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神に愛されし声と言われたVTuber、異世界では歌って戦う最強吟遊詩人になります   作者: 綺凛
第1章 新たな活動のはじまり

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第5枠 酒場で初の歌枠

 

 酒場の場所を聞き忘れた俺は、結局、道行く人に尋ねることにした。

 

 これがなかなか、勇気のいる行為だった。前世の俺は、画面越しなら何万人とでも話せるのに、現実で見知らぬ人に声をかけるとなると、コンビニの店員相手ですら緊張するタイプだったのだ。

 もちろん、さっきの冒険者ギルドの受付でも、バクバクなる心臓の音がバレないか不安で仕方なかった。

 

 が、意を決して声をかけてみれば、屋台で店番をしていたおばちゃんは驚くほど親切だった。

 

「樽と杯の看板の店だろ? ほら、あの角を曲がってまっすぐさ。あんた旅の人かい? 夕飯はあそこの煮込みを食べときな、亭主は口が悪いが腕は確かだよ」

 

 グレーブスは小さな街で、主要な建物は広場の周りに固まっているらしく、酒場までは歩いて10分もかからなかった。

 

 木造二階建ての、少し広めの建物。看板には聞いた通り、樽と杯が描かれている。扉を押すと、昼間から酒を飲む男たちの笑い声と、何かの煮込みの匂いが一緒に飛び込んできた。

 

 カウンターの奥から、がっしりした体格の中年男が顔を出す。

 

「なんだい兄ちゃん、昼間から飲み始めるほど荒れてる面にゃ見えんが」

 

「おうおう親父、そりゃ俺たちが荒れてるってことかぁ?」

 

 すかさず客席からヤジが飛ぶ。

 

「うるせぇ金なしども! 昼から飲んでねぇで魔物でも狩って、ツケを払えってんだ!」

 

「「「ちげえねえ!」」」

 

 怒鳴られた側が一番笑っていた。なるほど、これがこの店の平常運転らしい。

 

「ギルドから紹介状を。今夜、ここで歌わせてもらえると聞いてきました」

 

「お、ついに吟遊詩人が見つかったか!そりゃ助かるぜ。陽が落ちてからで頼むよ。それまで好きにしてな」

 

 店主はドルガさんといった。料理の仕込みがあると言って、すぐ奥へ引っ込んでいく。

 

 時間が空いたので、俺は腰の小袋の中身と相談しながら、街へ繰り出した。屋台で串焼きを一本。香辛料がガツンと効いていて、肉の種類は不明だが、空きっ腹には染みる旨さだった。

 

 歩きながら、夜の選曲を考える。

 

 配信者として培った感覚で言えば、ライブで一番大事なのは曲そのものじゃない。客層と空気に合わせたセットリストー通称セトリだ。今日の昼、ギルドで歌った癒し系は大好評だった。ならば夜もあの路線でいくのが手堅い…はず。

 

 そう、はずだった。

 

 ―結論から言うと、俺はこの判断を、開始三十秒で後悔することになる。

 

 ◇

 

 日が落ちて戻った酒場は、昼間とは全く別の空間になっていた。

 

 仕事終わりの男たちが卓を埋め尽くし、ジョッキがぶつかり、誰かが歌い出し、別の誰かが下手くそと野次り、奥では腕相撲が始まっている。熱と、酒気と、笑い声の渦。

 

 …本日のライブ視聴者、目視で約40人。ただし全員、俺にはひとかけらの興味もない。

 

 ドルガさんが顎で示した部屋の隅の小さな台に上がり、息を整える。誰一人、こちらを見ていない。まあいい。配信初期の無人コメント欄に比べれば、人がいるだけ上等だ。

 

 俺は予定通り、昼の必勝パターン、ゆったりとした癒しの旋律を歌い始めた。

 

 ――が、スベった。

 

 いや、正確に言おう。歌は届いてはいた。近くの卓の数人が、おっという顔でこちらを見た。確かに見たが、それだけだった。喧騒は止まらず、俺の柔らかな旋律は、笑い声とジョッキの音の海に、ぷかぷかと浮かんでは沈んでいく。

 

 それどころか。

 

「……ふぁ……なんか、眠くなってきた……」

 

 最前の卓の髭が、船を漕ぎ始めた。隣の男も、とろんとした目でジョッキを取り落としかけている。

 

 まずい。これは、あれだ。配信で言えば、深夜の盛り上がり最高潮のゲーム枠で、いきなりヒーリングBGMを流したようなものだ。そうか、ここの客は癒されたいんじゃない。今日の疲れを忘れて、騒ぎたいのだ。

 

 選曲ミスだ、完全に読み違えた。

 

 おまけに俺の歌には効果がついてくるらしいから、癒しの歌は文字通り客を眠らせにかかっている。

 酒場で客を寝かせる吟遊詩人。営業妨害である。ドルガさんがカウンターの奥で、おや、という顔をしているのが見えた。

 

 意識を切り替えろ。

 配信中の事故対応なら、何百回とやってきただろう。

 

 俺は歌を途中で区切り、一度大きく息を吸って――曲を、変えた。

 

 選んだのは、前世の配信で耐久企画の追い込みに必ず流していた、アップテンポの曲。歌詞は乗せず、その分、手拍子を打ちながら、リズムを強く、前のめりに。会場を祭りに変えるつもりで、腹の底から声を出す。

 

 効果は、劇的だった。

 

 船を漕いでいた髭面が、かっと目を見開いた。

 

「……お、おお? おおお!?」

 

 眠気が吹き飛んだどころの騒ぎではない。男は立ち上がり、意味もなく胸を張り、隣の男と肩を組み始めた。波紋が広がるように、卓から卓へ、客たちが次々と顔を上げ、手拍子が重なっていく。

 

「なんだなんだ、いい歌じゃねえか!」

 

「体が熱いぞ! おい、酒だ! 酒持ってこい!」

 

「うおおお、力が湧いてくる……! 誰か俺と腕相撲しろ!」

 

 酒場全体が、一気に沸騰した。

 

 手拍子、足踏み、テーブルを叩く音。俺の歌に、四十人分のリズム隊がつく。こうなればもう、こっちのものだ。サビに向けて声を張り上げると、客たちの雄叫びがそれに応えた。

 

 ――そして俺は、歌いながら違うことを考えていた。

 

 これはおそらく…バフの効果が違う。

 

 癒しの歌は、疲労を取り、痛みを和らげ、眠りを誘った。

 このアップテンポの歌は、客たちを元気に……いや、明らかに元気以上にしている。顔は上気し、声は太くなり、奥の腕相撲卓では、さっきまで連敗していた小柄な男が、大男の腕をごりごりと押し込んでいた。

 

 これはたぶん、身体強化じゃないだろうか。

 つまり俺の歌のバフは、一種類じゃない。曲調で、効果が変わる。

 

 ゲーム的に言えば、回復曲と強化曲の使い分け。これは、とんでもなく大きな発見だった。歌いながら、頭の片隅が冷静にメモを取る。配信中にゲームの仕様の穴を見つけた時と同じ、あの脳汁の出る感覚だった。

 

「兄ちゃん!次だ!次はもっと景気のいいやつを!」

 

「待て、その前にさっきの優しいやつをもう一回……うちのかみさんに聞かせてやりたかった……」

 

「お前泣いてんじゃねえか!」

 

 リクエストの怒号が飛び交う。投げ込まれた硬貨が、台の上で跳ねた。一枚じゃない。あちこちの卓から、次々と。

 

「投げ銭……」

 

「あん? なんだそりゃ」

 

 ドルガさんが、いつの間にか近くで腕を組んでいた。

 

「あ、いえ、故郷の言葉で、おひねりのことです」

 

「ふうん…それにしても兄ちゃん、あんた大した詩人だな。うちの客がこんなに行儀よく歌を聴いていたの、初めて見たぜ」

 

 これで行儀いいのか。この店の通常状態が心配になった。

 

 その後も、リクエストに応えながら歌い続けた。盛り上げる曲で沸かせて、頃合いを見て穏やかな曲で落ち着かせる。緩急をつければ、客は飲み、食い、笑い、また聴く。ドルガさんがほくほく顔で酒を運んでいるのを見るに、店の売上にもしっかり貢献できているらしい。

 

 ふと、思いついて、歌の合間に意識の隅で、例の起動操作をなぞってみた。

 

 ぽん、と。

 視界の端に、半透明のダッシュボードが浮かぶ。歌いながら横目で確認すると、秘匿だらけのステータスは相変わらずだったが――視聴者数の表示が、目に留まった。

 

 現在の視聴者 3

 

 見てるな、神様。

 ようし、見てろよ。ここからが今夜のクライマックスだ。

 

 俺がラスト一曲、とっておきの本気を歌い上げている―まさにその途中だった。

 

 ぽこん、と。

 場違いなほど軽い音とともに、視界の端で数字が動いた。

 

 現在の視聴者 4

 

「っ……!?」

 

 危うく音を外しかけて、喉の根性でねじ伏せた。

 

 増えた。今、増えたぞ。

 誰だ。新規リスナーって、どこから来るんだ。神々の世界にも拡散とか、おすすめ欄とかがあるのか?

 

 動揺を悟られないように最後まで歌い切ると、酒場は今夜一番の大歓声と、硬貨の雨で応えてくれた。

 

 その夜、結局三時間近く歌い続けた。

 

 ◇

 

 昼間に取っておいた、ギルドおすすめの宿に戻って小袋の中身をベッドに広げると、ギルドの紹介料と投げ銭で、思った以上の枚数の硬貨が並んだ。貨幣価値はまだ曖昧だが、ドルガさんが「今夜は良い稼ぎだ、また頼むぜ」と上機嫌だったから、悪くない額のはずだ。

 

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

 

 森で目覚めて、もふもふ軍団に守られ、馬車で歌い、ギルドに登録し、酒場でスベって、持ち直して、新しい法則を一つ掴んだ。

 

 …まだ、転生して一日も経っていないのか。

 

 濃すぎるだろ、初日。配信なら間違いなく切り抜きが100本できている。…流石に100本は盛りすぎか。

 

 でも、と思う。

 画面がなくても、マイクがなくても、コメント欄がなくても。声一つで、人の顔が変わるあの瞬間は、配信していた頃と何も変わらなかった。むしろ客の熱が直接肌に届く分、画面越しよりずっと――楽しかった、かもしれない。

 

 まぶたが重くなる。明日は朝から初心者講習だ。この世界の常識を、ちゃんと頭に入れなければ。

 

 意識が沈む直前、視界の端にダッシュボードを呼び出して、俺は小さく呟いた。

 

「見てるか、自称神様。…それと初見さんも、見に来てくれてありがとう」

 

 現在の視聴者 4

 

 その数字を確かめてから、俺は深い眠りに落ちた。

 

 Side 神様

 

「コトギくんの生歌!!!! 異世界初ライブ!!!! うらやましすぎる!!! あーーーもう、なんで転生の説明してる時に一曲歌ってもらわなかったの私のあほ!! く……こうなったら今世が終わったら、また転生させて、その時こそ目の前で……」

 

「ぺーーーーーーーるーーーーーー!!??」

 

「ヒッッ!!!?こ、この声は」

 

 白い空間の彼方から、地響きのような足音と共に、もう一柱の神が突っ込んできた。豊かな金の髪を逆立たせた、かなり圧力の強そうな女神である。

 

「あんた、また勝手に地球人を転生させたわね!!しかも依り代まで手作りして!!規約違反のフルコースじゃないの!!ちょっと、逃げるな!!」

 

「ち、違うのヘルメ、これは正当な信仰活動の一環で…」

 

「どこがよ!!」

 

「だってだってぇ! 見てよこれ、この子の配信!ほら、この歌!ね?ね??すごくない??」

 

「話を逸らすんじゃないわよ、そんな手に乗るわけが――」

 

 ――三十分後。

 

「……で、この子が酒場の空気を読み違えて、慌てて曲を変えるところがもう、健気で可愛くて」

 

「ちょっと、そこもう一回再生しなさいよ。…本当に素敵な歌声じゃない…」

 

「でっしょーーー!?」

 

 まんまと視聴者が一人増えた天界は、今日もにぎやかである。


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