第14枠 月を冠する武器
俺とエウリは、街の少し外れにある鍛冶屋を訪れていた。
他の建物より一回り大きく、煙突からは黒い煙が絶え間なく立ち上っている。近づくにつれて金属を打つ甲高い音が響き、扉に手をかける前から、熱気が肌に触れた。
中へ入ると、鉄と炭の匂いが鼻の奥に飛び込んでくる。
奥で槌を振っていた人物が、手を止めてこちらを向いた。
50歳くらいの男性だ。背は低いが肩幅が広く、腕が異様に太い。顔には煤がつき、眉間に深い皺が刻まれている。まるで物語に出てくるドワーフだなと思った。
彼は愛想のかけらもない鋭い顔つきで俺たちを一瞥する。
「いらっしゃいましたか。お待ちしておりましたぞ」
……そのイカつい見た目で、めちゃくちゃ執事みたいな喋り方なのか。
ギャップに内心で面食らう俺をよそに、男は淡々と続けた。
「私は鍛冶師のオロロと申します。お二人の武器は既に出来上がっております。少々お待ちを」
眉間に皺を寄せたまま、彼は奥の棚へ歩いていき、布に包まれた二つの塊を、作業台の上に置いた。
「アラクネの外殻は硬く、並の炉では加工もままなりません。ギルドから頂戴した大金を使い、特殊な熱処理を何度も繰り返し、ようやく形にできました。手間はかかりましたが、その分、胸を張ってお渡しできる一品になっております」
オロロさんが「まずは剣から」と片方の布をめくると、現れたのは漆黒の剣だった。
長めの刀身は、その全てが黒い。光を吸い込むような、深い闇の色をしている。アラクネの外殻の質感がそのまま残っていて、見る角度によって、表面が微かに揺らめいて見えた。柄には握りやすそうに布が巻かれている。
「お試しを」
促されて、俺は剣を手に取った。
見た目の重厚感に反して、驚くほど軽かった。前に借りていた鉄の剣より、明らかに軽い。それでいて手に伝わる感触は硬く、ずっしりとした存在感がある。軽さと重みが同居している、不思議な得物だった。
「アラクネの外殻は、硬度の高さの割に軽いのです。剣に最適の素材ですね。
それと、コトギ様は強化魔法をお使いとのことでしたので、刀身の芯に、魔力の通りの良い素材を仕込んでおります。簡易な杖の代わりにもなります」
「魔力を通しやすく…?」
俺は剣を握ったまま、神威を発動した。
体の奥から熱が滲み出て、腕を伝い、剣へと流れ込んでいく感覚がした。
すると、刀身がじわりと赤く染まり始めた。黒い外殻に赤いオーラが絡みつき、揺らめく炎のように、刀身を包んでいく。
めっちゃかっこいい!
厨二心をくすぐられていると、オロロさんが腕を組み、ふむ、と短く唸った。
「なるほど、なるほど。これは、傑作ができたようですな」
彼は満足そうな顔で説明を続けた。
「魔物を用いた武器には、稀に魔物の残滓が宿ることがございます。A級の魔物ならば、基礎的な能力の向上です。この剣は思いのほか魔力の伝導率が良く、コトギ様の魔力が、実によく馴染む性能に仕上がったようです」
赤いオーラを纏った、漆黒の剣。
……なるほど。これが、俺の剣になるのか。
か、かっけぇ……。
なんて心の声はおくびにも出さず、ありがとうございます、としっかり頭を下げて礼を言った。
夢にまで見た、自分専用の剣。
前世でソシャゲをやっていた頃、自分だけの武器があったらカッコいいよな、なんて思っていたけれど。まさか本当に手に入る日が来るとは。
なんだか隣のエウリから、ジトッとした視線を感じる気もするが、まあ、気にしないでおこう。男にとって、自分専用の武器はロマンなのだ。この尊さは、エウリには分かるまい。
「この子の銘は、"月炎"とさせていただきました。遠い昔の異世界人が著したという書物に登場する、赤い悪魔の持つ剣の名です」
「え、異世界人いるんですか!?」
思わず声が大きくなった。
……そういえば。俺が異世界から転生してきた話をした時も、エウリはそれほど大きな反応をしていなかった。あれは、この世界に異世界人という概念が、既に存在していたからか。
「ええ。異世界人は、ごくまれにいらっしゃいます。とはいえ、ここ数百年は耳にしませんので、もはや伝説の類いですが。
彼らが残したと伝わる書物は人気で、今なお広く読まれておりますよ」
珍しいけれど、前例がなくはない、くらいの扱いか。道理で、エウリも湖畔で取り乱さなかったわけだ。
…それにしても、"月炎"か。銘までカッコいいじゃないか。ますます厨二心がくすぐられる。
次にオロロさんが布を取り払ったのは、巨大なハンマーだった。
全長は、エウリの背丈より少し低いくらい。頭部はアラクネの外殻を分厚く重ね合わせた構造で、黒光りする表面に、複雑な模様が走っている。柄は頑丈な金属製で、握りには革が巻かれていた。
全体のフォルムは、こないだの借り物のハンマーと同じくらいの大きさだ。
「こちらには、特殊な機構を施しました。事前に、エウリ様の武器へ素材と魔石の大部分を回す、と伺っておりましたので」
二人で冒険を続けるなら、魔力炉の欠損で魔法が使えず、近接攻撃が100%のエウリが自然と前線を担うことになる。だから危険性の高い彼女に武器に、素材と魔石の大半を注ぎ込むことにしたのだ。
鍛冶師がハンマーの頭部を指した。
「ご存じかもしれませんが、強力な魔物の心臓には、魔石と呼ばれる核がございます。
アラクネの魔石には土の魔力が宿っておりまして、今回はそれを利用し、打撃の衝撃と同時に、擬似的な土魔法が発動する仕組みを組み込みました。
衝撃の強さと、エウリ様の魔力操作で、出力は調整可能です。例えば、地面に叩きつけて土の槍を発動することもできます」
「土の槍が、出る?」
エウリが、食い入るようにハンマーを見つめている。
さっきは興奮を隠しきれない俺をジト目で見ていたエウリも、自分の番となると、もう目が完全に輝いている。そうだよな。自分の武器って、いいよな。
「庭に、余ったアラクネの端材で人形を用意しております。お試しを」
裏口へ案内されると、そこには黒く染め上げられた鎧をまとう、立派な的人形が立っていた。
エウリはハンマーを手に取ると、重さを確かめるように、何度か持ち直した。アラクネ素材の軽さゆえか、ぶんぶんと無理なく振り回せている。
「エウリ、どうだ? 重くないか」
「ん。軽い」
エウリは的の前まで歩いていき、ハンマーを構えた。一度深く息を吸い、踏み込みながら、思い切り振り下ろす。
ドオオオン!!!
轟音とともに、金属の砕ける音が響いた。
ハンマーは人形の頭から腰までを一息に押し潰し、勢いそのままに地面を叩く。
その一瞬後――地面が爆ぜるように弾け、人形の足元から、土の槍が一斉に突き上がった。潰れた人形は槍に撃ち抜かれ、宙を舞ってから、地面に墜落する。
上半身は原形をとどめず、下半身は槍に貫かれた跡だらけ。見るも無残な有様だった。
エウリが、ハンマーを肩に担いで振り返る。
「すごい」
発したのは短い一言だけだが、満足そうに、ハンマーをぶんぶん素振りしたり、陽光にかざして黒い光沢を眺めたりしている。
普段はどこか飄々として感情の読みにくい彼女が、これほど分かりやすく上機嫌なのは、食事以外では珍しい。
「……余った素材は好きに使っていいと言われたので……長く使えるよう、特に丈夫に拵えた鎧、だったのですが……それが、一発で……」
横を見ると、オロロさんが少し顔を青くして、ぶつぶつと小声で何か呟いていた。が、聞かなかったことにしよう。
「この子、名前あるの?」
オロロさんが、ハッと我に返る。
「え、ええ。"月地"と名付けました。お二人が、月を冠する名の得物を掲げ、いずれ伝説の冒険者となられることを、祈っております」
月炎と、月地。
二つセットのような素敵な銘である。
伝説の冒険者というのは、S級のことだろうか。走り出したばかりの今の俺には、まだ遠すぎて想像もつかない。だが、元配信者として、生粋のゲーマーとして、テッペンを目指すのは、なんだか燃える目標だ。
その後、試し打ちで木っ端微塵になった鎧の残骸を抱える、オロロさんの背中があまりに哀愁を漂わせていたので、弁償を申し出た。
だが、素材そのものが駄目になったわけではない、作り直せる、と固辞された。
職人の矜持と、報奨金で受けた仕事への律儀さが、あの仏頂面の奥にあるらしい。いい人だった。
武器を受け取った俺たちは、鍛冶屋を出て、宿への道を並んで歩いていた。
エウリは、新しいハンマー"月地"大事そうに両手で抱えていた。普段はあまり表情が変わらないが、武器を見る時だけは、はっきりと嬉しそうで、それが少しおかしかった。
「エウリは、ハンマーが好きなんだな」
「魔族領で過ごしてた時、姫だからと細身の剣しかもらえなかった。でも、私は力持ちだし、何よりおっきな武器で、敵をばったばったとなぎ倒す英雄に、憧れてたから。だから、このハンマーは、いいもの」
確かに、お姫様が自分の背丈ほどのドデカいハンマーを振り回していたら、それはそれは家臣も心配しただろうな。
最近、エウリよく話に出てくる、影武者兼親友のレイナさんあたりが、姫様それはおやめください、と止める姿が目に浮かぶようだった。
俺は、月炎の柄を手の中で転がした。
漆黒の刀身が、夕暮れの光を鈍く反射している。この剣を握るたびに、きっとあの森での戦いを思い出すだろう。
エウリが土の槍から俺を庇った瞬間も、神威を重ね掛けして、全身が燃えるように熱くなった、あの感覚も。
「よし。必要なものを揃えたら、エウリがこの街に来た方向、北へ出発しようか。――エウリの故郷に向けて」
「うん」
答えてから、エウリはふと、北の方角へ目をやった。
茜色に染まる空の、その向こう。遠くに、雪をかぶった巨大な山脈が霞んで見える。
「……でも、コトギ。北からは、行けないよ」
「え?」
「あの山脈、見えるでしょ?あれが、魔族領と人族領を分けているの。
山脈はすっごく高くて、強い魔物がうじゃうじゃいて、魔族でも人族でも、簡単には越えられない。私が来れたのは……レイナの転移魔法で、無理やり飛び越えたから」
なるほど。だからエウリは、事故のような片道切符で、こちら側に落ちてきた後、追っ手に追いつかれることが無かったのか。
「じゃあ、どうやって魔族領に行けばいいんだ?」
「正規に山脈を越える手段とか、その情報は、こんな辺境の街にはないと思う。
たぶん、西の大きな街まで行って、標高が低いところの山を超えるしかないかな」
北の壁を越えるために、まず西を目指す。遠回りだが、それが唯一、魔族領に行くことが可能なルートなのか。
「……でも、悠長に西回りしてて、お父さんは大丈夫なのか?反乱が起きてるんだろ」
俺が問うと、エウリは少しだけ考えて、それから、ふっと表情を緩めた。
「お父様は、すっごく強いの、魔族で一番ね。だから、すぐにどうこうなったりはしない。…ただ」
その瞳が、わずかに陰る。
「”叡魔”パルデ辺境伯がすでに大規模な反乱を起こし始めているなら、お父様はじわじわと追い詰められているのかもしれない。お父様は、個人の戦力として最強だけど、パルデ辺境伯は力でねじ伏せられる相手じゃないから。……だから、急いだ方がいいんだけど、今の私たちが力になれるか、心配」
焦りと、父への信頼、自分たちの戦力不足、それらの迷いと不安がエウリを悩ませているようだ。
ならば、俺にできるのは、彼女が安心して急げるように、隣で力をつけていくことだろう。
「分かった。なら、西の街を目指そう。魔族領では、ここより強い魔物が出るらしいし、進めばそれだけ俺たちも強くなれる。
お父さんを救うために、もっと強くなろう」
俺が月炎を軽く掲げてみせると、エウリも、つられたように月地を担ぎ直した。
「うん。一緒に、強くなろう。コトギ」
黒い月が二つ、夕暮れの空に向かって、並んで掲げられた。




