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伝えられなかった愛を今度こそ君へ  作者: クロネコ


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1/5

伝えられなかった想い


俺は間違えたんだ。


『間違えた』その一言が、俺の胸中を支配していた。


ここは、王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの光が、やけに冷たく感じられる。貴族たちが見守る中、俺の前に立つのは、俺の婚約者リリアーヌ・エルフェルト。


彼女は、いつも穏やかで、柔らかく微笑む少女だった。その可愛らしい表情が大好きだった。


だが今は違う。


俺が好いていた表情は消え失せ、瞳に影を作り、何かに怯え、表情からは諦めが見える。


「・・・殿下」


かろうじて俺の耳に届いた声は、弱々しく、とてもか細い声だった。いつもの、暖かく、柔らかい声色ではなかった。


俺は、すごく嫌な予感がしていた。何か言わなくては。彼女を安心させる何かを。だが、口がパクパク動くだけで、言葉は出てこなかった。


「このたびの、私達の婚約についてーー」


やめろ。やめてくれ。それ以上言わないでくれ。俺は君のことを愛しているんだ。


そう、ただそう言えばいいだけだ。ただそれだけのことが、俺にはどうしてできなかった。口下手などとただの言い訳だ。


「・・・破棄させていただきたく、存じます」


俺が聞きたくなかった言葉は、あまりにも簡単に落とされた。それだけ、彼女を追い込んでしまっていたんだ。


王太子が、婚約破棄を告げられた。周囲は一斉にざわつき始める。空気が揺れる。


周囲の貴族たちのざわめきが耳に届いていたが、俺には全く聞き取れなかった。お前らの声など、どうでもいい。


「ーー理由を、聞こう」


俺は、やっとの思いで言葉を絞り出した。絞り出された声は、驚くほど冷たかった。


本当は違う。理由なんて聞きたくない。


“行くな”と、“離れるな”と。


ただ、そう言いたいのに。なぜこんな言葉になってしまうんだ。


リリアーヌは一瞬だけ顔を歪めた。そんな顔、しないでくれリリアーヌ。


リリアーヌは、すぐに表情を戻し、丁寧な礼を取る。


「・・・私では、殿下のお役に立てません」


役に立たない?そんなことない。近くに居てくれるだけでいいんだ。それだけで、俺は頑張れる。


「至らぬ点も多く・・・」


良いところがいっぱいあるじゃないか。君の笑顔に、君の献身に助けられているんだ。


「また、殿下のお心に沿えないことも・・・」


俺は君を愛しているんだ!!


心の中で叫んでも、声にはならない。俺が動揺している間にも、彼女の言葉は続く。


「殿下は、より相応しい方とーー」


「誰にそう言われた」


俺は、思わず口を挟んでしまった。より相応しい?リリアーヌ以外にそんな奴は居ない!!


リリアーヌが一瞬だけ目を見開く。


「い、いえ、そのような」


「噂は聞いている」


とても冷たく、鋭い声色だった。しかし、胸中では、感情が暴れている。


「私が、お前を疎んじていると」


ぴくり、と彼女の肩が震えた。彼女の反応。それが答えだった。誰かが吹き込んだのだ。


いや、“誰か”ではない。心当たりはある。だが、今はどうでもいい。問題はそこではない。


問題はーー。


それを否定してこなかった俺自身だ。


「・・・否定、なさらないのですね」


ぽつりと、リリアーヌが言った。俺は言葉を失った。違うと言えばいい。ただそれだけなのに。


王太子としての教育が、俺を躊躇させる。王太子として、軽々しく言葉を使うべきではない。感情を表に出すべきではない。そんな教育が、体に染みついている。


だが今、この瞬間に必要なのは、感情に身を任せた言葉のはずだ。


躊躇している間沈黙が流れ、すべてを物語ってしまう。


そして、リリアーヌは小さく微笑んだ。それは、これまで見たどんな笑顔よりも悲しいものだった。


「・・・やはり、そうなのですね」


声が出ない。


「短い間でしたが、ありがとうございました」


彼女は深く頭を下げた。それが、終わりの合図だった。その時、俺の中で、何かが崩れ落ちる。


「・・・待ってくれ」


それが、やっと出た言葉だった。しかし、もう遅かった。リリアーヌはもう顔を上げない。


「失礼いたします、殿下」


彼女は、そのまま背を向け歩き出した。記憶の中の彼女より、線の細い背中だった。


俺が、守らなければならないはずの存在。その存在を、俺は追い詰めたのか。


勝手に足が動く。気づけば、俺は彼女を追っていた。


「リリアーヌ!」


名を呼ぶのは、久しぶりだった。必死に彼女の名前を呼ぶが、彼女は振り返らなかった。


ドレスの裾を揺らしながら、廊下を進んでいく。その歩みは、どこか危うく見えた。正しく、追い詰められた人間の、それだった。


「待ってくれ!」


ようやく追いつきかけた、その時。


彼女が階段へと足を踏み出し、そして。


「――っ」


彼女の足元が、わずかに乱れた。ダメだ、このままでは階段を転がり落ちてしまう!!


俺は、反射的に手を伸ばす。だが、手は届かない。


「リリアーヌ!!」


無理な体勢だったが、俺は彼女を抱き寄せることに成功した。


視界は傾き、身体中に走る衝撃。一瞬のことなのに、すごく長く感じた。


そんな中、頭の中に鮮明に浮かんだのは、彼女の笑顔だった。あの日、庭園で見せた、何気ない笑顔。自分に向けられたものだと、信じていた笑顔。


それを、守ることができなかった。ちゃんと伝えられなかった。


たった一言でいい。


好きだと。大切だと。離したくないと。


それすら、できなかった。


――もし


もし、やり直せるのなら。今度こそ。


次第に意識が沈んでいく。深い深い闇の中に沈んでいく。その中で、最後に浮かんだのは。


ーー後悔だった。


やり直したい。バカな俺をぶん殴ってやりたい。彼女を、幸せにしたい。


ーーリリアーヌ


ーーーーーーーーーー


意識が戻る。暗かった視界に、光が差し込んだ。俺はゆっくりと目を開ける。


見慣れた天井だった。ここは、俺の部屋だ。


「ーーっ」


短く息を吐く。


すぐに身体中を触るが、どこも痛くない。


「夢・・・いや、そんなわけない」


確信があった。あれは現実だ。


俺はゆっくりと体を起こす。


机の上に置かれた日付の刻まれた書類。


そこに書かれている日付を見て、俺は息を呑んだ。


「時間が、戻っている?」


婚約破棄が起きる、数ヶ月前。すべてが、まだ壊れていない時間。やり直せるのか?


俺は拳を握る。握った拳はみっともなく震えていた。


しかし、これは恐怖ではない。そして、歓喜でもない。これは決意だ。


「・・・二度目、か」


小さく呟く。


理由は分からない。これは奇跡か、それとも罰か。いや、そんなことはどうでもいい。


重要なのは、一つだけ。


「やり直せる」


今なら、まだ間に合う。彼女を追い詰めてしまわぬように。彼女を幸せにするために。


「ーーリリアーヌ」


彼女の名前を口にする。それだけで、俺の胸は締め付けられた。


「今度は、今度こそは」


俺はゆっくりと立ち上がる。


「絶対に、間違えない」


愛を伝える。守るべきものを守る。


ーーそして


彼女を傷つけたすべてを、排除する。


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