今度こそ君へ
穏やかな午後だった。
王城の庭園は、柔らかな陽光に包まれていて、色とりどりの花が咲き、風が静かに揺らしていた。
「綺麗ですね」
リリアーヌは小さく微笑みながら言った。
「そうだな」
リリアーヌの隣に立つアルヴェルトも頷く。アルヴェルトの視線は、花ではなくリリアーヌに向けられていた。
「殿下?」
「いや、なんでもない」
見つめられていることに気づき、リリアーヌが首を傾げる。アルヴェルトは一瞬だけ目を逸らし、しかしすぐに戻した。
逃げないと、決めたからだ。
「リリアーヌ、話がある」
アルヴェルトは静かに告げる。その声には、いつもとは違う緊張が混じっていた。
「はい」
リリアーヌは素直に頷いた。
アルヴェルトはリリアーヌをベンチへと促がし、二人は並んで腰掛けた。
2人の距離はかなり近い。2人の間には隙間などなく、くっついて座っていた。それでももう、リリアーヌは以前のように戸惑わなくなっていた。
2人の間に沈黙が落ちる。だが不思議と、嫌なものではなかった。
アルヴェルトは、深く息を吐いた。
「ーー俺は」
言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。
「わかっていると思うが、不器用だ」
アルヴェルトらしからぬ、自嘲気味の一言だった。その一言に、リリアーヌは驚いたように目を瞬かせる。
「そのようなことは」
「いや、ある」
アルヴェルトはきっぱりと否定する。いや、否定しなければならなかった。
「だから、間違えたんだ」
その言葉に、リリアーヌは静かに耳を傾けた。
「君に対して、どう接すればいいのか分からなかった」
アルヴェルトの視線は前を向いたまま。だが声は、どこまでも真剣だった。
「大切に思っていたんだ、ずっと」
言葉を選びながら、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「だが、それをどう伝えればいいのか分からなかった」
リリアーヌの指先が、わずかに震える。
「結果として、お前を追い詰めた」
その事実を、否定しない。決して、許されることではないからだ。
「ち、違います」
思わず、リリアーヌが口を開く。
「私が勝手に――」
「違わない」
アルヴェルトはできるだけやさしく、だが言葉を遮った。
「俺が、間違えた」
逃げも、誤魔化しもない。ただ、まっすぐな後悔だった。
「ーーだから」
そこまで言うと、アルヴェルトは、ゆっくりとリリアーヌへとを向き直る。
そして、しっかり目を見て断言する。
「今度は、間違えない」
その瞳は、強い意志を宿している。
「お前が大切だと、しっかり伝える」
そこまで聞き、リリアーヌの呼吸が止まる。胸の奥が、熱くなる。
「リリアーヌ」
アルヴェルトに名前を呼ばれる。同じ言葉でも、以前とは確かに違う。迷いのない、まっすぐな響き。
「俺は――」
一瞬、ほんのわずかに間が空く。だがアルヴェルトは逃げなかった。もう、言葉を飲み込まない。
「お前を、愛している」
リリアーヌの視界が揺れる。視界にとらえたアルヴェルトの顔が歪んでいく。涙が、溢れそうになる。
「で、殿下」
声が震える。ずっと、会えなかった言葉を、今言おうとしている。
何度も、何度も思った。嫌われているのだと。必要とされていないのだと。だから離れようとした。
「ずっと、好きでした」
今度は、アルヴェルトの目が、わずかに見開かれる。
「どう思われてるのか分からなくて、怖かったんです」
リリアーヌは正直な気持ちを口にする。
「でも、今は」
リリアーヌはゆっくりと顔を上げる。アルヴェルトを見つめる瞳に涙を浮かべながら、それでも微笑んだ。
「信じても、いいですか?」
リリアーヌのその問いに、アルヴェルトは即座に答えた。答えなんて決まっていた。
「ああ、信じてくれ。何度でも証明する」
この言葉に、嘘はない。アルヴェルトの素直な気持ちだった。その言葉に、リリアーヌの頬を、涙が一筋流れる。だがそれは、悲しみではなかった。
「はいっ」
アルヴェルトは彼女の手を取り、そっと引き寄せた。壊れないように、大事に、大事に抱きしめる。
「もう離さない」
「離れません」
リリアーヌは、アルヴェルトの腕にそっと触れる。愛を確かめるように、そこにある温もりを。
もう、すれ違わない。
もう、言葉を失わない。
二人はようやく、同じ場所に立てたのだから。
ーーーーーーーーーー
それから数ヶ月後。
王城は、祝福の空気に満ちていた。
「とても綺麗だ」
とある控室で、アルヴェルトは呟く。目の前に立つリリアーヌは、純白のドレスに身を包んでいた。
「ふふ、ありがとうございます」
頬を染めて微笑む。以前なら、ここで言葉は終わっていただろう。だが今は違う。
「似合っている、では足りないな」
アルヴェルトは一歩近づき、言葉をかける。
「誰よりも美しい」
「で、殿下」
照れて視線を逸らすリリアーヌに、ほんの少しだけ笑みを浮かべるアルヴェルト。こんな表情ができるようになるとは、思ってもみなかった。
「行こうか」
アルヴェルトは手を差し出す。そして、リリアーヌはそれを迷わず取った。
「はい」
扉が開く。
光の中へと、二人は進む。
たくさんの人々が、祝福の声が、万雷の拍手が、そのすべてが、二人を迎える。だがアルヴェルトの意識は、ただ一人に向いていた。
隣にいる彼女。ただ1人、守ると決めた人。
「リリアーヌ」
「はい」
「愛している」
アルヴェルトは歩きながら、自然に告げる。リリアーヌは一瞬驚いたように目を見開き、そして幸せそうに微笑んだ。
「私もです、殿下」
その言葉を受けてアルヴェルトは、ほんの少しだけ誇らしげに笑った。
かつては伝えられなかった想い。失って初めて気づいた、大切なもの。
だが今は違う。
何度でも伝えよう。
これは、やり直しの物語。
そして愛を伝え続ける、二人の未来の始まりだった。




