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神に愛されし声と言われたVTuber、異世界では歌って戦う最強吟遊詩人になります   作者: 綺凛
第1章 新たな活動のはじまり

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第7枠 神威の本領と赤い瞳

 

 講習の翌日。俺は再びギルドの扉をくぐっていた。

 

 昨日の帰りに、ガイさんからこう言われていたのだ。明日、お前ら新人合同で初依頼をやらせる。Fランクのグラブワーム討伐に行くぞ、と。

 

 ギルドマスター直々の引率付き初依頼。手厚いにもほどがあるが、これもこの街の方針らしい。

 新人を雑に死なせるくらいなら、最初の一歩に手間をかける。

 ガイさんの古傷だらけの顔が、その方針の由来を何となく物語っていた。

 

 集合場所には、昨日の顔ぶれが揃っていた。

 剣士の青年はレイフ、斧の大男はドガン、盾の少年はピノといった。昨日の戦いですっかり打ち解けて、道中、彼らは何度も昨日の興奮を蒸し返した。

 

「なあコトギ、今日もあれ頼むぜ、あの歌!」

 

「体が燃えるみたいになるやつな!あれがありゃ、グラブワームの10匹や20匹……」

 

「調子に乗るな、未熟者ども」

 

 先頭のガイさんが、振り返りもせずに釘を刺した。

 

「バフは便利だが、頼り切った瞬間に死ぬぞ。コトギが倒れたら、お前らは昨日の腰抜け三人組に逆戻りだ。自分の足で戦える範囲を、まず覚えろ」

 

「「「……はい」」」

 

 ぐうの音も出ない正論に、3人が首をすくめる。バッファーはパーティの心臓。昨日言われた言葉が、引率の方針にもそのまま貫かれていた。

 

 森の中は、街の喧騒が嘘みたいに静かだった。

 

 木々の間から差し込む光が地面に斑模様を作り、どこかで鳥のような生き物の鳴き声がする。平和な景色だが、ガイさんは油断なく周囲に視線を走らせながら歩いていた。

 

「いいか、魔物と遭遇した時にまず確認するのは三つだ。数、大きさ、そして逃げ道。この三つを瞬時に把握できりゃ、Fランク帯で死ぬことはまずない」

 

 新人たちが緊張した面持ちで頷く。俺も頷きながら、昨日の今日でまだ少し、胸の奥がそわそわしていた。

 

 初討伐は済ませた。とはいえあれは夢中の一撃で、戦ったというより事故に近い。ゲームの中なら何千、何万と魔物を狩ってきたが、リアルの戦闘経験値は、まだその辺の枝一本ぶんである。

 

 そう考えていた矢先、前方の草むらが大きく揺れた。

 

 出てきたのは、芋虫をめちゃくちゃでかくしたような生き物だった。体長は一メートルほど。口元にいくつもの牙が並び、体を波打たせて進んでくる。

 見た目の気持ち悪さは満点だが、動きは遅い。

 

「お、ちょうどいい。依頼目標のグラブワームだ。動きは鈍い、牙の噛みつきだけ気をつけろ。―よし卵ども、まずはバフなしでやってみろ。コトギは後ろで見てろ」

 

「「「バフなし!?」」」

 

「当たり前だ。素の自分の力量を知らんやつに、強化された自分は扱えん」

 

 新人三人が、恐る恐る前に出る。

 

 戦いぶりは、昨日よりはマシ、という程度だった。レイフの剣は届くようになったが浅い。ドガンの斧は当たれば重いが、振りが大きすぎて隙だらけ。ピノは盾の構えこそ様になってきたものの、押し返す力が足りない。

 それでも三人がかりで囲んで、時間をかけて、どうにか一体を仕留めた。

 

「…50点だな。まあ、初依頼ならそんなもんだ。次はコトギ、軽めにバフを乗せてやれ。差を体で覚えさせる」

 

「はい。―神威」

 

 短い旋律に乗せて、三割の出力。とたんに3人の動きから硬さが抜け、二体目のグラブワームは三分の一の時間で沈んだ。

 

「…ったく、マジで別人だな」

 

 ガイさんが呆れ半分に笑った、その時だった。


 

 森の奥から、かすかに、声が聞こえた。

 

 人間の声。それも、悲鳴だ。

 

 ガイさんの顔から、瞬時に笑みが消える。

 

「全員、その場で待機。何かあったら大声で叫べ。俺は様子を見てくる。……コトギ、万一の治療補助がいる。ついて来い」

 

 心臓が跳ねた。が、迷っている場合ではない。俺は頷いて、ガイさんと共に森の奥へ走った。

 

 声のした方向へ木々の間を抜けると、すぐに状況が見えた。

 

 岩の崖に背中を押しつけた女性が、三体の魔物に囲まれていた。グラブワームより一回り大きい、蜘蛛に似た魔物だ。

 女性の腕には引っかき傷が走り、服も所々破れている。それでも彼女は座り込んだまま、必死に石を投げて抵抗していた。

 

「……Dランクのレグスパイダーか。よし、一気に詰めて――」

 

 ガイさんが剣の柄に手をかけた、その瞬間。

 

 反対方向から、複数の悲鳴が上がった。

 

 置いてきたレクスたちの声だった。

 

 ガイさんが弾かれたように振り返る。その顔色が、変わった。

 

「なんだ、この魔力は!Bランク級だと?なんでこんな浅い区域に…!」

 

 二手に分かれた、最悪の状況。

 目の前にはDランクの魔物が3体と負傷者。

 背後にはBランク級の気配と、新人三人。

 ガイさんの顔が、苦しげに歪んだ。どちらかを選べば、どちらかが間に合わない。

 

 俺は、咄嗟に口を開いていた。

 

「俺が、ここに残ります。ガイさんは新人たちのところへ」

 

「……っ、馬鹿を言うな!昨日言ったはずだぞ、お前は真っ先に俺の後ろに――」

 

「覚えてます!でも、ギルマスの後ろは今、二つに割れてるじゃないですか」

 

 Bランク級を相手にできるのは、この場でガイさんだけだ。そしてDランク3体に時間稼ぎでも何でもして、ガイさんが戻ってくるまで俺が時間を稼ぐことが、あの女性を守れる可能性が一番高い方法だ。

 

 頭の冷静な部分が、そう計算していた。

 そして冷静じゃない部分は、もっと単純な感情で訴えている。

 目の前に傷ついた人がいて、見捨てて逃げるという選択肢が、どうしても頭に浮かばなかったのだ。

 

「……無茶はするな、時間を稼げ。倒そうとするな。やばくなったら、その人を置いてでも逃げろ。いいな!」

 

 ガイさんは一秒だけ、俺の目を見た。

 それから一つうなずいて、新人たちの方へ消えた。さすがの判断の速さだった。

 

 俺は走り去る背中から、魔物たちへ向き直る。

 

 3体のレグスパイダーが、複数並んだ目で、値踏みするようにこちらを見ていた。

 武器も持たない、どこからどう見ても戦闘職じゃない人間が一人。カモが来た、とでも思っているのだろう。

 

 冷静になれば、俺も自分に同意見だ。何やってるんだ、俺。

 

 でも、助けると決めたのだ。

 

 ……三割のバフじゃ、足りない。間違いなく足りないだろう。何せ、相手はFランクの2つ上だ。

 

 なら、試したことのない領域まで足を踏み入れるしかない。意識の中で、出力のエンジンを回す。三割から、五割、七割――迷いを振り切って、一番奥まで。

 

 深く息を吸う。歌うのは、短く、鋭く。

 

神威(カムイ)!!」

 

 瞬間、体の奥で、胸のあたりで何かが爆ぜた。

 

 熱い。体の芯から熱が噴き出して、皮膚の表面まで滲み出てくる。視界の端で、自分の体がうっすらと赤い光に包まれているのが見えた。オーラ、としか言いようのないものが、陽炎みたいに揺らめいている。

 

 体が軽い、どころじゃない。全身のバネが、丸ごと別物に交換されたような感覚だった。

 

 ……これ、が、全力のバフ…

 

 三割でグールドッグを枝で沈めた体の、十割。出していいのか、これ。いや、出すしかない場面だから出したんだが、想像の三段階くらい上を行っている気がする。

 体が熱すぎて、このままだと耐え切れずに爆散とかしないか心配になってきた。

 

 一方で、あれだけ騒いでいた心臓が、嘘みたいに静かだった。恐怖が消えたわけじゃない。ただ、魔物の動きの一つ一つが、やけにゆっくり見えるのだ。怖がる暇がないくらい、世界が遅い。

 

 固まっていた魔物の一体が、我に返って飛びかかってきた。

 

 俺は半歩横にずれて、すれ違いざまに拳を叩き込んだ。

 

 ドゴッ、という鈍い音。

 レグスパイダーは真横に吹き飛び、木の幹に叩きつけられて、そのまま動かなくなった。

 

「……は?」

 

 俺の方が驚いた。

 ただ普通に避けて、なんとなくいけそうだったから殴っただけだぞ?

 

 二体目が側面から飛びかかって来る。本来なら目で追えないはずの速度。だが、今ははっきり見える。

 

 なら、カウンター技もたたき込めるかもしれない、頭に浮かぶのは、ゲーマーの体に染みついた、対空迎撃の技だ。

 

「喰らえ、昇〇拳!」

 

 技名を叫びながら、突進の軌道の下へ潜り込み、真下から拳を突き上げた。完全に格闘ゲームのノリだったが、イメージした通りに体が動く。拳は魔物の顎下を綺麗に打ち抜き、巨体が宙に浮いて、少し離れた地面に自由落下する。

 

 三体目が、じり、と後ずさった。

 

 逃がして崖の上にでも回られたら厄介だ。俺は全力で踏み込んで距離を詰め、懐に潜り込むと、右足を軸に全身の力を乗せた横蹴りを放った。

 

 魔物は一体目と同じ軌道で吹き飛び、木々をなぎ倒して、森の奥で止まった。

 

 ……よし、動かないな。三体とも、無事に倒せたようだ。

 

 俺は構えを解き、荒い呼吸を整えながら、自分の拳を見つめた。赤いオーラが、ゆっくりと薄れていく。

 

 時間稼ぎのつもりが、全部倒してしまった。

 スト〇ートファ〇ターで鍛えた動体視力と技のイメージ、現実で再現できるんだな……いや、できてしまうこの神様謹製の体と、神威とかいう規格外のバフが、何もかもおかしいのだ。

 あとでダッシュボードに小さい字で技の反動とか、注意書きがないか、確認しよう。

 

 俺は崖際で呆然と座り込む女性のそばに、膝をついた。

 

 近くで見ると、年は俺とそう変わらないくらいだった。

 琥珀のように深みのある金色の髪が、乱れて頬にかかっている。傷は浅そうだが、消耗が激しいのか、顔色が悪い。

 

「あの、大丈夫ですか。もう魔物はいませんから、安心してください」

 

 声をかけると、彼女は大きな瞳を、ぱちくりと瞬かせた。

 

 濃いルビーのような、赤い瞳。

 その瞳孔の奥に、白い十字に似た模様が浮かぶ、不思議な目だった。整いすぎていて、まるで精巧な人形と目が合ったような、現実味のない美しさだった。

 

 女性はかすれた声で、一言だけ言った。

 

「……助けて、くれて……ありがとう……」

 

 それだけ言って、ふっと意識が落ちた。

 

 俺は反射的に、傾いだ体を支える。

 

 待て。落ち着け。状況を整理しろ。意識のない女性、人気のない森、最寄りの味方はBランク級と交戦中。

 選択肢、その一、ここで目覚めるのを待つ。論外だ、魔物の増援が来たら終わる。

 その二、背負って運ぶ。合理的だ。だが待て、初対面の女性を勝手に背負うのは、現代日本の倫理観に照らしてセーフなのか。訴えられたりしないか…

 

 …いや、魔物が出る世界で何を言ってるんだ俺は。命優先に決まってるだろ。

 最悪、起きた時に土下座しよう。そうしよう。

 

 俺は意を決して、彼女を背負った。

 …羽みたいに軽い。そして信じられないくらい、いい匂いがした。

 

 ……落ち着け。俺は今、人命救助中だ。煩悩は捨てろ。

 

 リアルで女性にまともに触れたのすら何年ぶりか分からない男の心臓は、レグスパイダー三体との戦闘中よりも、明らかに激しく鳴っていた。

 

 ぽこん、と。

 こんな時に限って、視界の端で軽い音がした。

 

 現在の視聴者 4

 

 ……見てたな? 今の全部、見てたんだな?

 頼むから、変な切り抜きとかしないでくれよ。

 

 俺は彼女を背負い直し、ガイさんたちのいる方角へ、慎重に歩き出した。


―—綺凛(作者)から皆様へ――


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