第20枠 新たな仲間との連携
マロスが仲間になってから、10日が経った。
俺たちは、街道沿いの中継地をいくつか経て、ようやく人間領の西側にある大きな街、ポリュムニアにたどり着いた。
「うわ……でかいな」
街を囲む石壁の高さからして、最初に訪れた街であるグレーブスとは段違いだった。
門をくぐると、何本もの大通りが放射状に伸び、石造りの建物が三階、四階と積み上がっている。
行き交う人の数も、種族の多様さも、比べ物にならない。人間に獣人、エルフ、ドワーフ、それに見たこともない種族が、雑踏の中を流れていく。
「人間領で、西の交易を一手に担う街なんだってさ。魔族領に行く手段の情報も、ここなら何か掴めるかもな」
「うん、何か情報があると嬉しい」
エウリが、人混みにきょろきょろしながら言う。あいかわらず、エウリの視線の先には屋台の食い物が並んでいたので、もう頭の中は食事でいっぱいだろう。
そして、俺たちの一番後ろを、もそもそと歩く影がひとつあった。
「……ねぇ、コトギ先輩。やっぱり、僕、フードかぶってた方がいいよねぇ」
羊獣人のマロスが、周りの目を気にしながら、大きな体を丸めて歩いている。
彼は、頭の羊の角を隠すように、目深にフードをかぶっている。あの偽装用のネックレスは、ナイトメアと一緒に砕けてしまったから、もう犬獣人には化けられないそうだ。
そのため、生まれ持った羊の角と、何となく感じる魔物寄りの気配は、隠しようがなかった。
「魔物と獣人の混血だってバレたら、追い出されるどころか、討伐対象になってしまうよ。先輩方には悪いけど、僕、ここでお別れの方が……」
「マロス」
俺は足を止めた。
「種族や偏見で追い出す街なら、こっちから願い下げだよ。それに、普通の獣人もエルフもいる街だぞ。羊獣人は珍しいかもしれないが、角の一本や二本、誰が気にするんだ?」
「いや、羊獣人は悪魔の生まれ変わりって言われてるし…それにほら、僕って金髪だろ?金色の髪を持つ獣人は、獅子族にしかいないはずだから、それもあって僕は異質なんだよ」
「気にしすぎ」
ぴしゃりと言ったのは、エウリだった。いつの間にか手に持っている串焼きを頬張りながら、もぐもぐと続ける。
「マロスは、マロス。角があってもなくても、アスフォデルをくれる、いいひと」
「……判断基準、食い物じゃん」
マロスは呆れたように言ったが、その口元は、少しだけ緩んでいた。
マロスはまだ冒険者登録をしてなかった。それどころか、街にすら初めて入ったらしい。
初めて会った時に冒険者に成りすましたのは、俺たちに警戒されないための嘘だったようで、改めて登録しようと、冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドは、グレーブスの三倍はある大きな建物だった。
受付で事情を話し、マロスのパーティ追加を申請した。
俺たちは事前に相談して、マロスの正体が魔物種と獣人族のハーフであることを申告した。隠して登録することも出来なくはないと思うが、ここはかなり大きな街で、上位の冒険者もそれなりにいるだろう。
それが何かというと、上位冒険者には、マロスに魔物の血が混じっていることが、勘でわかる可能性が高い。
つまり、隠蔽してはバレた時によからぬ事を企んでいるんじゃないかと疑われてしまうので、初めから正体を明かしてしまおうということだ。
「金色の髪に羊の角…それに、魔物種とのハーフ…ですか」
受付嬢の声が硬い。周囲の冒険者たちも、ちらちらと不審の目を向けてくる。マロスがフードの中で、肩を縮めるのが分かった。
俺は、ガイさんにもらった紹介状を、カウンターに置いた。
「グレーブスのギルドマスター、ガイ・レジクーサさんからの紹介状です。俺とエウリの身元保証も兼ねてます。マロスは、俺たちのパーティの仲間で、身元は俺が保証します」
受付嬢は紹介状にざっと目を通し、ガイの名と判を確認すると、少しだけ態度を和らげた。ガイさんの名は、ここでもそれなりに通るらしい。
「……レジクーサ殿の紹介でしたら。ただし、貴方のおっしゃる通り、後ろの男性が魔物種と獣人族のハーフであるならば、ギルドでは獣人族及び魔物種としても扱わせて頂きます。
魔物種の登録は基本的に従魔としての登録しか前例がありません。そこで、特例でギルドでの実技審査と、しばらくの監督期間が必要です。問題を起こさなければ、正式に登録されます」
「それでお願いします」
マロスが何か言いたげな顔をしていたが、気付かないふりをして受付嬢へ返事をした。マロスが、フードの中で、ちょっと驚いた顔をしていた。
「……コトギ先輩、勝手に決めて…僕の意見とか聞かないのかい?」
「不満なのか?」
「……いや、ありがと」
ぼそりと、礼を言われた。
◇
マロスの実技審査は、街の端にある演習場で行われた。
審査を担当したのは、ギルド職員と――たまたま居合わせた、一組の冒険者パーティだった。
「お、君たちが試験を受ける新人か。珍しいパーティの組み合わせだな」
最初に声をかけてきたのは、四十前後の、理知的な顔つきの男だった。ローブをまとい、長い杖を背負っている。
見た目からして、恐らく魔法使いだろう。物腰は柔らかいが、その目は、こちらの実力を一瞬で値踏みするような、鋭さを宿していた。
「俺たちはA級パーティ”シルバーリング”だ。そして俺は、リーダーのアルケスっていうんだ。よろしく」
A級という言葉に思わず背筋が伸びた。グレーブスでガイさんが「現役時代A級までいった」と言っていた。それを現役で張っているパーティが、目の前にいる。
「審査の立会人を頼まれてな。実力、見せてもらうぞ」
アルケスさんの背後には、三人のメンバーがいた。
ひとりは、痩せた長身の男。軽装で、腰に何本もの短剣を提げている。胡乱げな目で、こちらを――特にマロスを、舐めるように見ていた。
「……おい、リーダー。あの気配、おそらく魔物だぞ。なんで魔物の審査なんか」
「ドラベルト、魔物だからなんだ。ギルドの承認もあるし、魔物かどうかなんて関係ないだろう」
「関係あるね!俺は魔物が嫌いだ。魔物なんざ、絶対に信用しねえ」
吐き捨てるように言う盗賊の男がドラベルトというようだ。マロスがフードの下で、また肩を縮めた。
「ドラベルト、よさんか」
窘めたのは、岩のような体格の、坊主頭の大男だった。僧侶のような装束をまとっており、厳つい顔で、ぼそりと続ける。
「信用に足るかどうかは、彼らが実力で語るだろう。それに、強い相手なら、殴られ甲斐がある。早く審査を始めよう」
「ステンノ、あなたは黙っていた方がいいわ」
最後のひとり、弓を背負った若い女性が、冷たく言った。眉間に皺を寄せ、いかにも生真面目そうな雰囲気だ。
「初めまして、私はイオ。早く始めましょう、時間の無駄は嫌いなの」
A級パーティ、シルバーリング。リーダーで魔法使いのアルケス、盗賊のドラベルト、僧侶のステンノ、弓使いのイオ。一人ひとりの個性が、だいぶ強い人達だ。
「じゃ、始めるか。演習場の魔物を、お前たちのパーティで討伐してみろ。それでまずは、連携を見せてもらう」
アルケスの合図で、演習場の檻が開かれた。
現れたのは、訓練用に捕らえられた魔物たち。グールドッグの群れに、岩甲殻の魔物がいくつかいる。合わせて20体はいるだようか。
「よし。行こう、二人とも」
俺は、月炎を抜いた。
ここからが、新生パーティ、初めてのお披露目だ。
「マロス、タンク役を頼む」
「了解。……っと、こういうの、初めてだなあ。自分の後ろに守りたい仲間がいる」
マロスが深く被っていたフードを脱ぎ捨てた。羊の角が、陽光にさらされる。彼は背の大盾を構え、もう片方の手を、力強く握りしめた。
その拳に、深い紫の影が纒わりついていく。
これがマロスに残された特異能力"悪夢の残滓"。今は、彼自身の意志で操る、彼だけの力である。
「身体強化ー神威!」
俺の歌に乗せて、俺たち全員に赤いオーラが宿る。マロスの紫黒の影と、神威の赤が混じり合い、彼の体を覆っていく。
「うおっ、なにこれ、めちゃくちゃ力が湧いてくる……! コトギ、君のバフ、こんなにすごいの!?」
「バフが俺の仕事だからな。エウリ、マロスに正面を任せて、敵の脇から一気に行こう!」
「ん。任せて」
戦いは、一瞬で決した。
マロスが大盾を構えて前進し、群れの突進を真正面から受け止める。神威で強化された彼の防御は、まるで巨岩のように揺るがなかった。
さらに紫黒の影が盾の表面を覆い、グールドッグの牙を、柳のように受け流す。
「変な感覚だ…心から憎んでいたナイトメアの力で、こんなに簡単に魔物を食い止めることができるなんて」
「それがお前の力なんだよ、マロス。そのまま引き付けててくれ!」
マロスが敵を一手に引きつける間に、エウリが横から飛び込む。月地の一撃で、群れの半分が吹き飛んだ。残りを、俺が月炎で処理する。マロスが守り、エウリが砕き、俺が遊撃と補助に回る。前衛、盾、バッファー兼遊撃。三つの役割が、綺麗に噛み合った。
審査用の魔物は、ものの数分で、一掃された。
演習場に、静寂が降りる。
「………なーるほどね」
最初に声を上げたのは、リーダーのアルケスさんだった。
「君は、無詠唱で複数を同時対象とした身体能力の強化ができるのか。しかも、バッファー本人まで剣で戦える…一体、何者なんだ?」
「…ただの、駆け出しの吟遊詩人です」
「くっくっく…!駆け出しが、A級の俺たちの目の前で、こんな異常な力を見せつけるか、面白いな!」
アルケスさんが、面白そうに笑った。
そして、盗賊のドラベルトが、マロスをじっと見ていた。さっきまでの侮蔑の目とは、少し違う。
「……おい、魔物。お前、自らより仲間を優先して守るよう動いていたな?」
「え? あ、うん。盾役だし」
「……ふん、せいぜい仲間に気を使いすぎて、身を滅ぼさないようにすることだ」
ドラベルトは、それ以上何も言わず、ぷいとそっぽを向いた。だが、最初の露骨な敵意は、わずかに薄れていた。
「審査は、文句なしの合格です」
ギルド職員が、慌てて記録を取りながら言った。
「シルバーリングの皆さんからも、太鼓判ということで……マロスさんの監督期間も、シルバーリングが立会人になっていただけるなら、短縮できるのですが…」
「ああ、いいぜ。立会人となろう」
アルケスさんが、あっさり頷いた。
「面白いパーティだ。しばらく、目をかけてやるさ。…ちょうど、この街でも最近きな臭い動きがあってね。お前らの手も、借りるかもしれない」
きな臭い。
その一言に、俺とエウリは、思わず顔を見合わせた。
まさか、ここでも――。
「あの、きな臭いって、もしかして、魔物が異常に湧くとか、変な紋章が見つかったとか、そういう……?」
俺が問うと、アルケスさんの目が、すっと細くなった。
「……どこでそれを知った?」
「……ここより東側にある街、グレープスで同じ出来事がありました」
グレーブスの紋章ー魔物を誘引する仕掛け。
やはり、マロスを操っていた謎の組織は、この街にも手を伸ばしていたようだ。
マロスが、フードを握りしめた。彼の表情が、こわばっている。紋章をばら撒いていたのは、他ならぬ、組織の手下…かつての、彼自身の仕事だったからだ。
「……コトギ、僕は何か力になれるよう動きたい」
「分かってるよ。被害が広がる前に、俺達も全力を尽くそう」
俺は、マロスの肩を軽く叩いた。
誘引の紋章、マロスを作り操った謎の組織と事件の関係…先の見えない悪意がこの街にも迫っているのだろうか。




