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神に愛されし声と言われたVTuber、異世界では歌って戦う最強吟遊詩人になります   作者: 綺凛
第2章 魔族編

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第17枠 ストレイシープ

 

「そうでしたか。俺たちは、ここに逃げ込んだ魔物を探してたんですが……ここに、来ませんでしたか?」


「魔物ぉ? 俺は少し前に着いたばっかりだけど、特に見てないなぁ」


 嘘を言っているようには見えなかった。どこかで見失ったのか、と考えていると、エウリがマロスにずいと一歩近づいた。


「あなた……何か、いい匂いがする。これは……」


 くんくんと鼻を鳴らすエウリに、マロスがやや引きつつ、懐から小袋を取り出した。


「ああ、これかな?アスフォデルの実を乾かしたものさ。少し苦いけど、甘くて、花みたいな香りがするだろ。よかったら、一つどうぞ」


 マロスは俺とエウリにドライフルーツのような食べ物を一つずつ分け、自分も口に放り込んで、幸せそうに目を細めた。


「……これは……おいしい……」


 エウリが、本当にうまいものを食べた時のリアクションをしている。同じように俺も一口かじった。

 途端、花のような甘く濃厚な香りが鼻を抜け、ほんのり苦い甘みが舌に広がる。変わった味の桃?みたいな味で美味しい。


「うまいな、これ。マロスさんが作ったんですか?」


「ああ、そうさ。えーと、名前なんだっけ、君たち。あ、そうだ、同い年くらいで、同じ冒険者だろ。敬語はなくていいぜ」


「名乗り忘れてた、ごめん。俺はコトギ、B級冒険者」


「私はエウリ。同じくB級」


「えっ、二人とも若いのに優秀なんだなぁ!俺なんて、まだC級になったばっかだよ」


 マロスは表情がころころ変わる男だった。目をぎゅっと見開く顔は、どこかコミカルで親しみやすい。


「そんな強い二人に、お願いがあるんだけどさ。よかったら、俺と一緒にダンジョンボスに挑んでくれないか?見ての通り、俺は盾役でさ。雑魚は盾で弾けるんだけど、ボスクラスになると火力が足りなくて」


 ここまで来たらボスにも挑戦したいというゲーマー魂があるし、他の冒険者と連携する経験も悪くないな。


「エウリはどう思う?俺はいいと思ってるけど」


「黄金肉が手に入らなかった悲しみを、ボスにぶつける」


 エウリも思いのほかやる気だった。それを見たマロスは「じゃあ、挑戦しようか」と、ボス部屋の扉の前に立った。


「俺は盾役だから、前で攻撃を防ぐよ。攻撃は頼んだ、先輩方」


 その後、俺はバッファーであること、エウリは近接アタッカーである事など、得意なことを共有しつつ、簡単な作戦会議を行った。


「…まぁ〜こんな感じでいいんじゃない?道中の魔物から、ここのボスはそこまで強くなさそうだし。

 それじゃ、ダンジョン攻略と行きましょう〜」


 ニコニコ笑いながら、マロスは大きな石扉を左右に押し開いた。


 扉の先は、円形の広間だった。

 そして、その中央に――巨大な魔物が、いた。


 5メートルはあるだろうか。人間の腕と脚に、獣の手足を継ぎ接ぎしたような、歪な四肢。全身は黒く、頭部からは細い角のようなものが伸びている。顔も体ものっぺりとして、得体の知れない不気味さがあった。


「なんだ、この魔物……巨人、か……?」


「これは……実体のある悪夢(ナイトメア)……?」


 エウリが、緊迫した面持ちでハンマーを構え直した。


「ナイトメア……?」


 冒険者ギルドの講習でも、魔物図鑑でも、見た覚えのない名だ。


「遥か昔に作られた、人造の魔物。生贄になった人柱の魔力を吸って、成長して、動く……異質な魔物。かつては、国を一つ滅ぼしかけたほどの、怪物って聞いた」


「人柱……誰かの命で動いてる、ってことか。じゃあ、このナイトメアと繋がってる、生贄にされた誰かが……」


 嫌な予感が、背筋を這い上がった。

 それと同時に、前を進んでいたマロスが、ゆっくりと、こちらを振り返った。


「……ごめんねぇ。騙しちゃって」


 マロスは、こちらを向いたまま、後ろ向きにナイトメアの方へと歩いていく。一歩、また一歩。俺たちから遠ざかり、あの怪物へと近づいていく。


「金色の羊を追いかけて、哀れにも誘い込まれた、可哀想な冒険者たち。

 君たちは夢を追いかけたまま、二度と覚めない、深い眠りにつくんだよ」


 演説するように、尊大に、彼は語った。

 そして、首にかけたネックレスを、自らの手で引きちぎる。


 その瞬間、彼の頭にあった犬の耳が、すうっと掻き消えた。代わりに、ぐるりと巻いた、羊のような角が現れる。


 ――黄金の羊。

 まさか、あの羊の正体は、こいつだったのか。


「僕の名前は、マロス・ナイトメア。君たちを喰らう、悪夢だよ」


 マロスがそう名乗った瞬間、丸まっていたナイトメアが上体を起こした。そして――その黒い巨体が、ぐにゃりと崩れ、無数の触手のような瘴気となって、マロスへと殺到する。


「な……!」


 瘴気はマロスの全身に絡みつき、彼を包み込んでいく。マロスの体が、黒い繭の中で膨れ上がり、肥大する。羊の角はそのままに、背丈はナイトメアと同じ、5メートルに届かんばかりとなった。

 腕は丸太のように太く、肩からは継ぎ接ぎの獣の四肢が幾本も生え、背には大盾と一体化した、岩のような甲殻がせり出した。


 マロスとナイトメアが、融合した。


「マロスはナイトメアの本体?…でも、どうやって?ナイトメアなんて、ここ数百年出ていないはず…」


 エウリが、ごくりと喉を鳴らした。


 まるで、動く瘴気の塊みたいだ。恐ろしいほどのプレッシャーが、マロス自身を炉にして吹き出している。


『ボ、ボク、マロス…ナイトメア…キミタチヲ……クラウ!!』


 融合したマロスの口から、壊れた声が漏れる。

 その瞳は、もう焦点を結んでいなかった。


 ◇


「……っ、エウリ、下がれ!」


 俺が叫ぶのと、巨大な腕が振り下ろされるのは、同時だった。


 ゴウッ、と。

 風を巻いて、丸太のような腕が広間の床を叩く。石畳が砕け、破片が礫となって飛び散った。俺とエウリは左右に跳んでなんとか回避する。直撃していたら、無事では済まなかっただろう。


「神威(カムイ)!!」


 一気に100%、全力のバフをかける。出し惜しみしている場合じゃない、明らかに、アラクネよりも強いプレッシャーを感じるのだ。


「まずは、足を止める!」


 エウリが地を蹴り、融合体の脚へと肉薄した。月地(げつち)の一撃が、継ぎ接ぎの膝に叩き込まれる。


 ドゴォン!


 巨体がぐらりと傾いだ。思ったより柔らかい、これなら倒せる!そう思った瞬間だった。


 崩れかけた傷口から黒い瘴気が噴き上がり、見る間に再生した。砕けたはずの関節が、何事もなかったかのように組み直される。


「……嘘」


 エウリが目を見開く。

 融合体は、傾いた勢いをそのまま利用し、もう片方の腕を、エウリめがけて薙ぎ払った。


「エウリ!」


 俺は床を蹴り、月炎(げつえん)を振るって、その腕の軌道に割り込んだ。漆黒の刃が、黒い表皮を裂く。

 手応えは硬いが、斬れないわけじゃない。腕の進路がわずかに逸れ、エウリが横っ跳びに躱す。


 だが――斬った傷は、一秒もしないうちに、塞がった。


「また傷が消えて…!」


「厄介だな…再生持ちかよ」


 そこからは、まさに悪夢としか言いようのない攻防だった。


 エウリが正面から打撃を重ね、注意を引きつける。俺はその巨体の攻撃を縫うように躱し、月炎(げつえん)で関節の継ぎ目を斬りつける。

 ナイトメアが吐き出される瘴気や、撒き散らされる黒い霧を、神威(カムイ)で強化した脚で躱す。


 攻撃が通用しない。

 いや、ダメージは入っている。エウリの一撃は継ぎ接ぎの体を砕き、俺の剣は表皮を裂く。

 だが、その全てが、数秒で元通りになる。まるで醒めない悪夢のように、終わらない攻防が続いていく。


 更に、時間とともに厄介な事実が追加で判明した。ナイトメアは傷つけるほどに、纏う瘴気が濃くなり、追い詰められるほど凶暴になった。

 腕の一振りが速くなり、瘴気の射程が伸びる。融合した直後の、のっそりとした動きが嘘のようだ。


 まるで、俺たちの攻撃から魔力吸い取り、強化されているように見える。


「コトギ、これ、終わらない!」


 息を切らしたエウリが叫ぶ。

 その通りだった。こちらの攻撃は全部なかったことになり、向こうの攻撃だけが、確実に俺たちの体力を削っていく。

 一方通行の消耗戦だ。時間が経つほど、不利になるのは、俺たちの方だ。


 どうすればいい、このままでは、という焦りが、判断を鈍らせた。


 さっきまでと同じように、ナイトメアが振るった腕を躱せるはずだった。だが、その攻撃は想定よりも一段速かった。


「――っ!?」


 避けきれない!

 咄嗟に月炎(げつえん)を盾にして、攻撃を受ける。


 ゴッ、という衝撃が、全身を貫いた。

 体が宙を舞い、広間の壁に、背中から叩きつけられる。


「ガハッ……!」


 肺の空気が、全部押し出された。神威(カムイ)で強化していなければ、剣で受け止めていなければ、即死していてもおかしくないダメージだった。

 口の中に鉄の味が広がり、左腕がだらりと下がる。肩で嫌な熱が脈打っている。たぶん、外れたか、折れたかしているな。


「コトギ!!」


 エウリの悲鳴が、遠く聞こえた。


 ……まずい。

 立ち上がろうとしても膝が笑って上手くいかない。月炎(げつえん)を杖にして、なんとか体を起こした。ナイトメアが、ゆっくりとこちらへ向き直った。


 頭を必死に回転させる。

 攻撃すれば再生され、傷つけるほど強くなる。このまま続ければ、削り殺されるのは俺たちだ。もう、俺たちが勝つ道はないんじゃないか。


「コトギ!動かないで、そこにいて!」


 エウリが、ナイトメアと俺の間に、割って入った。

 月地(げつち)を構え、たった一人で、あの巨体の前に立ちはだかる。


「……エウリ、無理だ、これ以上は――」


「コトギ。あの、特別なバフ」


 エウリが、振り返らずに言った。その背中は、いつになく据わっている。


「軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)、あれを私にかけて」


「!?でも、あれは――」


 ”軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)”は、神威(カムイ)を遥かに上回る攻撃強化のバフだ。前に一度だけ、俺自身が全力で使い、A級下位アラクネを倒したスキルである。だが、


「あれは、俺が自分で使った時でさえ、後で動けなくなるほどの反動があったんだ!それに、他人にかけたこと、ないんだぞ。エウリの体が、もつかどうか…」


「安心して。私、頑丈だから」


 エウリが、ちらりと振り返った。

 その白い十字架が浮かぶ緋色の瞳が、まっすぐに俺を射抜く。


「再生する前に、再生できないくらいの広範囲を、一発で潰す。ナイトメアを倒すには、多分それしかない。コトギの全力を、私にちょうだい」


 とんでもない賭けだ。エウリの体が反動で壊れるかもしれない。それでも――今、勝てる目があるとすれば、これしかないと考えてしまった。


「……っ、わかった!死ぬなよ、絶対に!」


「うん。コトギも」


 俺は、痛む体に鞭打って、ありったけの意識をスキルに集中させた。

 心臓が跳ね、体の奥で熱が渦を巻く。神威(カムイ)を重ね、重ね、極限まで濃縮する。赤いオーラが、エウリの全身から、炎のように噴き上がった。


 ドン、ドン、ドン――と。

 どこからか、太鼓の打音が響き始める。


「軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)!!」


 ドン!とひときわ大きな打音が鳴った瞬間、エウリのまとう赤いオーラが、目を灼くほどの輝きに変わった。彼女の足元の石畳が、エウリから発されるエネルギーに耐えきれず、放射状に砕け散る。


「……すごい。これが…コトギの全力」


 エウリが、月地(げつち)を両手で握りしめ、低く腰を落とした。


『ココココ、コロス……』


 ナイトメアが、咆哮と共に突進してくる。瘴気をまとった巨腕が、エウリめがけて振り下ろされた。


 恐ろしいほどの勢いがある腕が近づいてきても、エウリは避けなかった。


 地を蹴り、真正面から、その懐へ飛び込む。

 爆発的な加速により、もはやエウリの姿が消え、彼女が通った後にできた琥珀色の軌跡が、広間を一閃した。


「――はぁぁあああああ!!」


 月地(げつち)が、唸りを上げて振り抜かれる。

 融合体の胴の中心、瘴気のど真ん中に向けて、ハンマーがクリーンヒットした。


 ドゴオオオオオオオン!!!!


 爆発した、としか言いようのない衝撃が、広間を揺るがした。

 月地(げつち)に組み込まれた機構、後追いで発動した土の槍が地面から噴き上がる。ハンマーによる打撃と、土の槍による貫通と、それらを一体とさせたエウリの膂力による爆圧。

 その全てが、”軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)”で底上げされ、融合体の体を内側から食い破った。


 黒い巨体が、くの字に折れ、後方の壁まで吹き飛ぶ。瘴気が四散し、再生する間も与えず、継ぎ接ぎの体が、ぼろぼろと崩れていく。


 ……やった。

 今度こそ、再生が追いついていない。


 俺が、安堵に息を吐きかけた、その時だった。


 崩れていく黒い体の中から――声が、聞こえた。


『あ……ぐ……っ、いた、い……たすけ……て……』


 それは、先ほどまでの壊れた機械のような声じゃなかった。

 ナイトメアがはがれた普通の獣人、マロスの声だ。弱弱しくも、苦しみと、助けを求める声を発していた。


「……っ!」


 俺の心臓が、ぎゅっと縮んだ。


 崩れていく瘴気の奥に、人型のシルエットが見えた。融合が解けかけているのか、巨体が崩落するごとに、彼の本体が露わになっていく。全身を黒い瘴気に喰われ、苦悶の表情を浮かべて、もがいている。


 ”実体のない悪夢(ナイトメア)”…人体実験により生み出された伝説上の魔物、人柱から魔力を抜き出して成長する魔物。人体実験…人柱…もしかして、マロスは何者かの悪意によって、ナイトメアにつながれた犠牲者なのだろうか。


「コトギ……あの人って……」


 ”軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)”の反動が来たのだろう、赤いオーラが消えたエウリが片膝をつきながら、それでもマロスの方を見ていた。彼女も気づいたのだろう。

 もしかしたら、倒した相手が、本当は助けを求めて泣いている、哀れな被害者だということに。


「……どうにか、助けないと」


 俺は、痛む左腕を押さえながら、よろよろと立ち上がった。


 マロスは明確な敵だった。俺たちを騙し、殺そうとした。

 でも、彼を縛っているものの正体を、俺は薄々、感じ取っていた。何者かの悪意によって作られ、操られ、自分の意志とは関係なく、悪夢を演じさせられている――そういう存在なんじゃないか、と。


 崩れゆく瘴気の中で、マロスが、ぴくりと指を動かした。まだ、息がある。だが、このまま放っておけば、ナイトメアの崩壊に巻き込まれて、本体ごと消えてしまう。


「コトギなら、助けられる?」


 エウリが、静かに問うた。


「……ああ」


 おそらく、ナイトメアに戦える力はないだろう。だけど、本当に必要なのは、彼を縛りつけている呪いを、操りの糸を、どうにかして引き剥がすことだ。しかし、どうすればいい。剣で斬れるものじゃないし、力で殴れるものでもない。


 剣じゃ、届かないならば…


 俺にできることは、なんだ。

 俺が、この世界で誰よりも得意なことは。前世から、ただ一つだけ、ずっと続けてきたことは――。


「……エウリ。少しだけ、ナイトメアが暴れだしたときに、時間を稼いでもらえないか」


「うん。コトギは、コトギのやり方で」


 エウリが、満身創痍の体で、それでも頷いた。

 俺は、月炎(げつえん)を鞘に納める。崩れゆく悪夢の前に立ち、苦しむマロスを見据えて、ゆっくりと、息を吸い込んだ。


 戦いの只中で。瘴気の渦巻く、悪夢の広間で。

 俺にしかできない方法で、彼を救って見せる。


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