次の配達
呼び鈴が鳴った。
藤原圭介が玄関へ向かう。
榊冬一は押し入れから衣装ケースを出しかけていた手を止めた。
「宅配便です」
扉の向こうから声がする。
圭介が開ける。
しばらくして、
「またかよ」
という声がした。
佐伯が冬一を見る。
二人で玄関へ行くと、大きな段ボール箱が廊下を半分塞いでいた。
送り状には、
藤原達夫。
亡くなった父親の名前。
圭介は箱を見下ろしている。
「何ですか、これ」
佐伯が聞く。
「たぶんトイレットペーパーです」
「たぶん?」
「この大きさなら」
圭介がカッターでテープを切った。
中には予想どおり、トイレットペーパーがぎっしり入っていた。
「やっぱり」
「多いですね」
冬一が言う。
「これでも普通なんですよ」
圭介は箱の中を見る。
「この人の場合」
藤原達夫、七十六歳。
一人暮らし。
数年前からネット通販をよく使っていた。
最初は本と家電くらいだったらしい。
それが、日用品も届けてもらえると知ってから増えた。
ティッシュ。
洗剤。
ミネラルウォーター。
コーヒー。
トイレットペーパー。
重い物を店から持ち帰らなくていい。
なくなる前に次が届く。
達夫はその仕組みをかなり気に入っていた。
「定期便ですね」
冬一が送り状を見て言う。
「そうです。止めるの忘れてました」
圭介は額を押さえた。
「まだ他にも来るかもしれないな」
「何を頼まれてたか分かります?」
「だいたいは。あとで確認します」
箱を玄関脇へ寄せようとする。
圭介が持ち上げた。
大きさの割には軽い。
「これは持って帰るので、処分しないでください」
「分かりました」
「返品してもいいんですけどね」
圭介は箱を壁際へ押した。
「まあ、あとで考えます」
作業へ戻った。
達夫の部屋には、通販で買ったらしい物がいくつもあった。
小さな電気ケトル。
充電器。
工具箱。
折り畳み式の台車。
どれも特別珍しい物ではない。
ネット通販を始めたのは、圭介が教えたのがきっかけだった。
最初に使い方を説明した時、達夫は思ったよりすぐ覚えた。
『ここ押すのか』
『その前に個数見て』
『一個になってる』
『じゃあ次』
『これで注文?』
『まだ。住所と支払い確認してから』
『長いな』
『間違えて買うよりいいだろ』
『店なら持ってレジ行くだけだぞ』
『じゃあ店行けば』
『重いから通販にするんだ』
最初に注文したのは、箱入りのペットボトル水だった。
翌日、達夫からメッセージが来た。
届いた箱の写真。
その下に、
『来た』
の二文字。
圭介は、
『見れば分かる』
と返した。
十分後、
『楽だな』
と来た。
それからだった。
「便利なの覚えさせすぎました」
圭介が言う。
冬一が衣装ケースを確認していると、奥から未開封の台所用スポンジが四個出た。
「こちらはどうしますか」
「ああ、処分で大丈夫です」
「使われません?」
「うちにも父親から回ってきたのがまだあります」
佐伯が笑う。
「回ってくるんですか」
「余ると全部こっちに来るんですよ」
達夫は定期配送の量を決めるのが少し多かった。
本人は多いと思っていない。
圭介が父の家へ来る。
廊下にトイレットペーパーが二袋積んである。
『多くない?』
『使うだろ』
『一人でこんな使わないだろ』
『腐らない』
『そういう問題じゃない』
『置いとけばいい』
『どこに』
『廊下』
『廊下は収納じゃないだろ』
『通れる』
圭介は箱と壁の隙間に立った。
『これ横向かないと通れないじゃん』
達夫も横向きになって通った。
『通れる』
『実演しなくていいよ』
その帰り、
トイレットペーパーを一袋持たされた。
『いらないって』
『お前んちも使うだろ』
『買ってるよ』
『じゃあ次買わなくて済む』
『何で父さんの頼みすぎを俺が処理するの』
『処理じゃない。使うんだ』
結局、持って帰った。
「前に一時期、うちの収納の半分が父の定期便でした」
圭介が言う。
「半分は大げさでしょう」
佐伯が笑う。
「じゃあ三分の一」
「かなりありますね」
「水なんか場所取るんですよ」
その水も、何度か圭介の家へ来た。
ある月。
達夫から写真が送られてきた。
段ボール箱が二つ。
『また来た』
圭介は仕事中だった。
休憩時間に見て、
『お前が頼んだんだろ』
と返した。
『そうだった』
『じゃあ「また来た」じゃない』
少しして、
『思ったより早かった』
と来た。
『毎月同じ日に来るんだよ』
『今月早くないか』
『同じだよ』
『そうか』
その週末、圭介は水を一箱持って帰った。
「定期便の仕組み分かってなかったわけじゃないんです」
圭介が言う。
「分かってたんですけど、自分が使う量の方を毎回多く見積もるんですよ」
冬一が笑った。
「なくなるのが嫌だったんですかね」
「それはあったかもしれません」
圭介は少し考えた。
「でも、単に多い方が得だと思ってただけかも」
答えは決めなかった。
午前中に、本棚と箪笥を片づけた。
圭介の判断は早い。
衣類はほとんど処分。
本も一部だけ残す。
腕時計が出た。
冬一が確認する。
「こちらは?」
圭介は受け取った。
黒い文字盤の、普通の腕時計。
裏を見る。
ベルトを触る。
「いりません」
「処分で?」
「はい」
冬一は元の箱へ入れた。
「使わないので」
写真は何枚か残した。
アルバムを丸ごとではなく、親戚へ渡す物と自分が持つ物を分ける。
達夫が旅行先で写っている写真。
家族で食事をしている写真。
圭介が子供の頃のもの。
数枚。
それだけだった。
昼前、机の上に置かれていたタブレットを圭介が手に取った。
「これで定期便確認してみます」
冬一たちは作業を続けた。
しばらくすると、
「やっぱり」
と聞こえた。
佐伯が振り返る。
「まだありました?」
「洗剤」
「いつです?」
「来週」
圭介は画面を操作する。
「コーヒーもある」
「お父さん、かなり使いこなしてますね」
「使いこなしすぎなんですよ」
「便利だったんでしょうね」
「そうなんでしょうね」
圭介は通販会社の案内を確認し、必要な停止手続きを始めた。
作業中に細かく読む必要はないので、冬一は見なかった。
昼休憩に入る頃には、連絡先も整理できたらしい。
圭介は窓際で電話を掛けた。
父親が亡くなったこと。
契約者本人による今後の利用がないこと。
定期配送を停止したいこと。
必要な情報を順に伝える。
相手が何か確認する。
「はい」
少し待つ。
「そうです」
また待つ。
「全部止めてください」
最後に、
「お願いします」
と言った。
電話を切った。
佐伯が弁当の蓋を開けながら聞く。
「止まりました?」
「はい。来週の洗剤も間に合うそうです」
「よかったですね」
「コーヒーも」
圭介は玄関を見る。
朝届いた大きな箱がある。
「今日のは?」
冬一が聞く。
「届いた後なので、返品するなら別に手続きですね」
「未開封ですし、確認すればできるかもしれません」
圭介は箱を見た。
少し考える。
「いや、いいです」
「持って帰ります?」
「使うし」
それで昼食を始めた。
午後、押し入れの奥から折り畳み椅子が出た。
金属の脚。
薄い座面。
特に高価な物ではない。
圭介が見て、
「あ、これ俺のだ」
と言った。
「圭介さんの?」
佐伯が聞く。
「昔持ってきたやつです」
達夫が七十を過ぎた頃、玄関で靴を履きづらいと言ったことがある。
圭介がホームセンターで小さな折り畳み椅子を買ってきた。
『ここ置いとけば』
玄関に広げる。
『靴履く時座れるから』
達夫は座ってみた。
『低いな』
『高いと靴履きにくいだろ』
『そうか』
『使わない時は畳めるし』
『分かった』
しばらくして圭介が来ると、椅子は玄関になかった。
『椅子どうしたの』
『ある』
『どこ』
達夫は台所へ行った。
棚の横に置いてある。
『何でここにあるの』
『上の物取るのに使ってる』
『踏み台じゃないよ、それ』
『乗れる』
『乗れるかどうかじゃなくて』
『便利だぞ』
『危ないからやめて』
『椅子だろ』
『座る椅子だよ』
『立てる椅子でもある』
圭介は取り上げようとした。
達夫は、
『玄関でも使ってる』
と言う。
『今台所じゃん』
『移動できる』
結局、そのままになった。
「最後まで踏み台だったのかな」
圭介は椅子を広げた。
座面へ手を置く。
脚は少しぐらついている。
「これは処分してください」
「持って帰らなくていいですか」
「うち、椅子ありますから」
冬一は畳んで処分側へ置いた。
通販で買った折り畳み台車も出た。
これは圭介が少し迷った。
「これ便利なんですよね」
「使います?」
冬一が聞く。
「父に借りたことあるんですよ」
水を持って帰らされる時だった。
二箱を手で運ぼうとすると、達夫が奥から台車を出した。
『これ使え』
『何でこんなの持ってるの』
『買った』
『何運ぶの』
『水』
『水を頼みすぎなきゃいらないだろ』
『今いるだろ』
『俺のためじゃん』
『便利だろ』
腹が立つが、実際便利だった。
駐車場まで二箱まとめて運べた。
「これ、もらいます」
圭介が言った。
「残す方ですね」
「はい。今日使えそうなので」
佐伯が玄関の箱を見る。
「さっそく」
「そうなんですよ」
圭介は笑った。
午後の搬出が進む。
家具がなくなる。
本棚。
机。
小さな食器棚。
達夫が一人で暮らしていた部屋から、大きな物が順に消えていく。
圭介は作業を見守るというより、自分でも箱を畳み、不要な紙をまとめていた。
冬一が重要書類を渡せば確認する。
不要ならすぐ戻す。
思い出話が始まっても、作業は止まり続けない。
夕方前には、部屋のほとんどが空になった。
玄関だけ、大きな段ボール箱が残っている。
朝届いたトイレットペーパー。
冬一が最後の確認を終える。
「こちらで全部です」
「ありがとうございます」
圭介は部屋を一度見回した。
何も言わなかった。
玄関へ行く。
大きな箱を持ち上げる。
横幅があるので、扉に当たりそうになる。
「あ、これ面倒だな」
「車まで運びます」
冬一が片側を持つ。
「大丈夫ですよ」
「扉だけ通しましょう」
二人で傾ける。
外へ出す。
佐伯が、圭介の残す物を積んだ台車を押してきた。
その中には、父親が買った折り畳み台車も入っている。
「台車の上に台車ですね」
佐伯が言う。
圭介が笑った。
「父なら喜びそうだな」
駐車場まで運ぶ。
圭介の車の後部を開ける。
写真や書類の入った小さな箱。
残した本。
父が買った折り畳み台車。
その横へ、大きなトイレットペーパーの箱を入れる。
奥行きが足りない。
圭介が押す。
入らない。
冬一も反対側から少し角度を変える。
やっと収まった。
圭介は箱をさらに奥へ押した。
「結局また持って帰るのか」
少し笑った。
箱から手を離す。
「最後まで多いんだよ」
トランクを閉めようとして、一度止めた。
台車が箱の横で斜めになっている。
真っすぐ直す。
今度こそ閉める。
「じゃあ、ありがとうございました」
冬一と佐伯へ頭を下げた。
運転席へ向かう途中で、もう一度車の後ろを見る。
「置き場所考えないとな」
そのまま運転席へ乗った。
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