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神に愛されし声と言われたVTuber、異世界では歌って戦う最強吟遊詩人になります   作者: 綺凛
第1章 新たな活動のはじまり

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第9枠 大食い少女、エウリ

 

 翌日。

 ギルドマスターのガイさんに言われた通り、昨日、助けた女性が休む医務室へ向かった。


 途中、ギルドにいた冒険者や受付の職員から、格上の魔物に立ち向かい、人命救助を行った期待の星だと、もてはやされた。

 

 噂ってのは広がるのが早いものだなと思いながら、医務室の扉をノックする。

 中から昨日の医者の声が聞こえたので、扉をゆっくりと開けた。

 

 扉を開けた瞬間、想定外の光景が目に飛び込んできて、俺はドアノブを握ったまま固まった。

 

 昨日まで意識を失っていたはずの彼女が、寝台の上で背筋をぴんと伸ばして座り、木製のトレイに山のように盛られた料理を、黙々と平らげていた。

 

 両手にパンを一つずつ。卓上にはスープが二杯、肉の煮込みが大皿で二つ、果物の盛り合わせ。そしてその脇には、同じような料理が乗っていたであろう空の皿が、倍以上、塔のように積み上がっていた。

 

「……え?」

 

 その異様な光景を前に、何も言葉にすることができない。

 

「ああ、来たね」

 

 奥から老医師がひょいと顔を出した。昨日と同じ、にやにやと楽しげな表情だ。

 

「驚いたかい?どうやらこの子は、回復力がべらぼうに高いようさね。朝には熱も下がって、傷もほとんど塞がってた。普通なら数日は寝込むほどの衰弱だったんだがね。

 食欲も問題ない、見ての通り、ありすぎるくらいさ」

 

 老医師の視線が、彼女の食事から、すうっと俺の方へ滑ってきた。

 

「というわけで、食事代もよろしく頼むよ」

 

「……はい」

 

 俺は遠くを見つめた。

 正直に言えば、俺自身、前世でもこんな豪勢な食事を一度に並べたことはない。これ、いくらになるんだ。

 こないだの酒場の稼ぎ、昨日のD級レグスパイダーを倒した報酬もまとめて消し飛ぶのでは?

 

 彼女がこちらに気づいて、食べる手を止めた。透き通った琥珀色の髪がさらりと揺れ、白い十字の浮かぶ赤い瞳が、まっすぐにこちらを向く。

 

「昨日の、助けてくれた人」

 

 声が、昨日より随分はっきりしていた。あの、消え入るようなかすれ声が嘘みたいだ。

 

「はい、そうです。体の具合は、どうですか」

 

「良くなった。あなたのおかげ。ありがとう」

 

 彼女が、ふわりと笑った。

 花が咲くような、と陳腐な比喩が頭に浮かんで、でもそれ以外に言いようがなかった。本当に、現実離れした美しさだ。

 ソシャゲで実装されたら、最高レアの期間限定キャラで虹の確定演出だろう。天井まで回して、リアルマネーを溶かす人間が続出するに違いない。

 なんなら俺も完凸を目指す気がする。

 

「……い、いえ別に」

 

 余計なことを考えていたせいで、まともな返事すらできなかった。リアル女性会話スキル、Fランクである。

 

 その様子に老医師がかっかっかと笑い、彼女はまた何事もなかったように食事へ戻る。もぐもぐと頬を膨らませる姿は、頬袋に餌を詰める小動物に近かった。

 

 しばらくして、ガイさんがやってきた。

 

 積み上がった空の皿の塔を見て、ガイさんもさすがにぎょっとしていたが、彼女が一通り食べ終えた頃合いを見て、ようやく話を切り出した。

 

「体が動くようなら、少し聞かせてくれ。名前と、どこから来たか。それと、なぜあんな場所で魔物に囲まれていたか」

 

 彼女は、ぱくり、と最後の果物を口に運んでから、こくんと飲み込んだ。

 

「私は、エウリ」

 

「エウリだな。出身はどこだ?この国か?」

 

「…少し、言いにくい事情がある」

 

「ふむ。事情、か」

 

 ガイさんはエウリの顔をしばらく見ていたが、それ以上は追及しなかった。脛に傷があろうと事情があろうと、ギルドは過去を詮索しない。昨日、俺自身がその鉄則に助けられたばかりだ。

 

「…では、昨日のことを聞こう。あの森で、何か変わったものを見なかったか。普段あそこには低級の魔物しか出ないはずだった。だが昨日は、Dランク、それにBランクまで急に現れた。少なくとも俺がこの街に来てから十年はなかったことだ」

 

 エウリの表情が、わずかに翳った。

 

「…はっきりとは、分からない。でも、旅の途中、北の森を抜けてきた時から、魔物の様子がおかしかった。何かに吸い寄せられるように、南に向かって移動していくのを感じた。それも普段は縄張りから動かない魔物も、群れで南へ移動していた。」

 

「何かに吸い寄せられる…誘導されてるのか…?それとも…」

 

 ガイさんの目つきが、鋭くなった。普段は縄張りから出ないような魔物まで、何かに誘導されている。この世界のことをあまり知らない俺が聞いても異常事態だと感じる。

 

「…わかった。詳しく聞きたいが、それはお前さんが本調子に戻ってからでいい。それと、しばらくこの街に滞在するなら、後で受付に来い。身分証もないと不便だろう、新人冒険者として登録するといい」

 

「ありがとう」

 

 エウリは少し眠そうな顔で、こくりと頷いた。

 

 話を済ませると、ガイさんは「今回の件について調査を急ぐ。エウリとやらの話はいい手がかりになった。すまんが、念のために、もう少し様子を見ていてくれ」と俺に一言残して、執務室へ戻っていった。

 

 医務室には、俺とエウリと、老医師の三人が残された。

 

 老医師がお茶を運んできて、俺の前にも一杯置いてくれた。

 

 エウリが、改めてこちらを見た。さっきまでの眠そうな顔から一転、妙に真剣だ。

 

「あなたが、医療費を払ってくれたと聞いた」

 

「あ、はい…成り行きですけれど」

 

「食事代も」

 

「…それも、はい」

 

 彼女はすこしだけ身を乗り出し、何か力強いプレッシャーをまとい始めた。

 

「恩返しを、させてほしい」

 

「いやいや、いいですよ。そんな大した額じゃ……」

 

 ないとは言い切れなくなってきたが、見栄を張った。

 

「金額の問題じゃない」

 

 ぴしゃり、と。

 彼女はまっすぐに俺の目を見ている。というか、見つめる視線の圧が、じわじわと増していく。

 え、なんか俺怒られてる?なぜ…?

 

「私は、受けた恩を返さないまま終わりにしない。絶対に、恩は返す」

 

 …これは、あれだ。一度決めたことを絶対に曲げないタイプだ。

 

 ふんわりした見た目と眠そうな雰囲気に騙されかけたが、この子、芯のところがやたらと固そうである。瞳の奥の十字が、心なしか、ぎらりと光った気すらした。なんだか、こっちが悪いことをしているような気分にすらなってくる圧である。

 

 そこ、おばあさん。陰でかっかっか笑ってないで、止めてくれませんかね。

 

「…分かりました。じゃあ、何か困った時に、力を貸してもらえれば」

 

「分かった」

 

 エウリが、短く、満足げに頷いた。それで話は決着した、という空気だった。なんだか押し切られた気もするが。

 

 お茶を一口すすって、俺は会話を続けようとした。が、何を話せばいいのか分からない。リアルの女性相手の雑談は、前世から苦手中の苦手だ。沈黙が、じわじわと重くなる。

 

「あなたは、冒険者なの」

 

 向こうから話を振ってくれた。めっちゃ助かるが、こんな自分が情けなくも思えてきた。

 

「はい、一応。吟遊詩人として登録したばかりで、まだ駆け出しですけど」

 

「吟遊詩人……」

 

 やっぱり吟遊詩人は珍しいのだろうか。彼女の白い十字架が浮かぶ瞳がきらきらと輝き始める。

 

「歌を、歌うの」

 

「ええ、まあ。酒場で歌わせてもらったりしてます」

 

 吟遊詩人の歌が好きなのだろうか。俺の場合は、この世界の音楽ではないから、期待に応えられるか心配になってきた。いずれは何かの楽器も欲しいな。

 

「聴いてみたい」

 

「え、今…ですか?」

 

「いつかでいい」

 

 そう言って、彼女はまた、すうっと眠そうな顔に戻った。とんでもなくマイペースな子である。

 

 というか、この人、何歳なんだろう。ぱっと見は俺と同じか、少し下くらい。普通の人族に見えるけど、あの食事量と、衰弱から一晩で復活する回復力は、明らかに普通じゃない。

 

 聞いてみたい気もしたが、女性に年齢を尋ねるのは失礼に値するし、そもそもそんな勇気もないので、やめておいた。

 

 しばらくして、エウリが「これから、宿…どうしよう」とぽつりと呟いた。

 すると、それを待っていたかのように、老医師が即座に口を挟んできた。

 

「決まってるじゃないか」

 

 俺とエウリが、同時におばあさん医師を見る。

 

 老医師は、にぃ、と口角を上げた。

 

「女の命を救ったなら、一人で立てるようになるまで面倒を見てやるのが男ってもんだろう?同じ宿に泊めてやんな。この子、見ての通り一文無しだしね」

 

「え、いや、でも俺とエウリさんは昨日会ったばかりで」

 

「だから何だい。昨日今日の仲だろうと、命の恩人は命の恩人だろ?それとも何かい、女と同じ屋根の下ってだけで、すぐ手が出ちまうほど、経験がないクチかい?」

 

「ぶっ!な、ないですよ、やましいことは何も!」

 

 老医師がにやにやと笑いを深めた。完全に弄ばれているな。

 

 いや、実際、女性経験なんてものは前世からきれいさっぱり皆無なんだけども。

 学生時代は陰を極めし者、社会に出てからは配信一筋。そういう縁とは無縁の人生だったんだが、それを言う必要は、断じてない。

 

「それにこの子は、まだ本調子じゃないのさ。そんな支えが必要なか弱い女に、一人で知らない街をふらつかせるのは心配だろう。あんたも心配で助けたいって思ったから、あの森から背負ってきたんじゃないのかい?」

 

 …それを言われると、何も反論できなくなってしまう。

 あの背中の軽さを、栄養失調だと言われた時の胸のざらつきを思い出してしまう。

 

 エウリを見ると、彼女は「眠いし、何でもいい」みたいな、ぼんやりした顔でこちらを見ていた。もう少し、自分のことなんだから真剣に考えてほしい。

 

 片方はにやにや、片方はぼーっとしている。

 もう何か理由をつけて断ることも馬鹿らしいのかもしれない。

 

「…俺の泊まってる宿、そんなに広くはないですけど、綺麗だし親切な方がやってます。たぶん、部屋は別で取れると思うんで、よければ、紹介します」

 

「……お願いします」

 

 エウリが、ちょこんと頭を下げた。

 

 老医師が、またかっかっかと笑う。

 

「いい男じゃないか、コトギとやら。わしがあと半世紀若かったら、惚れてたさね」

 

「半世紀って…いったいおいくつなんですか」

 

「かっかっか、女に歳を聞くもんじゃないよ」

 

 やっぱりこの世界でも、女性に年齢を聞くのは失礼に値するようだ。さっき、彼女に年齢を聞かなくてよかった。

 

「お嬢ちゃん、なんか困ったらここにおいで。ばばあの人生経験でも聞かせてやるさね」

 

 老医師はかっかっかと笑って、彼女の頭をなで、彼女もなされるがままになっていた。

 少なくとも七十は超えていそうな、やたら元気なおばあちゃんである。

 

 ◇

 

 おばあちゃん医師のにやにや顔に見送られて、俺たちはギルドを出た。

 

 おとなしく後ろをついてくるエウリと宿への道を歩く。

 …む、無言が、気まずい。

 

 石畳の上を歩く足音が、やけに大きく聞こえる。何か話さなきゃ…くそ、会話デッキを事前に組んでおくんだった…!

 

「あの、エウリさんは、その、体調は、もう」

 

「うん、かなり良くなった。……あと、敬語、いらない。エウリでいい。コトギ」

 

 彼女は、ふふん、とどこか得意げに胸を張って、元気になったことをアピールしてきた。

 なんだか、頑張りを褒めてほしい小さい子を見ているみたいで、ちょっと微笑ましかった。

 

「分かった。じゃあ、エウリ。明日はギルドで冒険者登録でいいんだよね?」

 

「うん。ひげの人に、登録しろって言われた」

 

「ひげの人って…ガイさんのことか」

 

「そう。それと、私、一度通った道を覚えられない。だからコトギ、一緒に来て」

 

「あー…方向音痴か。まあ、俺も明日ギルドに用があるし、一緒に行こう」

 

「うん」

 

 しばらく歩くと、エウリが、きゅう、とお腹を押さえた。

 

 間の抜けた音が、静かな路地に響いた。

 

「……お腹、すいてきたかも」

 

「さっき、あんなに食べてたよな!?」

 

 あの皿の塔を築いたばかりである。この細くて小さい体の、いったいどこにそれだけの食欲が収納されているのか。物理的におかしいんじゃないだろうか、エウリの胃袋は異世界につながっているのか。

 

 ……まずいぞ。これは、本気で稼げるようにならないと、近いうちに彼女の食費で破産する。冒険者として身を立てる動機が、何となく生きるためから、金銭的な死活問題に格上げされた瞬間だった。

 

「……宿のご飯、結構量があって美味いんだ。一緒に食べよう」

 

「うん!」

 

 エウリの顔が、ぱあっと明るくなった。

 あれだけ表情の変化が乏しいのに、食事の話になると、こんなに分かりやすく笑うんだな。

 

 その日、俺は宿の主人に頼み込んで、二人分の食事代をツケにしてもらった。

 

 そう。つまり、その場の持ち合わせでは到底足りなかったということだ。

 彼女は、そのくらい食う。

 

 腹も膨れたのに、なぜか痛む異を抑えながら部屋にもどって、ベットに倒れ込む。

 そして、いつものようにダッシュボードを開いた。

 

 現在の視聴者 4

 

 数字は変わらない。

 でも、なんとなく、画面の向こうの神様たちが、にやにやしている気配がした。

 

「はぁ…配信したいとは言ったけど、プレイベートの心配をしなきゃならないのは想定外だったな…」

 

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