第16枠 黄金の羊を追え!
結局、俺とエウリの二人がかりでも、シックスシープは追加で一匹しか捕まえられなかった。
「まだ……食べたい」
「これは保存食にするって約束だろ。我慢だ、我慢」
冒険者ギルドで教わった通り、シックスシープの肉で保存食、いわゆるジャーキーのようなものを作ってみた。
その辺の木で燻してみただけだが、案外悪くない出来だ。元の素材がいいんだろうな、これは。
完成したジャーキーを魔法袋に回収している間、エウリがこっそりつまみ食いしようとするのを何度も止めた。
エウリは、魔力炉の欠損による栄養不足だと言い張るが、さっきシックスシープを一頭まるごと平らげた時に十分なエネルギーは確保できたと自分で言っていた。つまり、単純に食いしん坊なだけだ。
諦めきれない様子のエウリが、頬を膨らませながら、ひょいと近くの木に登って周囲を見渡し始めた。いや、どれだけ食いたいんだよ。確かにうまいけどさ。
しばらく辺りを見回していたエウリだが、何かを見つけたらしく、するすると木を降りてきた。
「珍しい色のシックスシープがいる。金色、ピカピカ」
「え、シックスシープって白だけじゃないのか?……さすがにそれは気になるな」
「よし、行こう」
エウリはハンマーを担ぎ、見つけた方向へさっさと歩き出した。俺は急いで焚き火の後始末を終え、後を追う。
シックスシープは肉が有名だが、毛も上質な素材として価値があるらしい。背負った魔法袋――アラクネ討伐の報酬で買った空間拡張型の代物だ――には、すでに白い羊毛をしまってある。金色ともなれば、相当な値がつくかもしれない。
エウリの食費という名の底なし沼に抗うためにも、金はあるに越したことはない。
移動していると、エウリが速度を緩め、木陰に身を潜めた。
彼女が指さす先を見ると、確かに、金色の羊毛をまとったシックスシープがいた。
「マジで金色だ……しかも、今まで見たどの個体より、でかいな」
「金色の毛、大きな体、きっと、極上……じゅるり」
「よだれ出てるぞ…さて、やるか」
エウリは覚悟を決めた目で俺を見た。
「コトギ、バフちょうだい」
「了解。……身体強化、神威」
赤いオーラがエウリから立ち上る。同時に俺の手からもうっすらと陽炎が揺らめいた。
目配せして、アイコンタクトで意思を通わせる。エウリが大きく回り込んでシックスシープの右側へ、俺は逆から左側へ。シックスシープを挟み込む布陣だ。
「うぉおおお!」
俺が突進すると、シックスシープは予想通り反対側、エウリのいる方へ逃げ出した。
その瞬間、地を打つ轟音とともに、横一線に土の槍が突き上がる。
エウリのハンマー”月地”の機構を利用した土の壁だ。これで進路を面で塞ぐ作戦――だったのだが。
黄金の羊は、自慢の巻き角で、土壁を真っ向から打ち砕いた。
「「えっ!?」」
シックスシープは逃げ足こそ速いが、力は弱く、角もさして硬くない。”月地”の土の槍を力ずくで破壊するなど、本来あり得ない。
「逃がすか!」
俺たちは砕けた土塊を蹴散らし、逃げる黄金の羊を追った。幸い、この個体はそれほど俊足ではないらしく、神威を纏っている俺たちなら、見失わずに追える。
しばらく追いかけっこを続けると、黄金の羊は、草木とツタで覆い隠された洞穴へと滑り込んでいった。
「なんだ?洞窟か…?」
ツタで見えづらいが、かなり大きな洞穴だ。
エウリは入口をじっと観察し、一歩だけ中へ入って、すぐに出てきた。
「ここ……ダンジョンだね」
「ダンジョン!?」
前世で憧れ続けた、異世界お決まりのコンテンツ”ダンジョン”。その初対面が、こんな唐突に訪れた。
噂には聞いていたけど、本当に存在するんだなダンジョンって。
そんな感動とともに、もう一つ気が付いたことがあった。
入口の岩肌に手をついた時、指先に違和感を覚えた。よく見ると、岩の表面に、何かが刻まれている。
「エウリ、これ」
ツタをかき分けると、現れたのは、どこか見覚えのある紋様だった。
幾何学的に入り組んだ、不吉な紋章。
――グレーブスの森で見つかった、魔物を呼び寄せる誘引の紋章。ガイさんが見せてくれた写しと、同じものだ。
「これって…まさか」
「ああ。グレーブスのと同じ、魔物を引き寄せる紋章だ…」
背筋に、冷たいものが流れた。
あの黄金の毛色、普通のシックスシープではあり得ない巻き角の硬さ。月地の土の槍を打ち砕いた異常な膂力。そして、こんな辺鄙な森の奥のダンジョン入口に、グレーブスのと同じ紋章。
偶然ではないだろう。
あの黄金色のシックスシープが、俺たちをここへ誘い込んだのか、それとも更に別な黒幕がいるのか。
ふと、俺はさっき追ってきた道を振り返る。黄金の毛が落ちていた地点、その一つ一つに、小さな印が刻まれているのが、今になって見えた。シックスシープが通った跡に、紋章が残されている。
「あいつ…走りながら、紋章を刻んでた、のか?」
ただの魔物に、そんな芸当ができるはずがない。
あの黄金の羊は、何者かの意志で動いている。あるいは、それ自体が、何者かなのか。
「……どうする、コトギ。引き返す?」
エウリが、月地を握り直して尋ねた。
迷いはあった。ガイさんの「西は物騒だ、首を突っ込むな」という忠告が頭をよぎる。グレーブスの紋章は、ギルドが撤去して終わった。これも、誰かに任せればいい話かもしれない。
「いや、このまま、あの魔物を追う」
俺は月炎を抜いた。漆黒の刀身が、洞窟の薄闇に沈む。
「グレーブスの紋章は、俺たちがたまたま魔物を事前に倒せたから影響がなかった。けれど、こんなに奥地にある紋章まで、ギルドが知っているわけもないし、このまま街に戻っている間にも、強力な魔物が出てくるかもしれない。」
俺は紋章を両断するように、月炎で切り裂いた。
切り裂かれた紋章は、うっすらと光を放って、そのまま消えていった。
ギルドの調査より、魔力または魔力を通した武器で紋章を破壊すれば、効力がなくなることを聞いた。試しにやってみたが、ここの紋章も同じように対処できることが分かった。
この紋章が、悪意のある誰かの仕業だと分かったのなら、ここで原因を突き止めたい。
「あの魔物が何かを企んでるなら、見過ごせない。…それに、放っておいたら、また誰かが、あの羊に誘い込まれて死ぬかもしれないだろ?だから、一緒に調査してくれないか、エウリ」
エウリは、じっと俺を見つめて――それから、ふっと笑った。
「うん。コトギは、そういう人」
彼女が、月地を軽々と肩に担ぐ。
「もちろん私も行く。一蓮托生、でしょ?」
「……そうだな、一連托生だ」
俺たちは顔を見合わせ、頷き合って、ダンジョンへと足を踏み入れた。
◇
洞窟の中は、外から見るより遥かに広かった。
入ってすぐ、人の手で削ったとしか思えないほど整った石壁の通路が広がっているのに気が付いた。天然の洞穴ではない。淡く光る苔のようなものが点々と生え、松明がなくとも進める程度の、ぼんやりとした明かりを与えてくれている。
「遺跡型ダンジョン、ってやつみたいだな」
この世界のダンジョンは、前世で俺が知っているものと、ほとんど同じ仕組みらしい。内部には魔物やトラップ、宝箱があり、最奥にはダンジョンボスがいる。魔物を倒せば体は消え、魔石とドロップアイテムを残す。最奥のボスを攻略すれば、ダンジョンそのものが崩壊する。
ダンジョンを発見すると、基本的に冒険者ギルドが安全管理を担う。攻略してしまっても構わないが、貴重な鉱石が採れる場所はあえて残したり、危険の低いところは新人の練習場に使ったりもするらしい。
なぜギルドがわざわざ管理するかと言えば――内部の魔物を放置すると、魔物がダンジョンから溢れ出す「ダンジョンブレイク」が起きるからだ。そのバランスを取るのも、ギルドの仕事だという。初心者講習で習ったことが、今になってじわじわ役に立っている。
そして、発見済みのダンジョンには、入口にギルドの印が刻まれる決まりだ。
「……このダンジョン、ギルドの印がなかったな」
誘引の紋章はあるのに、ギルドの管理印はない。つまり、未発見のダンジョン。あるいは――ギルドに知られないよう、何者かが秘密裏に用意した場所、ということになる。嫌な想像が、また一つ増えた。
石畳の道が、まっすぐ奥へと続いていた。
「ここのダンジョン、少し放置されていたのかも。空気中の魔力が濃い気がする」
「分かるのか?」
「ん、なんとなく。ダンジョンは、地脈の魔力が溜まる場所。誰も魔物を討伐しなかったり、攻略してないと、どんどん魔力は溜まっていく」
なるほど。もしかしたら魔力がたまりやすいダンジョンの方が、紋章の効力が高くて、魔物を呼び込むのに都合がいいのだろうか。
それとも、ダンジョンに誘い込んだ方が、遺体処理に面倒がなくていいというわけだろうか。
進むと、湿った足音とともに四体のグールドッグが現れた。グレーブス近郊で見たものより二回り大きい。眼が赤く光り、通路を塞ぐように這い寄ってくる。
「同じグールドッグでも、デカいな。やっぱり魔力が濃いせいか」
「コトギ、油断せずに行こう。普通のより強いかも」
「ああ。――神威」
二人に赤いオーラが灯る。
エウリが月地を横薙ぎに一閃し、先頭の二体をまとめて壁に叩きつけた。残る二体のうち一体が、彼女の死角から牙を剥く。
「させるか!」
俺は床を蹴って前へ出た。神威で強化された脚力で一足に間合いを詰める。月炎を振り上げ、エウリに食らいつこうとしたグールドッグの脳天へ、上段から振り下ろした。
ザシュッ、と。驚くほど軽い手応え。漆黒の刃が、硬いはずの頭蓋を豆腐のように断つ。アラクネから作った刃の切れ味と、神威を流し込んだ魔力による強化。月炎は、想像以上の業物だった。
「ありがと」
「お互い様、さぁ、気を付けて進もう」
二人で慎重に周囲を確認しながら、奥へ進む。道中、何度も分岐があったが、その度に壁にあの紋章が刻まれ、奥へ行くほど新しく、深くなっていった。
「印……どんどん増えてる」
「ああ。あの黄金のシックスシープ、ここを根城にして、紋章を量産してるのかもな」
現れる魔物の格も、進むほどに上がった。グールドッグの群れの次は岩の甲殻を持つ蟲型、その次は天井から音もなく降る影の魔物。
俺はバフでエウリを支えつつ、自分も月炎で遊撃と死角の処理を担った。
「コトギ、強くなった。最初に会った時は、もっと、ふにゃふにゃしてたのに」
「ふにゃふにゃって……まあ、エウリを助けたときは、ビビりながら戦ってたし、否定はできないけど」
俺たち二人の連携は、戦うごとに噛み合っていった。言葉を交わさずとも、目配せ一つで意図が通じる。湖畔で互いの全てを打ち明けた、あの日からの絆が、戦いの中で形になっていくようだった。
三層ほど降りた頃には、道は一直線になり、魔物もまばらになった。
「魔物、少なくなってきたな…誰かが先に進んでるのか?」
「宝箱もない。残念。黄金肉も、いない……」
追ってきた黄金の羊の姿も、いつの間にか見当たらなくなっていた。あれだけはっきり中へ入っていったはずなのに、道中、一度も追いつけないまま、ここまで来てしまった。まるで、奥へ奥へと、俺たちを手招きしているみたいに。
ってか、明らかに怪しい黄金のシックスシープを食べる気でいるのか…なんか腹とか壊しそうで怖いんだが。
モチベーションの上がらないエウリを連れて、さらに一層下ると、石造りの大きな扉が現れた。
「これが、ダンジョンボスの扉か……」
ここまで来て成果ゼロなのも癪だし、ボスに挑むか――そう考えた時、不意に、横から声がした。
「あらぁ?ひょっとして、冒険者かい?こんな辺鄙なダンジョンまで来るなんて、変わってるねぇ」
間延びした、どこか軽い調子の声。
暗がりから近づいてきたその姿が、明かりの中に浮かび上がる。
金髪に深い緑の瞳。長身でがっしりした体つき。頭には犬のような大きな耳が生え、首には変わった形のネックレス、背には大きな盾を背負っていた。
「獣人……? あなたも、冒険者ですか?」
「ああ。犬獣人の冒険者で、マロスってんだ。ソロで探索してたら、偶然このダンジョンを見つけてさ。ボスに挑むかどうか、迷ってたとこなんだよなぁ」
マロスと名乗る男は、獣耳につけたリング型のピアスを触りながら、困ったように笑った。
「ここの魔物、なんか知らないけど強いだろぉ?それに怪しい紋章もいろんなところにあるし、ボスも強かったらどうしようかなぁって迷ってたんだよねぇ」
彼は大きな伸びをして、こちらを伺うような視線を向けてきた。
初めてちゃんと話した獣人は、とても忠実そうには見えない犬獣人だった。




