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伝えられなかった愛を今度こそ君へ  作者: クロネコ


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2/5

愛し方を覚えた王太子


リリアーヌ・エルフェルトは、困惑していた。


これは、一体。どういうことなのでしょうか??


理由はわからないが、困惑の原因は、はっきりしていた。


「リリアーヌ」


急に名を呼ばれ、びくりと肩が揺れた。


ゆっくりと振り返るとそこには、アルヴェルト様が立っていた。アルヴェルト様がいる。それだけなら、いつものことだ。


問題は、その“距離”だった。


「顔色が優れないな。昨夜はよく眠れたか?」


「ーーえ?」


思わず間の抜けた声が出てしまいました。淑女にあるまじき声でしたが、そんなことどうでもよかった。


今、なんと言いましたか?


顔色が優れない?眠れたか?あのアルヴェルト殿下が?


私は思考が追いつかないまま、瞬きを繰り返す。


「あ、あの、殿下?」


「どうかしたか、リリアーヌ」


「い、いえ、その」


言葉が出てこなかった。目の前の人物が、本当にあのアルヴェルト様なのか、確信が持てなかった。彼はこれまで、必要最低限の言葉しか発しない人だった。


婚約者である私に対しても、業務連絡のような会話ばかりで、体調を気遣われたことなど、一度もなかった。


それなのに。


「手が冷たいな」


「っ!」


不意に、手を取られた。私は、驚きで息が止まった。エスコートの時でさえ、手に触れられることはなかった。指先から伝わる温もりに、心臓が跳ねた。


「外気に当たりすぎたか。今日は風が強いからな」


そんなことを当たり前のように言いながら、彼は自分の外套を脱ぎだした。


そして、それを私の肩に掛けた。


「冷えるだろう。これを使え」


「で、殿下!?」


私の思考は完全に停止する。


どうやら驚いているのは私だけではなく、周囲も驚いているようで、視線が一斉にこちらに集まっているのが分かる。


優秀だが冷徹で知られる王太子が、婚約者に外套を掛けたなんて。ちょっとしたニュースだった。


「何か問題があるか?」


戸惑う私に、殿下は真顔で問われる。優しい声が、私に降り注ぐ。


「い、いえ、問題というか、その」


問題しかないです!!


だがそれを口にすることなどできなかった。私は戸惑いながらも、小さく首を振るしかなかった。


そんな私を、殿下はじっと見つめている。でも、その視線は、これまで感じたことのないものだった。


冷たい、観察するような視線ではなかった。しっかり確かめるような、大切なものを見るような目だった。


「とても、似合っている」


「ーーえ?」


「その色は、お前によく合う」


何を言われているのか、すぐにはわからなかった。外套の色のことだと気づくまで、数秒かかってしまった。


気づいてしまえば、もう手遅れだった。こういうことに慣れていない私の頬が、かっと熱くなる。


「そ、そんな、恐れ多いです」


「事実だからな。仕方ないさ」


即答だった。逃げ場を与えないほど真っ直ぐな言葉。今までの殿下では考えられない言葉だった。


私は、動揺が隠せず、完全に視線を彷徨わせた。


どうしよう、殿下が理解できない。昨日までの殿下は、こんな人ではなかったはず。


確かに、素晴らしい殿方ではあったが、こんなに優しい言葉など、期待したことすらなかった。


なのにーー


「ーーリリアーヌ」


「は、はいっ」


名前を呼ばれるだけで、私の背筋が伸びる。しかし、次の言葉は、さらに私を混乱させた。


「今日は予定を変更しよう」

 

「え?」


「お前と過ごす時間を優先する」


殿下はさらりと、とんでもないことを言った。さすがに、私のために公務が疎かになるわけにはいかない。ここは、私が引かなくては。


「で、ですが殿下には公務が」


「大丈夫だ。すでに調整済みだ」


お断りしようと思ったのに、間髪入れずに返されてしまった。


「何も問題ない」


いやいやいや。問題は大ありです!!


今日一日だけで、私の中の常識が崩れていく。殿下の印象が、殿下への気持ちがーー。


「庭園にでも行こう。あそこなら静かに過ごせる」


そういうと、殿下は自然に手を差し出してきた。それは、エスコートのための手だ。だが、それを向けられるのは初めてだった。これまでは、隣を歩くだけで、触れることすら、ほとんどなかったのに。


「リリアーヌ、どうした?」


「い、いえ」


私は恐る恐る、その手に自分の手を重ねた。初めてのエスコートにぎこちなく乗せた私の手を、殿下はしっかりと握ぎった。


ーーあたたかい


たったこれだけのことで、私の胸は締め付けられる。嬉しいと思ってしまった自分に戸惑ってしまう。


こんな些細なことで、心が揺れるなんて。


お願いします。殿下、これ以上はやめてください。


殿下に、期待してしまうから。昨日までの冷たい現実を、知っているから。


これは、きっと何かの気まぐれだ。そう思わなければ、自分を保てなかった。


庭園へ向かう道すがら、周囲の視線が、容赦なく突き刺さる。そして、ざわめきが聞こえる。


「・・・殿下、あの」


「周りのことは気にするな」


殿下は一切視線を向けずに、私に言った。


「何を言われようと、関係はない」


きっぱりと言い切った。たったそれだけで、不思議と不安が和らいだ。


庭園に着くと、色とりどりの花が風に揺れていた。そして、その中央にあるベンチへと導かれる。


「さぁ、座ってくれ」


促されるまま腰掛けると、彼はその隣に座った。


どうしよう、距離が近い。いつもなら、対面に座るし、横に座る時も1人分は距離があった。


今日は、ほとんど間がないほどだった。


「リリアーヌ」


「は、はい」


「最近、何か困っていることはあるか?」


とても、優しい声だった。今まで聞いたことのない、とても素敵な声だった。私は思わず、言葉が詰まる。


困っていることは、ある。あるに決まっている。だが、それを口にしていいのか分からない。


「いえ、特には」


結局、私はそう答えてしまう。


私の答えを聞いた殿下の目が、わずかに細められた。


「君は嘘が下手だな」


「ーーっ」


「無理に話さなくてもいい。だが、覚えておいてくれ」


嘘をつく私に、殿下は責めることなく、優しく、そして静かに口を開く。


「お前が困っているのなら、俺がすべて解決してやる」


それは、言葉の重みを知っている殿下では考えられない、断言する言葉だった。その言葉は、疑いの余地すらないほど、真っ直ぐだった。


「・・・殿下」


「お前は、何も心配しなくていい」


その言葉は、どこか懐かしい響きを持っていた。まるで最初から、そうであったかのように。


「・・・どうして」


ぽつりと言葉が零れる。


「どうして、そこまで」


そこまで言って、はっとする。私は何を期待しているの。聞けば傷つくかもしれないのに。


だが、私の憂いとは裏腹に、殿下は少しだけ目を伏せ、口を開く。


「お前は、俺の婚約者だ」


それは、これまで何度も聞いたはずの言葉だった。なのに、今はまったく違う意味を持っていたように感じた。


「そして――」


殿下は一瞬、言葉に詰まる。何かを言いかけて、飲み込んだように見えた。


だが代わりに、殿下はそっと私の手を取り、その甲に口づけを落とした。


「ーー大切な人だ」


息が止まる。思考が完全に白くなる。理解が追いつかなかった。


感情が隠しきれず、私の顔が熱くなっていく。心臓がうるさく脈を打つ。


殿下は真剣な表情だ。決して冗談でも、気まぐれでもない。本気で言っているのが伝わってくる。


「あ、あの、で、殿下」


「なんだい?」


「そのーー」


どうしよう、言葉にならない。


こんなにも真っ直ぐに想いを向けられたことが、今までなかったから。


「落ち着け、無理はするな」


彼はふっと表情を緩めた。ほんのわずかだが、確かに柔らかい笑みだった。


「ゆっくりでいい」


その言葉は、どこまでも優しかった。そして、私の胸の奥に、じんわりと広がっていく。


私には分からない。


でも、ほんの少しだけ。


この時間が、嬉しいと思ってしまった。


そんな自分に戸惑いながらも、2人きりの時間は過ぎていく。その時間が、初めて心地よいと感じた。


ーーーーーーーーーー


一方その頃。


2人が庭園で仲睦まじく過ごす様子を見ている影があった。それは、少し離れた場所から、じっと2人を見ていた。


「・・・面白くありませんわね」


扇子の奥で、唇が歪む。こんなはずではなかったのに。計画は、順調だったはずなのに。


リリアーヌは、もうすぐ壊れるはずだった。


それなのに。


「殿下が、あんな行動に出るなんて」


殿下の突然の変化。それが、私の計画をすべて狂わせた。邪魔な女を排除する計画を。


「ですが、まだ始まったばかりですわ」


2度目の人生でも、リリアーヌを貶めようとする悪意は、確実に近づいて来ていた。


しかし、その悪意を今回のアルヴェルトが見逃すことは決してない。そのことを知るものは、アルヴェルト以外にはいなかった。


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