第4枠 冒険者ギルドとステータス
冒険者ギルドは、すぐに見つかった。
大通りをまっすぐ進んだ先、街の中心部に近い広場に面した、ひときわ頑丈そうな石造りの建物。入り口の上には剣と盾を組み合わせた看板が掲げられていて、遠目にも一発でこの建物が冒険者ギルドだと分かった。
扉の前では屈強な体格の男たちが談笑していて、開け放たれた窓からは、がやがやとした喧騒が漏れ聞こえていた。
ついに来てしまったな、冒険者ギルドへ。
異世界転生もので、主人公が最初にやらかす場所ランキング、堂々の第1位(俺調べ)である。内容は、ステータスを視られて大騒ぎになるか、態度の悪い冒険者に絡まれるか、あるいはその両方か。
頼むから平和に冒険者登録させてくれよ、と祈りながら、俺は一つ深呼吸をして、ゆっくり扉を押した。
中は思ったより広々としていた。
壁一面に依頼の張り紙がびっしりと貼られた掲示板があり、その前に数人の冒険者が群がっている。奥には長いカウンターが伸びていて、制服姿の職員たちが忙しそうに書類をさばいていた。テーブル席では昼間から酒を呷っている強面たちが、武器の手入れをしながら談笑している。
なんというか…アニメで見たまんまだな、冒険者ギルドって。
中へ入った瞬間、冒険者たちの視線がちらりとこちらへ向いた。ひやりとしたのも束の間、彼らは俺の格好を上から下まで眺めると、すぐに興味を失って元の会話に戻っていった。
…よし、絡まれイベントは回避だな。
この服は目覚めた時から着ていたもので、マルトさんいわく、ごく一般的な旅人の装いらしい。旅人は金を持っていないし変な奴も多い、というのが冒険者たちの共通認識のようで、要するに俺は構う価値なしと判断されたわけだ。新人冒険者も新人配信者も一緒だな、炎上より無風から始まる方が安心だ。
カウンターへ向かうと、若い女性の職員が顔を上げた。明るい亜麻色の髪を後ろでまとめた、てきぱきとした雰囲気の人だ。
「こんにちは。本日のご用件は?」
「冒険者として登録したいんですが…できますか」
「はい、もちろんです。それでは改めまして、冒険者登録の担当させていただきます、受付のイリスと申します。では早速ですが、職業はお決まりですか?」
俺は一拍だけ考えて、答えた。
「吟遊詩人で、お願いします」
イリスさんが珍しいものを見た、という顔をした。
「吟遊詩人!わ、本当ですか。この街で初めてみました」
「そんなに珍しいんですか」
「ええ。吟遊詩人はバッファーと呼ばれる支援職でして、需要はものすごくあるんですが、なり手が全然いないんです。歌や演奏の才能と、支援系のスキルの両方が要りますから。バフ効果があるスキルはないけど、歌や演奏が好きな“自称”吟遊詩人はいるんですけどね」
イリスさんは書類を取り出しながら、すらすらと説明を続けてくれた。
いわく、バッファーはスキルで仲間の力を引き出したり、疲労や軽い傷の回復を助けたりする後方支援が主な仕事であること。基本的に個人の戦闘力はそこまで高くないが、パーティ全体の地力を底上げできるため、上位パーティには必ずと言っていいほど在籍していること。腕のいい吟遊詩人は、それこそ貴族のお抱えになるほど引く手数多であること。
「まあ、辺境のこの街じゃ、滅多にお目にかかれないんですけどね。はい、ではお名前をどうぞ」
「コトギといいます」
前世の活動名を、そのまま使うことにした。
商人たちの話では、苗字を持つのは貴族だけで、平民は名前だけが普通らしい。
だから、天城は置いていく、でもコトギの名前だけは、捨てる気になれなかった。あの名前で呼ばれていた時間こそが、俺の人生だったから。
「コトギさん、ですね」
イリスさんは羽根ペンを走らせると、カウンターの下から、何かを取り出して置いた。
台座に載った、人の頭ほどの大きさの水晶玉だった。
さっそく来てしまった、第二の難関が。マルトさんの言っていた、あれだ。
「登録には、こちらの測定水晶でステータスを確認させていただきます。片手をかざしてもらえますか。視えた内容はギルド証に転写されて、身分証明と、依頼の斡旋基準になります」
「…ちなみに、それって、どこまで視えるんですか」
「ふふ、皆さん最初は気にされますよね。ご安心を。視えるのは職業、スキル、加護の有無といった基本情報だけです。それと、測定内容には守秘義務がありますから」
身長とか体重、黒歴史等が出ないなら安心!…というわけではない。
俺のステータスに、人前に出していいスキルや加護が表示されるのかどうかだ。歌っただけで馬が爆走する男のステータスである。脳裏に、指ハートを送ってくる神様の顔がちらつく。嫌な予感しかしない。
とはいえ、ここで拒否したら登録できないだろうし、不審者一直線だ。
ええい、ままよ!
覚悟を決めて、水晶に手をかざす。
ひやりとした感触のあと、水晶の内側に淡い光が灯った。光は渦を巻き、やがて文字のような紋様を結んでいく。イリスさんが慣れた手つきで覗き込み―
「はい、視えました。ええと……」
その目が、すっ、と細くなった。
「…………あら?」
あら、とは。
あら、とはなんだ。一番怖い反応をやめてほしい。え、ダメでした?なんか分からないけどダメでしたかね自分。
「コトギさんのステータス、周りに聞こえないように読み上げますね。職業、吟遊詩人。スキル、歌唱……」
「…以上、ですか?」
「以上です。ただ、加護の欄が“あり”とだけ」
イリスさんは水晶を軽く叩いたり、角度を変えて覗き込んだりしている。
「おかしいですね。加護をお持ちの場合、普通はどの神様の加護か、御名まで表示されるんですけど……コトギさんの場合は、“あり”としか出ません。こんな表示、初めて見ました」
カウンター越しに、こそっと声をひそめて続ける。
「あの、これ、たまにあるらしいんです。位の高い神様の加護は、並の測定水晶じゃ視きれないって。王都の大聖堂の水晶なら視えるとか。……コトギさん、もしかして、すごい神様に愛されてたりします?」
「あーーー、どう、でしょう?神様って、よく分からないので」
よく分かりたくないという面もあるが、心当たりしかない。並の水晶で視きれない位の高い神様、いるんだよなぁ、推し神?推され神?が。世界を二つ司ってるようなものだよな、あの人。
しかし、ひとまず胸を撫で下ろす。スキル欄が歌唱ひとつだけという、拍子抜けするほど真っ白な表示。あの神様にしては良心的……いや、待てよ。
ちょっと特別な体に、オマケまでつけて、表示がたったこれだけ?
逆に怖い。詳細を見せろ、詳細な明細を。
「まあ、加護持ちなのは間違いないですし、むしろ箔がつきますよ!では登録を進めますね」
イリスさんは気を取り直したように書類を仕上げ、薄い金属板を水晶に重ねた。光が移り、板の表面に文字が浮かび上がる。
「こちらがギルド証です。身分証になりますから、無くさないでくださいね。等級は一番下のFランクから。それと、最後に簡単な実技審査だけお願いします。スキルの効果を記録しておくためのもので、合否はありませんから、気楽にどうぞ」
ほっとしたのも束の間、実技と聞いて、周囲の空気が少し動いたのが分かった。
吟遊詩人の審査、という響きが珍しいのだろう。掲示板の前にいた冒険者が数人、足を止めてこちらを見ている。テーブル席の強面たちも、酒杯を持ったまま、ちらちらと視線を寄越してきた。
観客は…ざっと15人。若干緊張するが、3Dライブをやったときより全然マシだ。
「楽器がないので、歌だけになりますが」
「ええ、問題ありません。では――どうぞ」
俺は軽く息を整えた。
選んだのは、旅の疲れを癒すような、ゆったりとした旋律。丁寧に、一音一音を重ねていく。
声は、よく伸びた。
石造りの壁と高い天井が、思いのほかいい仕事をしてくれる。残響が柔らかく音を包んで、狭い配信用の防音壁とは比べ物にならない、天然のコンサートホールだった。
書類をめくる音が、止んだ。
酒杯を置く音がして、それきり、ギルドの喧騒が綺麗に消えた。
全員が、聴いている。
その気配を肌で感じながら、俺は最後のフレーズを、そっと歌い終えた。
――静寂。
一秒、二秒。
反応のない静けさに、配信なら放送事故を疑う長さの沈黙が流れ、
「…なんてことだ…歌も素晴らしいが…肩が、軽い」
最初に声を上げたのは、カウンターの端で書類の山を抱えていた中年の職員だった。自分の肩を回しながら、信じられないものを見る顔で俺を見ている。
「ここ最近、書類仕事で鉛みたいに重かったのに……嘘だろ、軽いぞ!?」
「お、俺もだ! 昨日の討伐で痛めた足が、マシになってる」
掲示板の前の冒険者が足首をぐるぐる回す。テーブル席からも声が上がる。
「二日酔いが消えた……頭が、すっきりしてる……」
「あんた昼まで飲んでたろ! 歌で抜ける酔いがあるか!」
「いや、ほんとなんだって!」
ギルド内が、ざわ、と沸き立った。
俺は内心で首を傾げ…はしなかった。もふもふ軍団、馬車、そして今回で三度目だ。ここまで来れば認めるしかない。
俺の歌には、聴いた相手を回復させたり、強化する力がある。
吟遊詩人はバッファーだとイリスさんは言っていた。なら、これがその支援スキルの効果ということなんだろう。ただ、職員の説明と周囲の驚きっぷりの温度差を見るに、どうも効きが普通じゃないらしいことも、薄々分かってきていた。
「す……ごい……」
振り返ると、イリスさんが瞳をきらっきらに輝かせて、ものすごい速さで記録用紙に何かを書き込んでいた。
「無詠唱、楽器なし、対象指定なしの広域支援……効果は疲労回復に治癒補助、しかもこの場の全員に同時に……コトギさん!これ、間違いなく上位パーティから引き合いが来ますよ!ああでも待って、スキル表示は歌唱だけ…測定外のスキル?それとも加護の効果?うう、王都の魔導研究院に問い合わせたい!」
「お、落ち着いてください」
研究対象にされかけている。守秘義務、頼んだぞ守秘義務、君だけが頼りだ。
「と、ところで、実は手持ちのお金があまりなくて。今日から働ける仕事って、ありますか」
俺が話を逸らすと、イリスさんははっと我に返り、こほんと咳払いをした。
「失礼しました。ええと、でしたらまず、明日の朝、新人冒険者向けの講習があります。魔物の知識や街の外での決まりごとを学ぶもので、基礎知識なしで外に出ると命に関わりますから、ぜひ受けてください。無料です」
「受けます」
即答した。何せ俺の魔物知識は、前世のゲームと、今朝のもふもふ軍団レイド、馬車での逃避行だけである。
「それで今日のお仕事ですが、ギルド提携の酒場で、演奏の仕事を紹介できます。夕方から夜にかけて数時間、お客さんの前で歌っていただくのはどうでしょう?コトギさんの歌なら、今夜の宿代と食事代くらいは十分に稼げるかと思いますよ。」
渡りに船とはこのことだった。
というか、歌って金がもらえて寝床まで決まるなら、それはもう俺にとって天職以外の何物でもない。
紹介状を受け取り、丁寧に礼を言って、カウンターを離れる。
ギルドを出る間際に振り返ると、さっきの冒険者たちがまだこちらを見ていた。一人が、にっと笑って小さく手を挙げる。俺も軽く頭を下げて、扉を押した。
外に出ると、午後の日差しが石畳を白く照らしていた。夕方までは、まだ時間がある。
俺は広場の隅、人気のない木陰のベンチに腰を下ろして、もらったばかりのギルド証を眺めた。
名前:コトギ
職業:吟遊詩人
等級:F
スキル:歌唱
加護:あり
一見するとそこまで不思議ではない表示、それどころかスキルは一つしかないし、弱そうに見える。
でも絶対におかしい。歌唱スキルひとつで、ギルド中の肩凝りと二日酔いが消えてたまるか。
神様は確かに言った。ちょっと特別な体と、オマケ。あの水晶に映ったのが全てだとは、どうしても思えない。
「…俺の本当のステータスは、どうなってるんだ?」
呟いて、ふと思う。
待てよ。こういう時、テンプレなら自分だけのステータス表示があるのでは…?
「えーと、ステータス」
小声で唱えてみる。
何も起きない。
「ステータスオープン」
無反応。
「……マイページ」
通りすがりの主婦がちょっと変な目でこちらを見て、足早に去っていった。やめてくれ、俺だって恥ずかしいんだ。
うーん、と腕を組む。
声で駄目なら、何か別の方法か。
あの神様が用意したんだ。だったら、あの人は俺の何を一番よく知ってる?
そんなの決まってる、配信だ。デビューから全部見てたって言うくらいの古参なのだ。
なら、あの人が作る確認画面は、きっと―
俺は目を閉じて、想像した。
配信を始める前の、いつものルーティン。機材の電源を入れて、ヘッドホンをつけて、配信ソフトを立ち上げて、自分のダッシュボードを開く、あの一連の動作を。
配信、準備。
心の中で、いつもの起動操作をなぞった――その瞬間。
ぽん、と。
耳の奥で、聞き慣れた起動音がした気がした。
目を開けると、視界の中に、淡く光る半透明の画面が浮かんでいた。
「うわっ!?」
思わずのけぞる。慌てて周囲を見回したが、通行人は誰もこちらを気にしていない。どうやらこの画面、俺にしか見えていないらしい。
恐る恐る、視線を戻す。
そこにあったのは、見間違えようもない。何千時間も向き合ってきた、配信ダッシュボードそのものだった。ご丁寧に、レイアウトまでほぼ完全再現である。ただし表示されている中身は、ゲームのステータス画面のそれだった。
――――――――――
チャンネル名 コトギ
職業 吟遊詩人
加護 【秘匿】?????の寵愛
スキル
・歌唱
・【秘匿】???
・【秘匿】???
・【秘匿】???
・【秘匿】???
・【秘匿】???
称号 【秘匿】???
――――――――――
「…………いやいやいや」
声が漏れた。
秘匿、多すぎだろ。
ほぼ全部じゃねえか。自分のステータスなのに、本人にまで隠すやつがあるか。明細を見せろと思っていたら、明細が黒塗りで出てきた気分である。もはや嫌がらせに思えてくる。
しかも、スキル欄。歌唱の下に、伏せられた枠がずらりと五つ。称号まである。あの水晶が視たのは、文字通り氷山の一角だったわけだ。
画面の隅に、小さな注釈が浮かんでいるのに気づいた。
秘匿項目は、条件を満たすことで順次解放されます。
「まるっきりゲームかよ!」
思わずツッコんでしまった。俺のステータス、運営からのお知らせ形式で解放されるらしい。運営の顔が指ハートと共に浮かんで、頭が痛くなった。
そして、もう一つ。
画面の右下に、見慣れた、しかしここにあってはいけない表示を見つけて、俺は固まった。
視聴者数の、カウンターだった。
現在の視聴者 3
「…………さ、ん?」
一人は分かる。あの神様だ。ちゃんと見てるから、と言っていた。有言実行のド級の最古参、それは認めよう。
じゃあ、残りの二人は、誰だ。
そういえばあの時、神様は確かに言った。別れ際、聞き流してしまったあの言葉。
――これからも私たちを楽しませてね、と。
「……私たちって、そういう……?」
ぞわ、と背筋に何かが走った。恐怖なのか、武者震いなのか、自分でも判別がつかない。
俺の異世界生活は、どうやら転生初日から、すでに配信されているらしい。視聴者はたぶん、神様。同接3の、神々しすぎる超限定枠。
「……ふ、はは」
なんだよ、それ。
画面もマイクもコメントも何もない、ゼロからのスタートだと思っていた。この世界で俺の名前を知る者は一人もいないって、あんなに心細かったのに。
いたんじゃないか、リスナー。
初日から、三人も。
「こうなったら、見てて面白いって思われるよう、異世界を楽しむしかないな!」
画面の向こうの誰かに向かって笑いかけるのは、俺の体に染みついた、抜けない癖だ。
俺は意識を切り替えるように、想像の中で画面を閉じた。ダッシュボードは、ぽん、と軽い音を残して消える。便利である。
ベンチから立ち上がって、伸びをひとつ。空はゆっくりとオレンジ色に染まり始めていた。そろそろ、酒場とやらに向かう時間だ。異世界初の、観客を前にしたソロライブ。緊張より、楽しみの方が大きい。
大丈夫。画面の前じゃなくても、マイクがなくても、歌えることに変わりはない。
なにせ今夜は、神様も視聴予定の配信なのだ。
意気揚々と歩き出して、十歩目で、俺は固まった。
「………酒場の場所、聞いてなかった」
ダッシュボードに、マップ機能はなかった。




