あっという間に拡散されるだろう。


「映画の撮影に行ってました。まだ、しーっ、なんですけど、公開されたら、ぜひ、観に来てくださいね! 自主企画なので、大きな映画館での上映はないですけど、精一杯頑張ってますので! 楽しみにしてください!」


 騒がしくしてしまったと、二人で頭を下げていると、小園が僕らを目掛けて走ってきた。その傍らには、未彩もいて、僕らに呆れ返っている。


「番宣までしてるとか、本当……、何と言っていいやら」


 ため息をついたあと、僕らは撤収する。ただ、ファンに見つかった手前、少し距離は取ってくれるものの、ゾロゾロとついて来ている人もいる。申し訳なさを感じていたら、他の演者がその間に空港を後にできるから、そのままでという指示が監督から飛んできたのであった。


「さすが、天下のアイドル様」


 三人が並んで歩きながら、「俺は完全におまけだな」と未彩が呟いていた。

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