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伝えられなかった愛を今度こそ君へ  作者: クロネコ


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3/5

断罪の準備


「リリアーヌ様、こちらをどうぞ」


「まあ、こんなに」


差し出された箱の中には、繊細な細工の施された菓子が並んでいる。王都でも指折りの職人が手掛けたものだと、一目で分かる代物だった。


「甘いものが好きだと聞いたんだ。少しでも、喜んでくれたら嬉しい」


アルヴェルトは、さも当然かのように言う。今までのアルヴェルトなら考えられないほどに言葉だった。


「口に合うかは分からないが」


「い、いえ、とても嬉しいです」


リリアーヌは戸惑いながらも礼を述べる。すると、柔らかな笑みを浮かべ、嬉しそうにこちらを見ている。


ここ数日で、同じようなことが何度あっただろうか。


贈り物、気遣い、言葉。


どれもこれまで一度も、リリアーヌに与えられなかったものばかりだった。まるで、埋め合わせをするかのようだった。


「無理に全部食べなくても大丈夫だぞ?」


「いえ、全部いただきます」


リリアーヌがそう答えると、アルヴェルトはほんのわずかに目を細めた。その変化に、リリアーヌの胸がまた小さく跳ねる。


嬉しい。けれど、同時に怖かった。


この優しさが、いつか消えてしまうのではないかと。


「リリアーヌ」


「は、はい」


「今日はこのあと時間はあるかい?」


「はい、予定は空いてます」


「なら、少し付き合ってくれないか?」


以前なら、一つ用が終わればそれで解散だった。それなのに、最近は一緒にいる時間がとても長かった。


「新しく入った品がある。リリアーヌに似合うものを選びたい」


「え?わ、私に、ですか?」


「もちろんだ」


「ですが、最近貰いすぎているような気がーー」


「遠慮することはない。これは、俺がやりたいからやっていることだ」


その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、リリアーヌの中の不安を取り除いていく。リリアーヌはもう、何も言えなかった。


「ありがとうございます」


リリアーヌは小さく頭を下げる。それだけで、アルヴェルトは満足したように頷いた。そして、その様子を見ながら、リリアーヌは思う。


殿下は、以前と変わった。これは間違いない。誰が見てもそう思うだろう。


だか、それが“なぜ”なのかは、誰もわからなかった。分からないまま、心だけが少しずつ揺れていく。


リリアーヌの心がアルヴェルトへ近づいていく一方で、殿下の変化を、面白く思わない者もいた。


ーーーーーーーーーー


「随分と熱心ですのね」


その声は、とても静かな声だった。だがその奥には、はっきりとした棘があり、冷え切っていた。


豪奢な室内に、数人の令嬢たちが集まる中、その中心に座るのはクラリス・ヴァルディア。


社交界でも評判が高く、完璧な淑女と名高い令嬢だ。少なくとも、表向きは。


「ここ数日、ずっとご一緒だとか」


「ええ、そのようですわ」


取り巻きの一人が、わざとらしく困った顔をする。


「王太子殿下ともあろう方が、あの方にそこまで執着なさるなんて」


「本当に不思議ですわね」


取り巻きたちの話を聞きながら、くすりとクラリスは笑う。もちろん、扇子で口元を隠しながら。


「ですが、少しばかり、度が過ぎているのではなくて?」


クラリスのその一言で、空気が変わる。一気に空気が冷えていく。


「度、ですか?」


「ええ」


クラリスはゆっくりと頷く。そして、周囲を見渡しながら、ゆっくりと口を開く。


「身の丈に合わない扱いは、人を勘違いさせますもの」


柔らかな声色だった。だが、その言葉はとても鋭かった。


「本来の立場を、忘れてしまうかもしれませんわ」


クラリスの言葉お聞き、その場にいる令嬢たちが、意味を理解して笑みを浮かべる。


「確かに、そうですわね」


「少し、思い出していただいた方がよろしいかもしれませんわね」


取り巻きたは、クラリスの思い描いた通りに動き出した。その様子を見て、クラリスの目が細められる。


優雅な仮面の奥で、悪意が静かに蠢いていた。


ーーーーーーーーーー


一方その頃。


王城の一室では、まったく別の空気が流れていた。


「――以上が、現時点で確認された内容です」


報告をしているのは、アルヴェルトの側近であるレオンだった。


「遅かったな」


短く返された言葉。だがそこに含まれる圧は、尋常ではない。完璧な王太子。その評価にぴったりな風格を感じた。


「申し訳ございません」


「言い訳は不要だ」


アルヴェルトは書類に目を落としたまま言う。その視線は、氷のように冷たい。


先ほどまでリリアーヌに向けていたものとは、まるで別人だった。これが、今までのアルヴェルトの通常だった。


「裏付けは取れているか?」


「進めております。ただ、証言を得るにはもう少し時間が――」


「不要だ」


途中で言葉を遮り、アルヴェルトは言い切った。レオンは、一瞬驚いた表情をするが、すぐに引き締め直した。


「証言は後でいい。先に証拠を固めろ」


「かしこまりました」


「対象は、ヴァルディア嬢とその周辺でよろしいですか?」


「ああ、それでいい」


アルヴェルトには、一切の迷いがなかった。まるで、全て知っているかのような、そんな雰囲気だ。


「関わった者すべて、1人残らず調べ上げろ」


「承知いたしました」


部屋に、重い沈黙が落ちる。アルヴェルトはゆっくりと書類を閉じた。


「リリアーヌに接触した記録は」


「複数確認されています。主にお茶会、及び私的な場での接触です」


「内容は?」


「精神的圧迫、虚偽の情報の流布、その他、悪意ある誘導と見られるものが多数」


レオンは、淡々と報告をする。アルヴェルトは無駄が嫌いだ。伝えたいことは、わかりやすく最低限に。これが鉄則だった。


そして、一つ一つが、確実にアルヴェルトの逆鱗に触れていた。


「・・・そうか」


たった一言。それだけで、室内の温度がさらに下がったように感じられる。


「殿下」


そんな様子を見て、レオンは静かに問う。


「どの段階で、公にされますか」


公にする。つまり、リリアーヌにちょっかいを出したものを断罪するのだ。そのタイミングをレオンは問う。


その問いに、アルヴェルトはわずかに思考し、口を開く。


「まだだ。まだ早い」


「・・・理由をお聞きしても?」


「完全に潰すためだ」


静かな声だった。だがそこに宿る意志は、絶対だった。


「今回だけは、容赦しない」


その言葉に、レオンは理解する。これは単なる処罰ではない。これは、報復だ。


「御意」


レオンは、今まで以上に深く頭を下げた。そして、その場を後にした。


残されたアルヴェルトは窓の外に目を向けた。


そこには庭園が見えていた。そこに、彼女の姿が重なった。はじめは戸惑っていたが、少しずつ笑うようになった、あの表情。


まだ、怯えが消えきっていない、あの瞳。


「もう二度とーー」


力強く拳を握りしめた。その拳は、爪が手のひらに食い込むほどに強く握りしめられていた。


「同じ目には遭わせない」


ーーーーーーーーーー


その日の夕刻。


「殿下、本当にこちらでよろしいのですか?」


その声は、戸惑いを隠しきれていなかった。リリアーヌは、目の前に並べられた品々を見て、戸惑っていた。


宝石、ドレス、装飾品。どれも一級品ばかりだ。


「気に入らないか?」


「い、いえ!そのようなことは!」


リリアーヌは、慌てて否定した。だが問題はそこではない。


「私には、あまりにも」


「値段なんて関係ない。似合うかどうか、それだけだ」


アルヴェルトは一つの髪飾りを手に取った。取り上げたのは、淡い色合いの宝石があしらわれた、上品な品だ。


「ふむ、これだな」


「え?」


気づいた時には、アルヴェルトはリリアーヌの背後に回っていた。


「え、殿下?」


「じっとしていろ」


とても、静かで、低い声色。でも、優しい響きだった。


アルヴェルトの手が、そっと髪に触れる。丁寧に、崩さないように。まるで壊れ物を扱うような手つきだった。


そして、髪飾りが留められる。


「やはり、よく似合う」


アルヴェルトは満足そうに呟き、もう一度言う。


「とても、似合っている」


耳元で囁かれ、リリアーヌの心臓が大きく跳ねた。


「あ、あの」


「どうした?」


「どうして、ここまで」


何度も言われたが、リリアーヌは聞かずにはいられなかった。


「言ったはずだ。お前が大切だと」


まるで、それ以上の理由は必要ないと思わせるほどの重みがあった。その言葉を聞いて、リリアーヌは何も言えなくなる。


ただ、胸が苦しくなる。


ずるい。


こんな言い方をされたら。信じてしまう。期待してしまう。もう、引き返せなくなる。


リリアーヌの良い変化に、アルヴェルトは決心する。


彼女がもう二度と、あんな絶望に触れないように、と。


そして、そのための準備は、すでに整いつつある。


静かに、そして確実に。


断罪の舞台は、近づいていた。


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