第22枠 それぞれの師
世の男子が夢に見たものがある。
起死回生の一撃、一撃必殺、最終奥義、そのような名称で親しまれ、その技は戦況をひっくり返すほどの威力を持ったもの。
正義が悪を倒すときに、必ずと言っていいほど放つもの。
それが―必殺技である。
必殺技―というより、自分の力でスキルを取得する修行が始まった。
このポリュムニアの街の外れには、街の防壁に沿って設けられた冒険者向けの演習場があった。早朝、まだ人もまばらな時間に、俺たち3人とシルバーリングの面々が集合した。
早朝の涼し気な風が気持ちよく吹いている。この世界に来てから、随分と早起きにも慣れたものだなと朝の風を浴びるたびに感じている。
ちなみに、マロスは朝が強い方で、朝から食堂の朝食の手伝いをするほど活動的だ。エウリは朝が本当に弱いので、今も立ったまま半分寝ている。
「よし、それじゃあ、組を分けるぞ」
アルケスさんが、手を打って言った。
「コトギは俺、エウリはステンノ、マロスはドラベルト、それぞれペアで特訓をしてみよう。まぁ何となく役割が似ている同士でペア分けしたわけだ。それぞれ、お互いの邪魔にならないよう。別の場所でやるからな」
「質問いいですか?」
俺はとりあえず気になったことを聞いてみることにした。
「おう、もちろんいいぞ」
「俺がアルケスさんとペアなのは何となくわかるんですが、エウリとマロスの組み合わせはどういう意図があるんでしょうか?何となくタンク同士で、ステンノさんとマロスの方がしっくりくるような…」
「あぁ、確かにステンノはうちのパーティでタンクをやっているが、マロスとステンノじゃタンクとしてのスタイルが違いすぎるからな。ステンノは武器に頼らない力で敵を打ち砕く方が得意だから、同じパワー系のエウリと組ませた方がいいと判断したんだ」
なるほど…大盾でどっしりとしたタンクをやるマロスと、身軽で戦場を荒らしながらヘイトを集めるステンノさんでは、確かに戦闘スタイルに差がありすぎるな。
「そして、ドラベルトとマロスを組ませた理由だが、理由は2つだな。一つは仲間と敵の両方を観察する意識を得るためだ。タンクは本来、仲間と敵の両方の位置を把握して戦う。…まぁ、うちのステンノは別だからいんだ。うちのパーティでは、その役割をドラベルトが担っていて、仲間が危なそうなときにはカバー、敵を倒せそうなときは攻撃してもらってる。
そういった意味で、マロスにはドラベルトから、観察眼を学んでほしい」
話を聞けば聞くほど、ステンノさんが異質過ぎて、良く子のパーティで成り立っているなという気持ちにもなるが、それでAランクパーティとして活躍しているので、最適解なのだろう。
「そして、もう一つ。こっちのほうが大事だな。マロスには、ドラベルトから“心の強さ”というものを学んでほしい」
「心の…強さ?」
マロスがぽかんとした顔を浮かべる。
「まぁ、特訓を始めればわかるさ。マロスに必要なものは、技術よりもメンタルだってね」
アルケスさんはそれ以上、何も言わないままで、さっさとそれぞれの訓練場へ移動し始めた。
こうして、俺たち三人の、それぞれの師のもとで行われる特訓が始まった。
◇
俺の師となるアルケスさんは、演習場の隅の的が並んだ一角に、俺を連れていった。
「さて、コトギ。まずは、お前のバフを見せてくれ。昨日の討伐を見ている感じ、そのバフは、武器に乗せることができるんだろ?あの的に、一振りしてみろ」
「わかりました」
俺は月炎を抜き、的に対して正眼に構えを取る。そして神威を発動し、刀身にも神威がいきわたるように改めて意識すると、漆黒の刃が赤いオーラを纏い始めた。そうして、神威で強化した身体能力と月炎を使って、的に向かって、袈裟切りを放った。
ザンッ、と神威で威力を底上げされた一撃が、木製の的を深々と斬り裂いた。
「ふーむ」
アルケスさんは、腕を組んで何か考えるそぶりを見せた。
「悪くない…が、普通だな。威力も高いし、そこら辺の魔物相手なら十分な威力があるように見える。けれど、普通という域を出ていないから、格上には通用しないだろうな。今のお前でいうと、格上ってのはA級あたりになるかな?」
「…なるほど」
今の俺では、神威だけの力だとBランクの魔物しか相手にできないということだ。実際アラクネとかナイトメアに対して、神威のバフだけではちゃんとしたダメージを与えられなかった。
それを見ただけの一撃でわかることから、アルケスさんがどれだけ経験を積んできたかを思い知らされた。
「普通の敵に普通のダメージを与えられる、それじゃ決め技にはならない。いいか、コトギ。本物の必殺技ってのはな―」
アルケスさんは、自分の杖を構えた。
その先端に、火の魔力が集まり始める。最初はなんの変哲もないサッカーボールくらいの火球だ。それが、見る間に小さく圧縮されていく。まばゆい光を発しながら一点に凝縮し、やがて小指の先ほどの、白く輝く火の珠になった。
彼は、それを隣の的に放った。
ドンッ!!
小さな火の珠は、的に当たった瞬間に爆発した。
さっき俺が切ったものと同じ木製の的が、跡形もなく吹き飛ぶ。俺の斬撃とは、比較にならない破壊力だった。
「これが、俺の魔法スキル“白火”だ。火球を極限まで圧縮して、速度と破壊力を高めるシンプルなものだな。見てわかるとおり、スキルは使い方によって天地ほど威力が変わるんだ」
「……すごい」
「お前のバフも同じように、効果を高めることができるはずだ」
アルケスさんが、俺の方に振り返った。
「お前はスキルを感で、なんとなく体と剣全体に対して発動している。おそらく、お前の中でバフは広範囲に一定にかけるというイメージなんだろう。バフを仲間全体にかける必要があるときは、それでもいいが、お前の剣だけに、複数人分のバフを集約して使うっていうのも、一つの手段だぞ」
「バフを剣に集約…なるほど、それなら無茶しても体には反動が起きない…」
「まぁ、物は試しだな。とりあえず、やってみろ」
俺は、月炎を構え直した。
神威を発動し、いつものように刀身全体に流れる赤いオーラを意識して、剣の刀身だけに集約させていく。
……思ったよりも難しい。
神威の力が、なかなか思うように操作できない。集約しようとすると、途中で制御できずに霧散してしまう。今までやっていたように、おおざっぱに複数人を対象にするのと、難易度は段違いだ。
「焦るなよ。お前はバッファーとして天賦の才がある。溜めもなしにバフをかけ、場合によっては範囲を広げて、複数人にかける。複数人に対するバフとしては破格すぎる性能だ。だから、今まで何となくスキルのいう通りに発動していたんだろう。
だが、それじゃスキルを使いこなしているとは言えない。スキルを己の意思で制御できてこそ、本当に自分のスキルだと言えるだろう」
「己の意思で…制御する」
繰り返し、バフを刀身に、その一点に集約させるように意識してバフをかける。なるほど、今まで何も考えずに、スキルが動かすままにやっていたせいで、操作がいかに雑だったかを思い知らされるようだ。
「スキルは経験だ。細かいバフの操作は繰り返し失敗して、コツをつかんでいくしかない。それと、もう一つ、お前の悪癖…普通なら褒められるべき悪癖を教えてやろう」
「褒められるべき悪癖…ですか?」
何だろうか、自分では全く思いつかない。
アルケスさんは何やら褒めているような、悲しんでいるような複雑な表情で言った。
「お前は、人に分け与えることに慣れすぎている節がある。誰かを助けたい、自分より他人を心配してしまう、人のために頑張れる…そういった、自己よりも他人を優先する癖がついてしまってるな。その悪癖は、一瞬の命のやり取りをする際に、致命的なミスを呼ぶ可能性がある。
仲間を大切にすることはいいんだ、だが、誰かに言われなかったか?バッファーはパーティの心臓だって。お前はもっと自分の命を優先させて、心臓として何があっても生き残るという貪欲さを手に入れるんだ」
アルケスさんの言葉が、強く胸に刺さった。
……そうか。
俺は、ずっと誰かに分ける側だった。前世の配信でも、リスナーみんなに楽しんでもらうことを最優先に考えてきた。過労で死んだときも、リスナーを悲しませないため、がっかりさせないために無理をして、結果自分の命をダメにしてしまった。この世界でも、仲間を強化して、支えることに力を注いできた。
でも、必殺技は、その真逆なんだろう。
自分のために、自分の一撃のために、すべての力を集める。
ほかでもない、自分の力で自分のために敵を倒す力を手に入れる。
「……俺、自分のために力を使うの、苦手なのかもしれません」
思わず、弱音がこぼれた。
急に生き方を変えろと言われて、はいそうですか、とならないだろう。中々難しい問題である。
「だろうな」
アルケスさんは、うんうんと頷いた。
「貪欲さを手に入れろといったが、逆に考えてみたらどうだ?お前が倒れたら、お前のバフを失った仲間も倒れてしまう。お前自身が、仲間を守るためにも、生き残る力を持つんだ。それは、自分のためだけじゃなくて、パーティのためにもなるだろ?」
まずは見方を変える…仲間のために、自分の命に貪欲になる。
「……はい。やります」
結果、仲間を助けるためになるというのならば、出来る気がしてきた。
俺は、もう一度、月炎を構えなおす。
バフを刀身へ集中させる、失敗して力が霧散する、また力を集約させる…その繰り返しを時間いっぱいまで続けた。
◇
一方、エウリの方は――遠くからでも何かが分かるほどの轟音を響かせていた。
ドゴオン! ドゴオン! と地響きのような打撃音が、絶え間なく演習場に響いている。
午前の特訓が終わり、昼の休憩で合流するために、エウリの方へ向かった。
そこで目にしたのは、エウリが汗だくで、巨大な岩を相手に、ひたすら月地を振り下ろしている光景だった。その傍らで、僧侶のステンノさんが、腕を組んで仁王立ちしている。
「もう一度だ。重さが全然乗っていない。そんなものでは、儂を満足させることはできんぞ!」
「……んぐ。はい」
ドゴオン!
「まだだ。お前は腕の力だけ、ハンマーの重さに頼って殴っているだけだ。力とは、そう簡単なものではない」
「ちがい、わからない……」
「力は流れだ。足から腰に、腰から背中に、背中から腕に、腕から武器に。すべてが一つの力の流れだと思って体を動かすのだ」
「……むずかしい」
エウリが、頬を膨らませる。だが、その目は、真剣そのものだった。
「ステンノさんの教え方、なんか独特で難しそうだな」
俺がこっそり言うと、エウリは、ぶんぶんと首を横に振った。
「うん、言ってること、よくわかんない。でも、なんとなく言いたいことは伝わってる、と思う」
「この娘は完全に感覚型の戦士だな。余りある膂力でどうにかなっているが、ここに理を加えれば、更なる力を手にするだろう」
ステンノさんが、珍しく、殴られているとき以外で口の端を上げた。
「この娘は筋がいい。それに諦めずに食らいついてくる気概もある…文句なしのいい弟子だ」
「ステンノ、お腹すいた。ごはん、おごって。大きい肉がいい」
「……文句ないしという発言は、撤回しよう」
俺とエウリは、顔を見合わせて笑った。
大男でピカピカの頭で、打たれるのが好きな変態僧侶と、大食いマイペース少女。妙な師弟だが、なんだかんだ噛み合っているらしいようで安心した。
◇
俺とエウリは順調に特訓を続けていき、少しずつ、自分たちでも進歩しているのを感じていた。
一方、マロスはうまくいっていないようで、思うように進歩していなかった。
シルバーリングに監督してもらっている特訓は、午前にペアで訓練、昼休憩でそれぞれのパーティごとに情報共有、午後は合同で依頼を受注して、実際に魔物と戦って技を試す、というサイクルを回していた。
特訓が始まって数日後、昼休憩で合流したマロスの顔は、どんよりと曇っていた。
「……どうしたんだ、マロス。午前中の訓練、最近はどうだった?」
「……うん。それが、さ」
マロスは、力なく自分の手のひらを見つめた。
その後ろから、ドラベルトさんが歩いてきて、ぼそりと言った。
ドラベルトさんも何か悩んでいることが表情からわかった。
「こいつ、大盾の扱いとか周囲に目を配ることとか、タンクとしての役割については覚えがいいんだ。ただ、例の紫黒の力“ナイトメア”を全力で使うことが、どうしてもできないようだ」
「全力で使うことができない?」
「ああ。ビビッてスキルを全力で扱えていないんだな。盾ってのパーティメンバーの命を一番に預かる役割だ。びびって腰が引けてる状態じゃ、守れるもんも守れねぇ」
「ドラベルトさんの言い分もわかりますが、マロスのこの力はそんなに簡単に割り切れるもんじゃ―」
「コトギ先輩!いいんだ、ドラベルトさんの言ってることが正しいんだ」
マロスが俯いた。
「本当に、ドラベルトさんの言う通りなんだ。僕は、この力を本気で使うのが、怖くて。…だってさ、この力に僕は今まで振り回されて、コトギ先輩と、エウリ先輩を傷つけたんだ。も、もし僕が制御できなくて、また暴走したら?もし、ナイトメアの力に飲まれたら?」
彼の声は震えていた。
重圧につぶされそうで、見えない自分の陰におびえている。
「これで、誰かを守りたいって、思ってます。本当です。でも、本気で使おうとすると……思い出すんです。あの、悪夢を撒き散らしてた、自分を。君たちを、殺そうとした、自分を。……この力で、また、誰かを傷つけるんじゃないかって、怖くて、手が、止まるんです」
しん、と、場が静まった。
俺は、どんな言葉をかければいいか分からなかった。マロスの抱えているものは、簡単に、「頑張れ」とか「気持ちの問題だよ」とかで片付けられるものじゃない。
その時、ドラベルトさんが、慈しむような表情で言った。
「……俺もな。昔、人間以外が、大嫌いだった」
「え?」
「故郷の村が、魔物に滅ぼされたんだ。家族も、友人も、皆殺しだ。だから俺は、魔物も、魔物に近いやつも、全てを殺してやろうと憎んでた。……お前のことも、最初は、心底、気に入らなかった」
マロスが、息を呑む。
「でもな。お前は、その憎まれてる力で、お前の仲間たちを心底大事に、守ろうとしている。……俺は、その時、思ったよ。力に、善も悪もねえんだって。武器だって魔物の素材で作られる、それを使ってより多くの人を守る冒険者がいる。結局大事なのは、使うやつが、何のために使うか…それだけだろう」
ドラベルトさんは、ぶっきらぼうに、続けた。
「お前の、その紫の影は、お前にとっては悪夢かもしれない。お前の母親の犠牲で、植え付けられたもんかもしれない。……でもな、マロス。それを、誰かを守る盾に変えられるのは、お前だけだ。
お前が、お前の意志で、どう使うを決めていくしかないんだ」
「……ドラベルトさん、」
「お前の母親は」
ドラベルトさんが、空を見上げた。
「自分が産んだ子供が、ビビって逃げ惑っているのと、誰かを守るために、過去を乗り越えて戦っているの、どっちを見たいと思う?」
マロスが、はっと、顔を上げた。
冷たい地下室で、外の世界の歌を歌ってくれた。
いつか一緒に、自由な世界へ行こうね、と言ってくれた、母さん。アスフォデルの咲く、青い空の下へ。
その母さんが、見たい自分は――。
「母さんは、きっと……僕が、誰かを守れる人になるのを、見たいって、思ってくれてる」
ドラベルトさんが、にっと笑った。
「なら、迷うな。お前のその力で、仲間を守れ。それが、お前にしか出来ない親孝行だろ」
マロスは、ぐっと、拳を握りしめた。
その手のひらに、紫の影が、さっきよりも、力強く、濃く現れた。
「……はい、ありがとうございます!!
◇
午前の特訓と、午後の実地訓練がおわり、夜になった。
俺たち3人は、宿の食堂で夕飯を囲んでいた。
例によって、エウリの前には料理の塔が築かれている。だが、最近は、三人とも、修行の疲れと、それぞれの想いを抱えていた。
「……なぁ」
マロスが、ぽつりと口を開いた。
「研究所でも、僕、ずっと、訓練させられてたんだ。ナイトメアの力を体に馴染ませるための訓練。毎日、毎日…まぁ言ってしまえば、あれも修行だったんだけどさ、」
彼は、スープを、ゆっくりとかき混ぜた。
「でも、全然、違うんだよな。あの時は痛くて、怖くて、ただ命令されるまま、、自分の中にある制御できない力に振り回されてる感じだった。失敗したら、罰があるし、成功しても、誰も褒めてくれない」
マロスは、ゆっくりとかき混ぜられていくスープを見つめている。
マロスから研究所の話を聞くのは何度目だろうか。毎度、違った研究所での暮らしを聞き、悲しい気持ちになる。
でも、今のマロスは、そんな凄惨な過去を話している時でも、希望を灯した瞳をしていた。
「ドラベルトさんが、色々教えてくれる。コトギとエウリが、隣にいてくれる。失敗しても、焦るなって言ってくれる。…僕は本当に恵まれてるなぁ〜って…」
俺は、少し考えてから、言った。
「マロスが自分でやりたいって思ってるから、恵まれているって思えるんだよ」
マロスが、目を瞬かせる。
「研究所での訓練は、無理やり訓練を強要されてたんだろ?。でも今は、マロスが誰かを守りたくて、自分で進んで強くなろうとしているから、前向きに捉えられてるんじゃないかな」
マロスはニカっと快活に笑った。
「……なんか、いいな、これ」
マロスが、ぽつりと言った。
「仲間と飯食って、一緒に修行して……僕、こういうのが、欲しかったのかも」
「明日も頑張ろうな」
「ん。いっぱい食べて、いっぱい修行する」
「エウリは、食べる方が多そうだけどな」
「失礼。これは必要な燃料」
明日も、特訓は続く。
それぞれの、必殺技を掴むために。
そして、まだ見ぬ戦いに、備えるために。




