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伝えられなかった愛を今度こそ君へ  作者: クロネコ


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断罪の夜


王城の大広間は、華やかな光に満ちていた。


今宵は、王族主催の夜会。国内の有力貴族が一堂に会する、格式ある場だった。


「リリアーヌ、大丈夫か?」


低く、柔らかな声がリリアーヌへそそがれる。


「は、はい」


その問いに、リリアーヌは小さく頷いた。アルヴェルトを安心させるために。しかし、その指先はわずかに震えている。


あちこちから向けられる、好奇と、探るような視線が2人にそそがれる。ここ数日の変化は、すでに社交界中に広まっている。


王太子が婚約者を溺愛している、と。


本来ならば、喜ばしいことではあるが、当然面白く思わない者も多い。


「無理はするな」


アルヴェルトは静かに言い、そっとリリアーヌの手を取った。


「俺がついてる」


短い言葉だが、それだけで不思議と呼吸が楽になる。


「はい」


リリアーヌが小さく答えると、アルヴェルトはわずかに頷いた。そして、そのまま彼女をエスコートして進む。


足取りは堂々としており、リリアーヌはアルヴェルトの庇護下にあると知らしめるように。


その姿を見て、周囲にはざわめきが広がる。だがアルヴェルトは一切気にしなかった。ただ、リリアーヌだけを見ていた。


「本当に、目障りですこと」


2人の姿をみて、低く呟いたのはクラリスだった。口を隠す扇子の奥で、表情が歪む。


「少しばかり、思い出させて差し上げましょうか」


そう呟くと、彼女は優雅に歩み出る。そして、それに続くように、周囲の令嬢たちも続いた。


ーーーーーーーーーー


「リリアーヌ様」


不意に呼び止められたリリアーヌは、声がした方へ振り返る。そこにいた人物を視界にとらえると、リリアーヌは僅かに表情を歪めた。


「・・・クラリス様」


そこには、完璧な笑みを浮かべた令嬢が立っていた。微笑みながら、クラリスは口を開く。


「ご機嫌よう」


「ご機嫌よう」


リリアーヌも形式通りに挨拶を返す。至って普通の会話だが、空気はひどく冷たい。


「最近は、ずいぶんとお幸せそうですわね」


とても柔らかな声だが、その言葉には明確な棘がある。なんでそんなに幸せそうなのかと言いたいのだろう。


「いえ、そのようなーー」


「謙遜なさらなくてもいいのですよ?」


リリアーヌの言葉を遮り、クラリスは微笑む。


「殿下にあれほど構われていれば、誰でも勘違いしてしまいそうですもの」


クラリスは、遠回しに勘違いするなとリリアーヌに言う。すると、ざわりと周囲が揺れる。


明らかな挑発だった。


リリアーヌの顔がわずかに強張る。


「・・・勘違い、ですか?」


怯えたような、リリアーヌの声にクラリスは楽しげに目を細めた。


「ご自身の立場を、ですわ」


その一言で、その場の空気が凍る。


「殿下はお優しい方ですもの。一時の気まぐれで、少しばかり気をかけていらっしゃるだけかもしれませんわ」


「ーーっ」


「ですが、それを“特別”だと受け取ってしまえば、後で傷つくのは、ご自身ですわよ?」


クラリスの発言に、周囲からは、くすくすと笑いが漏れる。取り巻きたちの笑い声だ。


これは、明確な侮辱だった。相手は王太子の婚約者。次代の王妃になる方だ。


それでも、クラリスがここまで強く出れるのは、リリアーヌが何も言い返せないとわかっているからだ。


リリアーヌは言葉が、出なかった。


胸が締め付けられる。リリアーヌ自身が、ずっと気にしていたことだったからだ。勘違いしてはダメだと。


リリアーヌの思考が、ネガティブになっていくその時、救いの声が聞こえる。


「――随分と楽しそうだな」


重く、低い声が、その場を切り裂いた。その場にいた全員の視線が一斉に向く。


そこに立っていたのはアルヴェルトだった。


先ほどまでの柔らかな空気はなかった。とても冷たく、凍てつくような威圧感。


「で、殿下」


クラリスは、一瞬動揺するが、すぐに笑みを取り戻した。


「ご機嫌よう、殿下」


「挨拶は不要だ」


クラリスの言葉は、即座に切り捨てられる。アルヴェルトからは、純粋な怒りが垣間見える。


「今の発言の意図を説明しろ」


「い、意図、とは?」


「先ほどの発言。俺はリリアーヌに対する侮辱と受け取ったが、どうなんだ?」


アルヴェルトは、リリアーヌへの侮辱だと、はっきりと言い切った。


不味いと思ったのか、クラリスはすぐに否定しようと口を開く。


「け、決して、そのようなつもりは――」


「では訂正しろ」


反論の余地もなく、被せるようにアルヴェルトは言う。


「今の言葉を、ここで撤回しろ」


クラリスの表情が僅かに歪む。だが彼女もまた、ただの令嬢ではない。この程度は想定内だ。


「・・・誤解を招いたのであれば、お詫びいたしますわ」


完璧な対応だった。淑女として、模範となる回答だっただろう。しかし、相手が悪かった。


「誤解ではない」


アルヴェルトは一歩踏み出し、さらに問う。


「事実に基づいた発言だろう」


まさか、ここまで詰められるとは思わなかったクラリスは、背筋に冷たいものが走った。


「な、何をおっしゃっているのか、分かりかねますわ」


「ならば分からせる」


アルヴェルトのその一言で、空気が変わった。アルヴェルトは軽く手を上げる。すると、控えていた近衛と側近のレオンが進み出た。


「殿下の命により、調査した結果を報告いたします」


レオンは淡々とした声で、報告する。レオンのその手には、複数の書類が握られていた。


「ヴァルディア嬢およびその関係者による、エルフェルト嬢への継続的な嫌がらせ、虚偽情報の流布、精神的圧迫の証拠を確認しました」


レオンの報告を聞き、場が凍りつく。


「ーーなっ」


クラリスの顔色が変わる。


「証言、記録、金銭の流れ、すべて揃っております」


レオンが持っていた書類が広げられる。そこに記された内容は、逃げようのない事実だった。


「お茶会での発言記録。使用人への指示書。第三者を介した噂の拡散」


一つ一つ、淡々と読み上げられる。


「そ、そんなもの、でっちあげですわ!」


とにかく否定するしかないクラリスは声を荒げた。


だが、アルヴェルトはそれを許さなかった。


「では、証人を呼ぶか?」


アルヴェルトのその一言で、言葉が止まる。


「既に手配している」


ここに来て、クラリスは悟った。あぁ、完全に詰んでいる。逃げ道など、最初からなかったのだ。


「ど、どうして」


クラリスの声が震える。さっきまでの、完璧な令嬢はもう居なかった。


「どうして、そこまで」


その問いに、アルヴェルトはゆっくりと彼女を見下ろした。その瞳には、情けなど一切なかった。


「決まっている」


静かだがその重みは圧倒的だった。


「俺の婚約者に手を出したからだ」


ざわり、と空気が揺れる。


「たった、それだけで?」


「それだけで十分だ」


アルヴェルトはクラリスを切り捨てた。そして、震え上がるクラリスにさらに告げる。


「この件は、ヴァルディア家には既に通達済みだ」


クラリスの目が見開かれる。


「爵位の降格、および領地の一部没収」


「そ、そんな!」


「お前自身は、社交界からの追放処分とする」


これは、完全な断罪だった。それも、用意周到に準備された。


「国外追放は免じてやる」


わずかな慈悲。だがそれすら、クラリスにとっては屈辱でしかなかった。


「ーーっ」


完全に諦めたクラリスは、その場で膝をついた。クラリスが、すべてを失ったと理解した瞬間だった。


その姿を見て、周囲の目が一斉に変わる。憐れみと、距離を取る目に。もう誰も、彼女の味方ではない。


「ーー殿下」


その時、小さな声が響いた。声の主は、リリアーヌだった。彼女は、震えながらも一歩前に出た。


「もう、十分です」


リリアーヌの言葉に、アルヴェルトは眉をわずかに動かす。


「これ以上は」


そこまで言って、言葉を選ぶように、リリアーヌは続ける。


「ーー悲しいです」


その一言に、空気が静まった。あれだけ侮辱した相手に、慈悲をかけるリリアーヌ。その姿に、周囲は驚きを隠さなかった。


アルヴェルトは、しばらくリリアーヌを見つめると、柔らかな笑みを浮かべた。


「ーーそうか」


アルヴェルトは短く答えた。そしてクラリスから視線を外す。


「処分は変更しない。だが、これ以上は関与しない」


それがアルヴェルトなりの譲歩だった。本当であれば、まだまだ足りないと感じていた。しかし、他ならぬリリアーヌの言葉を優先した。


そんなアルヴェルトに、リリアーヌは小さく頭を下げる。


「ありがとうございます」


アルヴェルトは何も言わず、彼女の手を取った。そして、そのまま静かにその場を後にする。


その場に残されたのは、すべてを失った令嬢と、冷え切った視線だけだった。


ーーーーーーーーーー


夜会の喧騒から離れた廊下。


「怖かったか?」


アルヴェルトは、リリアーヌへ静かに問う。


「ーー少しだけ」


以前なら「いいえ」と答えていただろうが、リリアーヌは正直に答えた。そんなリリアーヌに、アルヴェルトも真っ直ぐに答える。


「だが、俺は止めない」


リリアーヌは彼を見上げる。完璧な王太子。以前は怖いと思っていた。


そして、今も少し怖かった。


だが、それと同時に、安心するとそう思ってしまう自分がいる。


「ーー殿下」


「なんだ」


「ありがとうございます」


リリアーヌは小さく微笑む。その姿を見て、アルヴェルトは一瞬だけ目を見開き、そしてほんのわずかに表情を緩めた。


「当然のことだ」


リリアーヌの手を、少しだけ強く握る。もう、決して離さないように。


2度目の人生。


二人の距離は、確かに変わっていた。


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