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神に愛されし声と言われたVTuber、異世界では歌って戦う最強吟遊詩人になります   作者: 綺凛
第1章 新たな活動のはじまり

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第3枠 馬車と歌と初投げ銭

 

 草原を抜けて音のする方へ進むと、広い街道に出た。

 

 車が四台は並んで走れそうな幅の、よく踏み固められた土の道。それが緩やかにうねりながら、遠くに見える街の外壁まで続いている。

 

 そして街道の先から、ガラガラと車輪の音を響かせて、一台の幌馬車が近づいてくるのが見えた。

 

 さて、ここからが本番だ。

 

 異世界転生ものの定番でいけば、最初に出会う人間はだいたい二種類だ。親切な商人か、ガラの悪い盗賊か。前者なら街まで乗せてってもらえるかもしれない。後者なら身ぐるみを剥がされて転生初日にして、俺の物語が完結する。

 

 近づいてくる馬車に向けて目を凝らす。御者台には白髪交じりの髭を蓄えた老人がいた。幌の中に人影がいくつか。荷物は積んでいて、身だしなみは清潔、武器を構えている様子はない。

 

 よし、商人っぽい。どうか商人であってくれ、頼む。

 

 俺は何食わぬ顔で街道の脇に立った。

 -が、考えてみてほしい。朝っぱらに、森の方から、手ぶらの男がぬっと出てくるのだ。怪しくない要素がひとつもなかった。

 

 案の定、馬車は俺の手前で速度を落とし、御者の老人がこちらをじっと品定めするように見つめてきた。幌の中の視線も突き刺さる。完全に不審者を見る目である。

 

「…兄ちゃん、こんな朝早くに森から出てくるたぁ珍しいね。どこから来たんだい?」

 

 おぉ、知らない言語だが、なんとなく意味が分かる。

 

 なるべく平静を装った表情をしたが、内心では小躍りしていた。

 “言葉が伝わるか“実はこれが一番怖かった。言葉が通じなかったら、俺の唯一の武器である歌が使えない子になってしまう可能性があった。歌しか取り柄のない男が、言葉の通じない世界に放り出されるところを想像してみてほしい。詰みである。

 

 そんなことにはならなかったため、胸の中でひっそりと神様に感謝しつつ、俺は軽く頭を下げた。

 

「少し遠くから旅をしてきた者です。連れとはぐれて、荷物も失くしてしまって…次の街まで、乗せていただくことはできませんか」

 

「ふぅむ」

 

 老人は髭を撫でながら、俺の頭のてっぺんからつま先までを眺めた。

 

「武器は持ってるか?」

 

「持ってません」

 

「荷物は」

 

「ご覧の通り荷物なし、何なら一文無しです」

 

「……兄ちゃん、それでよく森から生きて出てこられたなぁ!?」

 

 ごもっともすぎる指摘だ。

 

 まさか、もふもふ軍団が雑魚モンスターをレイドバトルで沈めてくれましたとも言えず、俺は曖昧に笑ってごまかした。老人は呆れ半分、感心半分といった顔で、最後にニカッと快活に笑った。

 

「まあいい、悪人にゃ見えん。ちょうどグレーブスの街まで行くところだ、後ろに乗んな。―おぉい! この兄ちゃんが乗るから、ちっと詰めてやってくれ!」

 

 グレーブスの街。いいね、なんか異世界っぽい響きだ。

 

 礼を言って荷台に乗り込むと、中には大人が四人と、小さな女の子が一人乗っていた。女の子は母親らしき女性にぴったりとしがみつきながら、俺をじっと見ている。大人たちの視線にも、はっきりと警戒の色があった。

 

 そりゃそうだ。森から出てきた手ぶらの男なんて、俺が逆の立場だったら警戒する。

 

 こういう時、VTuver時代の経験が役に立つ。アウェイな空気のコラボ配信に放り込まれた時と同じだ。やることは一つ。まず空気を読み、低姿勢で、でも暗くなりすぎずにあたっていくことだ。

 

「すみません、お邪魔します。皆さんのお邪魔にならないよう、端っこで小さくなってますので」

 

 言いながら、本当に隅っこに膝を抱えて座ると、商人の一人がぷっと吹き出した。

 

「兄さん、本当に小さくなるやつがあるかい」

 

「いえ、乗せていただく身なので。なんなら皆さんの貴重な酸素を奪わないよう、呼吸も控えめにします」

 

「死ぬだろ」

 

 よしよし、ツッコミが入る空気を作れたならこっちのものだ。

 

 馬車が再び動き出す。ガタゴトという揺れに身を任せながら、少し警戒心を解いてくれた商人たちと少しずつ言葉を交わした。

 

 彼らは親族でやっている行商の一家で、御者の老人はマルトさん。仕切り役の恰幅のいい男がその息子のマルテさん。女の子はトトといって、母親と一緒に隣街の親類を訪ねた帰りらしい。

 

 会話の中で、この世界のことも少しずつ拾っていく。

 

 ここはトラーキア王国という国の西側の地域で、グレーブスは街道沿いの中継地となる街であること。人間のほかに、少数だが獣人やエルフ、ドワーフといった種族が普通に暮らしていることを聞いた。

 

 エルフがいるのか…男の夢というやつだな。

 

 あとは魔物。あの草原で倒したオオカミみたいなやつは弱い部類であり、魔物自体、街道沿いにはたまにしか出ないが、森や山の奥には危険な魔物もいるとのこと。

 彼らからは、森の中で魔物とエンカウントしたことは不幸だが、命があるだけ儲けものだと励ましてもらった。

 

 俺自身のことを聞かれた時は、ずっと遠くの国から来た、と濁した。嘘は言っていない。地球はずっと遠い。距離という概念で測れないくらい遠いだろう。

 

 マルテさんは、ふうんと頷いただけで、深くは追求してこなかった。

 

「旅人の事情を根掘り葉掘り聞かんのが、街道の流儀さ」

 

 ありがたい流儀だった。

 

 そうして馬車に揺られて、しばらく経った頃。

 

 荷台の奥から、トトがぐずる声が聞こえた。

 最初は小さな声だったのが、みるみる本格的な泣き声に育っていく。母親が抱き上げてあやすが、一度始まった子どもの泣き声は止まらない。狭い幌の中に泣き声が反響して、商人たちが互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。

 

「すみません、すみません」と頭を下げる母親の顔には、疲れの色が濃い。長旅で、彼女自身も限界が近いのだろう。

 

 何かできないかな。

 ふと、前世でやっていたことを思い出す。ここで失敗しても、俺が恥をかくだけなら、試しでもいいだろう。

 

 静かに、子守歌を口ずさむ。

 

 繰り返される単語に、ゆったりとしたメロディー。小さい頃、泣いている俺に誰かがよく歌ってくれた…ような気がする。あれは誰だったんだろう。思い出せないのに、旋律だけは体に残っている。

 

 歌い始めて、すぐにトトの泣き声が、ふっと途切れた。

 

 ぐすっと一度しゃくり上げてから、まんまるの目で俺を見た。

 俺は歌を続けた。荷台の揺れに合わせるように、ゆっくり、丁寧に。

 

 トトのまぶたがゆっくりと閉じていく。

 三度ほど、かくん、かくんと船を漕いで、トトは母親の腕の中で、すうすうと寝息を立て始めた。

 

 …ふう。配信で培ったスキル、子守歌枠がこんなところで火を噴くとは。いや、リスナーを寝かしつける枠だったのに、毎回コメント欄が伸びて誰も寝ない枠と化していたから、実戦投入は初か。

 

 荷台の中が、しん、と静かになった。

 

 え、なんかダメだったかな。この世界では泣く子を寝かせてはいけないみたいなルールでもあったのか?

 

 顔を上げると、商人たちが全員、ぽかんとした顔で俺を見ていた。母親も、眠ったトトを抱いたまま固まっている。

 

「あの、余計なことをしてしまいましたか…?」

 

「いや…兄さん、あんた」

 

 恰幅のいい息子さんが、自分の肩をぐるりと回した。

 

「ぐずったらしばらく落ち着かないトトを寝かしつけたのも凄いしありがたいが、なぜか歌を聴いてたら、肩の凝りがすうっと抜けてったんだ…気のせいか?」

 

「気のせいじゃないよ。わしも腰の痛みがどっか行っちまった」と別の一人。

 

「あたしなんか、寝不足だったのに頭がすっきりしてる……」と母親。

 

 ……ん?んん!?

 

 子守歌で眠気を誘うのは分かる。でも肩凝りと腰痛が治るのはおかしい。俺の歌はサ○ンパスですか?

 

 そのとき、頭の奥で何かが繋がりかけた。

 草原での、あの光景。俺が本気で歌った瞬間、目に見えて動きの変わった、もふもふ軍団。

 

 『ちょっと特別な体。オマケもつけといたから―』

 

 まさか本当に、俺の歌には何かが―

 

「―おうい!みんな、掴まれ!後ろから魔物が来とる!!」

 

 考えに沈みかけた瞬間、御者台からマルトさんの鋭い声が飛んだ。

 

 幌の後ろの隙間から街道を覗いて、息を呑む。

 

 犬だ。いや、犬じゃない。狼に似た灰色の魔物が三頭、土煙を上げて馬車を追ってきている。口の端から覗く牙が、明らかに獲物を狩る者のそれだった。

 

「ファングウルフだ!ちっ、街道にゃ滅多に出んのに!」

 

「親父、馬を飛ばせ!街までもう少しだ!」

 

 馬車が急加速し、荷台がガタガタと激しく揺れる。母親がトトを抱きしめ、商人たちが荷物を押さえる。だが、後ろを見れば距離は少しずつ詰まっていた。荷物を満載した馬車と、身軽な狼。長距離走になれば、勝ち目は薄い。

 

「だめだ、馬が朝から走り通しで、もうバテとる!」

 

 マルトさんの悲鳴のような声があがった。

 

 武器もない。戦う力もない。俺にできることなんて―

 

 ……いや、一つだけ出来ることがあるかもしれない!

 

 確証はないが、さっきの肩凝り改善と、何よりも草原のもふもふ軍団の動きが、嘘じゃないなら…

 

「マルトさん!俺が馬を励まします!」

 

「は!?励ますぅ!?」

 

「いいから任せてください!俺、吟遊詩人なんで!」

 

 とっさに思いついた職業は、某ゲームのバッファーである吟遊詩人だった。この世界での吟遊詩人は本当に歌うだけの人だったら意味わからないことを言ってしまったことになるが、今はそれどころじゃないか。

 

 俺は揺れる荷台の中で御者台に近づいて、大きく息を吸い込んで、歌った。

 

 配信の歌枠で、ここぞという時に歌ってきた勝負曲。疾走感のあるアップテンポの、前に前にと背中を押すような歌だ。

 

 声が、幌を突き抜けて響き渡る。

 

 その瞬間、二頭の馬が、いななきと共に爆発的な加速を見せた。

 

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 

 マルトさんが手綱にしがみつく。バテていたはずの馬たちの足取りは力強い踏み付けに代わり、踊るような、弾むような走りで、ぐんぐんと速度が上がっていく。荷台の商人たちが、振り落とされまいと必死に荷にしがみつく。

 

 後ろを見ると、ファングウルフたちとの距離が、みるみる開いていった。狼たちは数十秒ほど食い下がったが、やがて諦めたのか、足を止めて遠吠えを一つ残し、草原の向こうへ消えていった。

 

 に、逃げ切った!!

 

「マルトさん!もう大丈夫です!」

 

「お、おう!どうどう、どーう!」

 

 馬車が緩やかに速度を落とす。馬たちは長距離を全力疾走したというのに、涼しい顔で鼻を鳴らしていた。なんなら、もっと走りたそうですらある。

 

 その様子を見ながら、荷台の中に何とも言えない沈黙が流れた。

 

 全員の視線が、俺に集まっている。

 

「…兄さん、今の、あんたの歌のせいか?」

 

「え、えーっと」

 

「馬が全盛期のように、いや、それ以上の馬力で走った。わしゃ四十年商人やっとるが、あんなのは初めて見たわい」とマルトさんが御者台から振り返る。

 

「トトを寝かせて、あたしらの疲れを取って、今度は馬まで…」

 

 ここで答えを間違えると、ややこしいことになる気がした。正体不明の能力持ちは、物語のお約束的に、面倒に巻き込まれるのだ。

 

「えーっと、吟遊詩人の歌には、聴く人を元気にする力があるって言いますから。特に歌は一番得意なので…」

 

 我ながら苦しい説明だったが、意外にも商人たちは、ほぉ、と感心したように頷いた。

 

「なるほどなぁ、加護持ちの詩人かい。そりゃ大したもんだ」

 

 加護持ちか。

 またゲームによくある単語が出てきたが、どうやらこの世界では、そういう特別な力がある程度は知られた概念らしい。ありがたく、その解釈に乗っからせてもらうことにした。

 

 マルトさんは御者台で、うんうんと一人で何度も頷いていたかと思うと、ひょいと小袋を投げてよこした。

 

「兄ちゃん、取っときな」

 

 受け取った小袋は、ちゃり、と硬い音を立てた。中を覗くと、見慣れない硬貨、おそらくこの世界の貨幣通貨が数枚入っている。

 

「え、いや、乗せてもらってる上にこんな」

 

「馬鹿言え。あのまま追いつかれてたら、荷ごと全部やられとった。命と荷のお礼と思えば安すぎるくらいだ。それに―」

 

 マルトさんはニッと笑った。

 

「いい歌だった。素晴らしい吟遊詩人に銭を払うのは、聴いた者の責務ってもんよ」

 

 ずしり、と。

 手のひらの上の小袋が、重さ以上の重さで響いた。

 

 これが、この世界での初収入。配信者的に言えば、異世界初の投げ銭だ。

 

 貨幣価値はさっぱり分からない。でも、そんなことはどうでもよかった。言葉も文化も違う世界で、俺の歌が誰かに届いて、対価をもらえた。その事実だけで、胸の奥が熱くなるには十分だった。

 

「…ありがとうございます。大事に使います」

 

 深く頭を下げると、商人たちが温かく笑った。最初に馬車へ乗ったときの警戒感は、もうどこにもなかった。

 

 やがて、街が近づいてきた頃、マルトさんが思い出したように声をかけてきた。

 

「ときに兄ちゃん、身分証は持っとるかい。門で確認されるよ」

 

「あー…荷物と一緒に、失くしてしまって」

 

 そもそも持ったことがない、とは言えない。マルトさんは、ふむ、と顎髭を撫でた。

 

「なら、街に入ったら冒険者ギルドに行くといい。あそこで登録すりゃ、ギルド証が身分証代わりになる。仕事の斡旋もしてくれるから、駆け出しの旅人が最初に頼るにゃ、うってつけの場所だ」

 

「冒険者ギルド…」

 

 来た、来たぞ、異世界転生ものの大定番。テンプレと笑うことなかれ、定番というのは、それだけ多くの人に愛された王道ということなのだ。

 

「登録の時にゃ、水晶に手をかざして、ステータスってのを視てもらうことになる。ま、兄ちゃんなら加護持ちだ、いい仕事にありつけるだろうよ」

 

「…ステータスを、視る」

 

 さらりと聞き流しそうになって、踏みとどまった。

 

 ステータスってことは、俺の能力が数字や文字になって表示されるってことだよな?

 神様特製の、ちょっと特別な体。正体不明のオマケ。歌うだけで肩凝りが治り、バテた馬が全力疾走する、この力。

 それが全部、文字として白日の下に晒されるということでは?

 

 あのマイペースな神様のことだ。常識的なステータスを用意してくれている可能性と、とんでもないものを仕込んでいる可能性、どっちが高いかと言われたら…

 

 俺は遠い目をした。指ハートを送ってくる神様の顔が、脳裏にちらついた。圧倒的に後者だった。

 

「ど、どうした兄ちゃん、顔色が悪いぞ」

 

「いえ…ちょっと、新しい街での生活が心配になっただけです」

 

 そうこうしているうちに、馬車が徐々に速度を落とし始める。

 

 幌の隙間から覗くと、灰色の石を積み上げた外壁と、大きな門が見えた。門の前には荷馬車や旅人の列ができていて、門番が一台ずつ確認をしている。

 

 マルトさんが門番と二言三言交わし、こちらを指して何か言うと、門番は俺を一瞥しただけで通してくれた。

 長年通っている行商人の口添えは、それだけで信用になるらしい。重ね重ね、頭が上がらない。

 

 門をくぐった瞬間-熱気が、肌をたたいた。

 

 石畳の大通りに、人、人、人。普通の見た目の人に混じって、頭に獣の耳を持つ者、すらりと背の高い細身の者、樽みたいな体格の髭面の者がいる。

 道の両側には露店がびっしりと立ち並び、威勢のいい呼び込みと、笑い声と、値切り交渉の怒鳴り合いが入り混じって、ごった煮みたいな喧騒が渦を巻いていた。

 

 空気には、香ばしい肉の焼ける匂いと、香辛料と、様々なものが入り混じった匂いが充満している。

 

 ……すごいな。

 これが、異世界の街か。

 

 ゲームの画面越しに何百回と見てきた光景のはずなのに、音も、匂いも、この熱も、何もかもが桁違いだった。情報量の暴力に、しばらく何もしゃべらずに景色を堪能していた。

 

 広場の端で馬車を降り、商人の一家に改めて礼を言った。

 

「兄ちゃん、ギルドは大通りをまっすぐ行った先の大きな建物だ。達者でな!」

 

「歌、また聴かせておくれよ!」

 

 眠ったトトを抱いた母親も、小さく会釈をしてくれた。手を振って遠ざかっていく馬車を見送ってから、俺は雑踏に向き直る。

 

 まずは冒険者ギルドだな。身分証を手に入れて、この世界での足場を作る。

 

 そして、そこで嫌でも分かるだろう。

 神様が俺に何を仕込んだのか。この歌の力の、正体が。

 

「…まぁ、なるようになるか」

 

 不安が三割、わくわくが七割。

 配信で新企画の司会をやった時と、だいたい同じ配分だ。そして、この配分の時の企画は、たいてい成功させてきた。

 

「よし!新たな物語をはじめよう!」

 

 俺は人混みの中へ、大きく一歩を踏み出した。


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