第10枠 パートナーは色々と規格外
切りどころが分からず、ちょっと長めです
朝食の時間。俺は布団の中で、静かに覚悟を決めていた。
昨夜の夕食で、エウリの傾向は完全に把握した。彼女は食べる。とにかく、食べる。あの細い体のどこにそれだけの容量が収まっているのか、物理法則を疑うレベルで食べる。
昨夜なんて、隣の卓にいた二メートル超えのムキムキ冒険者が、彼女の食いっぷりを見て自信を失っていたほどだ。宿の女将さんは終始にこにこしていたが、あれは売上が爆上がりしたから喜んでいるのだろう。
金を稼ぐために、早く冒険者として成り上がらなくては…!
身支度を整え、部屋を出て、隣にあるエウリの部屋をノックする。
最初のノックには反応がなかった。二度、三度と叩くと、ようやく中で物音がして、ゆっくりと扉が開いた。
「おはよう、エウリ」
「お……はよ、コトギ。もう、あさ?」
半開きの目をこすりながら出てきたエウリの頭には、アホ毛みたいな寝癖がぴょこんと跳ねていた。服は昨日のままだ。そういえば、寝間着すら買ってやれていない。女性への配慮の欠如に、軽く自己嫌悪する。
あとで、寝間着とか必要なものを買ってあげないとな…なんでか娘の面倒を見るお父さんみたいな気持ちになってきた。
「朝飯の時間だよ。下の食堂に行こう」
「ちょうしょく……朝食!顔洗ってくる!」
“朝食”の一言で、とろんとしていた顔が一瞬で引き締まった。バタバタと部屋に引っ込み、ものの数分できちんとした身なりで戻ってくる。食事への執念がモチベーションのすべてみたいだ。
その後、食堂で目の前に並んだ朝食を見て、エウリがぼそりと呟いた。
「…少ない」
「いや、俺からすると十分多いんだけど」
パン、サラダ、大きめの皿に盛られた具沢山のスープ。グレーブスは辺境ゆえに土地が広く、気候も安定していて、農業も畜産も盛んらしい。だから安い、うまい、多いが料理の標準なのだ。
前世で昼夜逆転気味だった俺には、朝からこの量は正直しんどい。
もっとも、その心配は無用だろう。食べきれなかった分は、隣で朝から実力を持て余している胃袋が処理してくれる。
現にエウリは、すでにパンを片頬に詰め込んで、リスみたいにもきゅもきゅやっている。
……まあ、冒険者は体が資本だ。俺も頑張って食べるか。
その後、エウリは三度も追加注文した。女将さんは最初こそ愛想よく応じていたが、三度目には信じられないものを見る目になっていた。
気持ちは痛いほど分かります、物理法則的に考えられないですよね。
そしてこの食事代も、当然のようにツケである。というか、ツケを許可して貰えないとマズい。
女将さんは、エウリを俺の妹か何かだと思っている雰囲気だった。訂正する気力もなかった。
…まずい。本格的に、まずい。
早急に金を稼がないと、近いうちに宿を追い出される未来が、はっきりと見える。
「コトギ、顔色が悪い」
「ダイジョウブダヨ」
「嘘。なにかあった?」
「大丈夫だから。エウリは気にしなくていい」
エウリはしばらくじっと俺の顔を見ていたが、それ以上は追及せず、残りのパンをかじり始めた。察してくれたのか、単に食事に集中しただけなのか。たぶん、後者だろう。
朝食代もツケにしてもらい、女将さんに何度も頭を下げて宿を出た。
ギルドに着けば、一昨日のレグスパイダーの素材を売った報酬が受け取れるはずだ。それでどうにかツケを返せる計算になる。そう自分に言い聞かせながら、エウリと並んでギルドへ向かった。
◇
遅い時間に来たからか、ギルドは閑散としていた。
受付に行くと、エウリの登録の件はすでにガイさんへ伝わっていたようで、ほどなく当人が奥から現れた。
「おう、来たか。昨日話したとおりだが、今日はエウリの冒険者登録をする。普段は受付で仮登録で済ますんだが…すまんが、出自のはっきりせんエウリは、俺が付き添う。
別室で鑑定から登録まで一気にやっちまうぞ。コトギ、お前も来い。保護者としてな」
いつの間にか、俺がギルド公認の保護者になっている。
「妹さんだったんですか?美男美女の兄妹で素敵ですね!」
「いや、…ははは。ありがとうございます」
受付職員さんの勘違いを訂正しようとしたが、エウリはどうでも良さそうな顔をしてるし、ガイさんは早く来いと手招きしていたので、そのままにしておいた。
そんなやり取りはさておき、昨日の新人講習で使った別室に移動し、ガイさんが出した書類に、エウリがすらすらと記入していく。
……そういえば、この世界の文字、俺も普通に読めるし書けるんだよな。意味が直接頭に入ってくる感覚だけど。
これも神様謹製の体の機能なんだろう。便利だし、改めて考えると、なかなかに反則だ。元の世界だったら、翻訳者として職には困らなかっただろうな。
記入を終えると、ガイさんが測定水晶を取り出した。
「俺、少し離れてようか?」
ステータスは他人に見せないのが基本だと聞いた。それくらいの配慮はすべきだろうと声をかけたが、エウリはふるふると首を振った。別に気にしないらしい。彼女はそのまま、水晶に手をかざした。
俺が登録したときと同じように、水晶の中で淡い光が渦を巻き、紋様を結んでいく。
「「……は?」」
俺とガイさんの声が、綺麗に重なった。
俺の目には、エウリの異質なステータスが見えていた。
名前:エウリ・ディーチェ
職業:魔王の娘
等級:F
スキル:欠損中
加護:魔王の加護
スキルが欠損中となっている。スキルの欠損ってなんだ?もともとは持っていたけど、怪我とかで失ったということだろうか。今のエウリは普通に動けているし、スキルを失った理由が分からないな。
そして、職業にある“魔王の娘”という記載。もしかして、エウリは魔族なのか?
この世界に来てから、魔族という言葉自体、まだ一度も聞いていない。よくある異世界テンプレで言えば、魔族は人類と敵対する種族。
その魔族を束ねる王である“魔王”の娘…謎めいたステータス表記に対して、様々な疑問が湧くが現状は何もわからない。
目の前でぼーっと座っている、大食いで方向音痴で、Sランクビジュの、この子が魔王の娘…?
ぐるぐると疑問が回り始めたところで、ガイさんが神妙な顔で口を開いた。
「……まさか、ステータス表記が文字化けするとはな」
「え?」
「ん?ああ、知らんでも無理はないか。判定水晶は、昔に大賢者が編み出した魔法でできていてな。文字化けなんてエラーは、まず起きん。前例がほとんどないから、原因も分からん。
しかし、コトギの加護といい、エウリのステータスといい、知らんやつから見たら怪しいコンビだな、お前ら」
ガイさんは別の水晶に取り替えて試したが、結果は同じだった。文字化けばかりだ、と唸っている。
……つまり、こういうことだ。
この世界の標準的な判定水晶では、エウリのステータスは正常に読み取れず、文字化けする。だが、神様謹製の俺の目には、しっかりと正規の中身が見えてしまっている。
俺がおかしいのか、判定水晶がおかしいのか。考えるまでもない。おかしいのは、どう考えても俺だろう。
エウリ本人は、自分のステータスがどう見えているのか。特に興味がないのか、終始ぼんやりと座っていた。
結局、今日のところは鑑定を諦めようということになった。代わりに、ガイさんが口頭で聞き取りを始める。
「仕方がないから、口頭で聞き取りするぞ。まずは得意なことと、冒険者になって何がしたいかを教えてくれ。」
「力を使うことは、得意。冒険者になって、おいしいものをいっぱい食べたい。……あ、あとコトギに、恩返しをしたい」
恩返しが、完全におまけの位置である。
いや、別に恩を売ったつもりはないので構わないのだが、ここまで食欲が動機の上位に来ているのは、いっそ清々しかった。
「なら、稼げる冒険者になるこった。…よし、登録完了だ。今後の方針を二人で決めたら、受付に来い」
ガイさんはそう言い、エウリに冒険者証を渡してから部屋を出ていった。
完全に、これからもエウリの面倒を見ろという流れになっている。とはいえ、俺もこの世界に知り合いはいないし、一人より二人の方が、心強いのは確かだ。
「エウリ。これからも俺と一緒に行動する、ってことでいい?」
「いい。さっきも言ったけど、恩返しするから。…だめ?」
うっ。
最高ランクのビジュが上目遣いで覗き込んでくるのは、破壊力が尋常じゃない。リアル女性会話スキルFランクの心臓には、刺激が強すぎる。
「だ、駄目じゃない。じゃあ、一緒に頑張ろうな」
そう言うと、エウリは柔らかく笑った。
それから二人で、今後の方針をすり合わせた。
俺は、自分がバッファーであること、戦闘経験は浅いこと、そしてこの世界の常識に疎いことだけを伝えた。
異世界から来たことや、神様が作った体とかまでは言わなかった。信じてもらえるか分からないし、もう少し関係ができてから打ち明けたほうがいいだろう。
エウリは、近接戦闘に自信があること、腹が満ちていれば力を出せて、空腹になると動けなくなること、を教えてくれた。あの森で襲われた時は、一週間近く何も食べておらず、ほぼ死にかけだったらしい。
あの食欲は、ただの食いしん坊ではなく、力の燃料だったわけだ。そして彼女も、自分には常識があまりない、と言った。
お互い何かを隠している。それは、はっきりと感じていた。
だが、知り合ってまだ二日だ。スキルのことも、魔王の娘という称号のことも、こちらから踏み込むのは違う気がした。俺だって、異世界転生も神様もダッシュボードも、何ひとつ話していないのだから。適度な距離と、適度な秘密があっていいだろう。
そうして、常識に疎い俺たちが出した結論、これからどうしていくかという方向性は、実にシンプルだった。
常識がいらない仕事、つまり、ただ何も考えず戦えば金が稼げる魔物退治をこなす。
そうして受付に来た俺は、机に手をついてうつむいた。
「……なんて脳筋なんだ」
「ノウキン、ですか?」
「あ、いや、なんでもないです!えっと、すみません、薬草採取とスライム討伐をお願いします」
とりあえず簡単そうな依頼を申請すると、受付嬢が頷いた。
「承りました。ご存じかと思いますが、例の区域周辺は先日の件で立ち入り禁止です。別な森の浅いところで依頼をこなしてくださいね」
先日の件。レグスパイダーとBランクの魔物が出た、あの一件だ。この街の周辺は本来、強い魔物が出ず、縄張り意識も強いため、高ランクの魔物が突然現れることはない。
だからこそギルドは、あの異常を重く受け止めているらしく、高ランク冒険者が原因を調査し、脅威がないと判断するまで、事件があった周辺の森は当面立ち入り禁止だという。
北側の魔物が何かに引き寄せられている、というエウリの証言と、繋がる話だ。何かが、この街の北側で動いているのかもしれない。
「それと、お二人は初任務ですので、半年間、武器と防具をギルドからお貸しします。裏手に保管庫がありますので、そこで好きな武具を選んでいただいたら、窓口で貸与登録をしてくださいね」
受付嬢に案内されて裏手の倉庫へ向かう。鍵のかかった建物の中に、武器と防具がずらりと並んでいた。
街の鍛冶屋から、弟子の練習で打ったものを格安で卸してもらい、無料で貸し出しているらしい。
良心的な制度だなと思いつつ、初心者講習の時に案内されなかった理由を聞いてみると、ガイさんが普通に忘れていたとのことだ。
なんでも、素手で冒険者登録を行い、初心者講習を受ける人間等は滅多にいないから、うっかりしていたそうだ。…それは俺にも非があるかもしれない。
「うーん、武器か……」
前世で武道の経験はゼロ。一昨日の戦闘は、某対戦ゲームの動きを再現しただけだ。素手でも戦えるかもしれないが、防御力的に硬い魔物も出るだろうし、何よりこぶしでの接近戦は怖い。もうちょっと間合いが欲しい。
「ここは王道ってことで、剣にしようかな」
両刃のまっすぐな剣を手に取る。長さもイメージ通り、重さも許容範囲だ。倉庫の外の試し斬り設備へ向かい、木を粗く人型に削った的に、袈裟懸けで振ってみた。
ガッ、と的に食い込む。
「おお、そんなに力を入れてないのに、結構いくな。よし、これにしよう」
武器の良し悪しは分からないが、無難な剣で十分だろう。この体なら、剣を振り回す筋力は余裕であるし。
「コトギ、私はこれにする」
素振りをしていると、後ろからエウリの声がした。
「お、決まった?どんな武器にし……た……」
振り返って、目に入った景色を見て思考が停止した。
エウリは、自分の胴体よりも太い頭部を持つ、巨大なウォーハンマーを、片手で軽々と提げていた。
「えええええ!?お、重くないのか!?」
「ん。別に、平気」
そう言うが早いか、エウリはハンマーをぶんぶんと、風切り音が鳴るほどの速度で振り回し始めた。そして近くの別の的へ向かって、無造作に振り下ろす。
ドッゴォォォォォォォン!!!!
爆音によって耳はキーンと鳴り、土煙によって視界が真っ白になる。
煙が晴れた先には、文字通り粉々になった木片が散らばっていた。轟音と衝撃を受け、ギルドから職員や冒険者が様子を見に集まってきた。そして、粉々になった的と、ハンマーを軽々振り回すエウリを見て唖然としている。
「……やばいな。本当に」
魔王の娘、という文字が、嫌でも脳裏をよぎる。
なるほど、力を使うのが得意、は誇張でも何でもなかったらしい。
エウリは、どこか得意げに、ふふん、と胸を張っていた。
この的の修繕費とか請求されないよな…?
◇
動きやすい防具を選び、窓口で総部の貸与登録を済ませて、俺たちは討伐目標のスライムが出るエリアへ向かった。ちなみに、的の修繕費は請求されなかった。
武器を選んだあと、ギルドでも、街路でも、身の丈ほどもある巨大ハンマーを担いだエウリを二度見する者が後を絶たなかった。絵面がもう、規格外なのだ。
目的地の森は、一昨日の事件があった場所と同じく、静かだった。
警戒しつつ足を踏み入れてすぐ、依頼の薬草を見つけ、二人でむしっていく。エウリは薬草採りも、というか森を探検すること自体が楽しいらしく、終始上機嫌で進んでいった。
俺としては、男らしく前を歩きたい気持ちもあったが、それ以上に、筋金入りのインドア派には森歩き自体が慣れてないせいで苦戦して、ついエウリの後ろを歩いてしまう。
「よし、薬草は十分だな。次はスライムを探そう」
「うん」
しばらく歩くと、前方の茂みで、何かが草をかき分ける音がした。エウリと顔を見合わせ、頷き合って、足音を殺して近づく。
茂みの先にいたのは、半透明の、ぶよぶよした物体だった。地面をゆっくりと這っている。
「おお……これがスライムか……」
初めて見るファンタジー定番の魔物に、変な感動が込み上げた。改めて、本当に異世界に来たんだなと実感する。
「よし。まずは俺から戦ってみていい?」
小声で確認すると、エウリがこくんと頷いた。
「よし……神威」
身体強化を控えめに発動し、一足でスライムへ詰め、ギルドに借りた剣を鞘ごと横薙ぎに振るう。
バシャン、と。半透明の体が爆ぜて、後には小さなビー玉のような石が一つ残った。
「思ったより簡単だな!」
このビー玉みたいなものがスライム核のようで、討伐証明になるそうだ。
今のやり取りの中で、スライムは一切反応しなかったし、文句なしの最弱魔物だろう。とはいえ、スライムは放置すると恐ろしい大きさに育ち、酸の液を撒き散らす厄介な存在になるというから、侮れない。
次はエウリの番だ。少し移動すると、今度はスライムが2体現れた。
「コトギ。私にも、さっきのバフちょうだい?」
「いいけど、無くてもそのハンマーなら余裕じゃないか?」
「バフ、かけられてみたい。経験したことがないから」
「あー、なるほど、いいよ。ただ、ちょっと変なスキルなんだ。バフの効果とかは、内緒にするって約束してくれるか?」
「もちろん。私とコトギは、一蓮托生」
「いや、そこまでの仲ではない気が……まあ、いいか。よし、いくぞー…神威」
薄い赤のオーラが、エウリの体からゆらりと立ち上った。自分では気づかなかったが、体感五割くらいのバフから、赤いオーラのようなものが立ち上るようだ。
「おお……力が、湧いてくる……」
エウリは自身の両手を見つめて、わなわなと震えた。
なんだか、禁断の力に手を出した悪役みたいな台詞と動きである。
エウリは手を握ったり開いたりして感触を確かめると、ハンマーを構え、2体のスライムへ飛び出した。
風を切る速度で肉薄し、巨大なハンマーを振りかぶる。
――エウリがハンマーを振り下ろす勢いを見て、なんだか嫌な予感がした。
ドッゴオオオオォォォン!!!!
さっきのギルドにあった的の破壊を遥かに上回る轟音が、森を揺らした。
土煙が晴れた後、スライムがいた場所には、まるで小型の隕石でも落ちたかのような、巨大なクレーターだけが残っていた。
スライムはもちろん、跡形もなく消え去った。
「…少し、張り切りすぎた」
恥ずかしそうに、ハンマーを引きずって戻ってくるエウリに、俺は思わず半歩、後ずさってしまった。
…仕方ないと思う。なんとなく本能で後ずさってしまったのだ。
ぽこん、と。
視界の端で、軽い音が鳴った。
現在の視聴者 5
……視聴者が一人増えてる。
しかも、絶対に今のエウリのクレーターで増えたやつだ。あの神様たち、こういう規格外な絵が好きなのかな。
視界に写る爆心地と、少し恥ずかしそうに、でもどこか得意げなエウリを見比べた。
魔王の娘で、大食いで、方向音痴で、ハンマーで地形を変えることができる、俺の新しい相棒。
……前途は、いろんな意味で多難そうだった。




