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神に愛されし声と言われたVTuber、異世界では歌って戦う最強吟遊詩人になります   作者: 綺凛
第2章 魔族編

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第19枠 激闘の末に手に入れたもの


 歌声と、衝撃が、交差した。


 漆黒の槍に、エウリが月地(げつち)を真っ向からぶつけた。


 ガアアアンッ!!


 火花の代わりに、黒い飛沫が四散した。

 ”軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)”の反動で、立っているのもやっとだったはずだ。それでもエウリは、一歩も退かなかった。歯を食いしばり、両腕を震わせ、振り下ろされる悪夢の一撃を、真正面から受け止める。


「コトギの歌は……止めさせない……!」


 俺は、歌を止めなかった。

 彼女が、命を懸けて時間をくれている。彼女の期待に応えるよう、すべての意識を、彼を救うための歌につぎ込んだ。

 ありったけの想いを、最後のフレーズに込めて――歌い、切った。


 その瞬間、マロスを縛りつけていた、最も太い黒い枷に走った亀裂が、歌の振動と共鳴して、ぱりん、と、澄んだ音を立てて、砕け散った。


 ◇


 変化は、劇的だった。


 マロスの全身から噴き出していた黒い瘴気が、まるで陽光を浴びた霜のように、見る間に溶けて消えていく。彼を支配していた、煤のような穢れが、歌に洗い流されて、霧散していった。


 そして、エウリを押し潰そうとしていた漆黒の槍が――びたり、と、動きを止めた。


「……?」


 エウリが、目を見開く。


 槍を形作っていた黒が、すうっと色を変えた。

 穢れた漆黒から、透き通った、深い紫へ。


 悪夢の穢れを浄化された後に残った、力の核なのだろうか。深い紫色の影とでも呼ぶべきものが、エウリへの攻撃をやめ、宙でとぐろを巻き――それから、ゆっくりとマロスの体へと吸い込まれていった。


 するすると、紫黒の影が彼の中へ還っていく。

 まるで、長い間、無理やり外へ引きずり出されていたものが、ようやく本来の場所へ帰っていくみたいに。


 マロスを覆う巨大な瘴気の塊は、どんどんと小さくなっていった。

 継ぎ接ぎの四肢が崩れ、5メートルあった巨躯が、人ひとり分の大きさへと戻っていく。後に残ったのは、気を失って、ぐったりと横たわる、羊の角を持つ一人の青年だった。


「マロス!」


俺はマロスが倒れないように、咄嗟に体を支えた。


「は……はぁ……」


 マロスの胸が、ゆっくりと上下しているのを確認する。どうやら、彼からナイトメアを引きはがすことに成功したようだ。

 俺は、詰めていた息を、ようやく吐き出した。


「コトギ……やった、ね」


 ”軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)”の反動でふらつくエウリが、月地(げつち)を支えに、よろよろと隣に来る。俺は慌てて彼女を支えた。


「ああ、エウリのおかげだよ。あの槍の攻撃をエウリが止めてくれなきゃ、俺、完全に終わってた」


「ん。…でも、本当に疲れた…後で、いっぱい食べないと、動けない」


 こんな時でも食の話が真っ先に出てくるのがいつも通り過ぎて、少しだけ力が抜けて笑えた。


 ◇


 しばらくして、マロスがゆっくりと目を開けた。


 さっきまでは濁っていた緑の瞳だが、今ははっきりとした光が宿っている。彼は、ぼんやりと天井を見上げ、それから、自分の手を見て、傍らの俺とエウリを見て――。


「…………あれ?」


 間の抜けた声を出した。


「僕……生きてる?」


「ああ、生きてるよ」


「……うっそだろ」


 マロスは、上体を起こそうとして、全身の痛みに顔をしかめ、それでも、へら、と笑った。


「とんだ不良品だなあ、僕。研究所が誇る最高傑作の悪夢のくせに、子守歌一発で浄化されちゃってさ。研究所のおじさんたちが見たら、失望して失敗作のレッテルを張りなおすんじゃないのかな……いや、もう、実験体でいることもないのか…」


 自分を茶化す、軽い口調。

 だが、その声の端々に隠しきれない震えがあった。


「……なぁ、なんで、無理やり助けたのさ」


 マロスが、笑みを消して俺を見た。


「僕、君たちを騙したよ、操られていたとはいえ、全力で殺そうとした。人間領に、魔物を呼ぶ印を、ばら撒いてた張本人でもある。わざわざ、ナイトメアから僕を解放しなくても、力技で倒せただろ?」


 俺は、少し考えてから、答えた。


「マロスの…夢を見たんだ」


「……夢?」


「歌ってる時、瘴気に触れたら、マロスの記憶が流れ込んできた。冷たい石の部屋や、マロスの母さんの優しい歌。……アスフォデルの実を、初めて食べた時のこと」


 マロスの顔が、固まった。


「マロスが好きになった、青い空、風の匂い、花の味。この美しいと思った世界を壊したくない、母が愛した世界を生きたいっていう夢を、どうしても叶えさせてやりたいと思った」


「……っ」


 マロスは、何かを言いかけて、口をつぐんだ。

 くしゃりと顔を歪め、慌てて天井を仰いで、それを隠す。


「……あー、もう。なんなんだよ、君。会ったばっかりの相手の心の中を、勝手に覗いてさあ。デリカシーってもんが……」


「それは…悪かった!でも、わざとじゃないんだが…」


「……いや、いいよ。まったく…おせっかいな奴がいたもんだね」


 マロスは、ぐしっと顔を拭って、もう一度笑った。無理に取り繕ったものじゃない、素の笑顔なんだなと思った。


 そこへ、ずいっと、エウリが顔を突き出した。


「ねぇ」


「うわっ、な、なにさ!?」


「あなた、これ、まだ持ってる? アスフォデルの実」


「……は?」


「さっきの、おいしかった。お腹空いたから、もっとほしい」


 マロスが、ぽかんと口を開けた。


「……君さあ、僕、今、結構シリアスな空気だったと思うんだけど」


「シリアスの空気より、おいしいものの方が大事」


「……ぶはっ」


 マロスが、堪えきれずに吹き出した。


「あはは!なんだそれ!君ら、変な二人組だなあ!」


 ひとしきり笑って、それから、マロスは、ぽつりと言った。


「……ねえ。僕、行く場所がないんだ。研究所には戻れない。どうせ戻っても処分されるだけだろうし、戻る気もないんだ。かといって、こんな出自の半分魔物の僕を、どこの街も受け入れちゃくれないだろうし、どこか身を隠して生きていける場所を知らないかな?」


「…じゃあ、一緒に来ればいい」


 エウリが、なんでもないように言い放った。


「コトギは優しいし、強いよ。あなたのアスフォデルの実、おいしいし。一緒に行こう」


「最後の理由、僕の食いもんじゃん…」


「大事な要素」


 マロスがまた笑って、それから俺を見た。問いかけるような目だった。本当に、いいのかと。


 俺は、肩をすくめた。


「うちのパーティ、前衛がエウリ一人で火力に全振りなんだ。盾役が、ずっと欲しかったんだよな。

 ……どうだ、マロス。うちのタンクとして、パーティに参加してくれないか?」


 マロスは、しばらく俺たちを見比べて。

 それから、自分の胸に手を当てた。さっき、紫の影が吸い込まれていった、その場所に。


「僕は…君たちを騙してしまったし、これから償わないといけない。お詫びに、盾でも壁でも、好きに使ってくれよ、先輩方」


 ぐっ、と、マロスが、手を握りしめる。

 その拳に、ほんのわずか、深い紫の影が、薄く滲んだ。穢れのない、澄んだ紫黒の力だ。


 マロスが、深々と、頭を下げた。


「僕の名前はマロス、この美しい世界を旅したいと思ってたんだ。これから、よろしく頼むよ」


「コトギだ。よろしくな、マロス」


「エウリ。アスフォデル、よろしく」


「エウリ先輩は…僕の名前をアスフォデルで覚えないよね…?」


 …ほら、エウリは元姫だし、人の名前を覚えるのはきっと得意…なはずだから…うん。


 ◇


 ダンジョンは、ボスとして機能していたナイトメアを失い、崩壊を始めていた。


 地面や壁から地鳴りが響き、天井から石が落ちてくる。


「うわっ、まずい! 崩れる!」


「コトギ、エウリ、こっちだ! 出口はこっちだ、僕についてきてくれ!」


 立ち上がったマロスが、ふらつく足で、それでも先導する。さすが、このダンジョンを根城にしていただけあって道に詳しいようだ。

 俺はバフの反動で動けなくなったエウリを背負い、マロスの後を追って、崩れゆく通路を駆け抜けた。


「重っ……エウリ、ハンマーが重いんだけど!?」


「これは私の大事な相棒、つまり、コトギの相棒でもある。文句言わないの」


「いや大事なのはわかるけど、文句も言いたくなるって!」


 崩落する天井をかいくぐり、俺たち三人は、光の差す出口へと飛び込んだ。


 背後で、ダンジョンの入口が轟音と共に崩れ落ちる。

 あの誘引の紋章ごと、悪夢の巣は土砂に飲まれて消えた。


 実際は、数時間程度ぶりの外なのだが、かなり久しぶりに外に出た気がする。草の匂い、風の音、茜色に染まる、どこまでも広い空。


 地面に転がったマロスが、その空を見上げて目を細めた。

 あの、地下で焦がれ続けた、広い空。今は橙色に染まっている、自由の空を、ようやく自由になった体で存分に満喫している。


「……外だ」


 ぽつりと、呟いた。


「ちゃんと、外にいる。…自由になったんだ」


 俺は、西日にあたってオレンジ色に染まる、マロスの横顔を何も言わずに見ていた。

 エウリは、俺の背中で、もう寝息を立てていた。ハンマーが本当に重くて、手がプルプルしてきた。


「よ、よし。とりあえず、街を目指そう。腕が限界になってきた…」


「あはは、了解。……あ、そうだ、コトギ」


「どうした?」


 マロスが、懐をごそごそ探って、小袋を取り出した。

 例の、アスフォデルの実だ。


「お詫びと、お礼だ!大事な実だけど、ひとつ分けてあげるよ」


 差し出された、白い乾物。彼の母親が愛し、マロスが初めて手にした、自由の味。

 俺は、一つ受け取って、口に放り込んだ。


 苦くて、甘い。

 不思議と、胸に染みる味だった。


「……うん。うまいな、これ」


「だろ~?僕の大好物だぜ」


 初めて会った時のような、軽い口調とおどけた態度。彼が自分を守るために作った感情は、簡単には消えないのかもしれない。

けれど、今となっては、それが彼らしさにもなっているのだろう。


「コトギ、エウリ…はもう寝てるよな。これからは僕が、君たちに襲い来る悪夢を追い払ってやるから、たくさん頼ってくれよな!」


 こうして、俺たちのパーティに、頼もしいタンクが加わった。

 ◇


Side 神様


「うわあああん! コトギくぅん! やっぱり、やってくれたあああ!」


 天界の観覧席は、嵐のような騒ぎだった。

 ペルが雲のソファの上で、感極まって転げ回っている。


「見た!? 見たよねアレス!? コトギくんの歌だよ!? 剣でも力でもなくて、歌で、あの哀れな魂を救っちゃったの! 私の最推し、優しすぎて、世界が眩しい!!」


「……ああ、実に見事だったな。戦いとは、単に腕っぷしだけを極めればいいというものではない。…ふっ、神になっても学びがあるとは、実にありがたいことだ」


 筋骨隆々の男神アレスが、腕を組んで深く頷いた。普段は戦いの巧拙にしか興味を示さない硬派な武神が、今日ばかりは、しみじみとした顔をしている。


「正直に言おう。私は、力で押し切ると思っていた。あの”軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)”があれば、戦闘経験の浅いナイトメアなど簡単に倒せるからな。事実、あの嬢ちゃんは見事に使いこなした。……だが、コトギは、最後の最後で、力での解決をやめ、本当の意味で相手を救うことができる手段として、歌を選んだ。我にはできない、彼らしい戦いだった」


「でしょ、でしょ!」


「武で勝つことと、人を救うことは違う。コトギは、それを本能で分かっている。戦の神として、その姿勢には、敬意を払うほかない」


 アレスが、軍神の太鼓を、ぽん、と一つ、静かに叩いた。


「ふふん。私の最推しだもの」


「お前が威張ることではないだろう」


 ペルは、水鏡の中の三人を、慈しむように眺めた。

 夕日の中、肩を貸し合い、笑い合いながら街を目指す、コトギとエウリと新しい仲間、マロス。


「ねえ、アレス。これで、ちゃんとしたパーティに近づいたね」


「ああ。……良いパーティだ」


「この子たちが、これから、どこまで行くのか……楽しみで、仕方ないわ」


 二柱の神は、頬杖をついて、世界で一番幸せそうに、その背中を見送った。



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