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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第66話 報告書

天井は、高く、白い大理石の柱が、整然と並んでいた。

壁面の三方は、革表紙の冊子で、隙間なく、埋められていた。

ヴィレナ熱病に関する、これまでの研究の、すべての記録が、この記録庫に、すでに、納められていた。


中央の机の前に、私は、座っていた。


机の上には、新しい、白い羊皮紙の束。

ペン皿、青いんく、それから——アンナが、用意してくれた、過去七年分の、私の研究記録の、抜粋。


私は、ペンを、取り上げ、最初の一枚に、ゆっくりと、題名を、書き始めた。


——**ヴィレナ熱病解決、ならびに、蒼帯密売網摘発に関する、研究報告書**。


——著者、リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム、調香師。

——学府長承認、テオドール・フォン・レフナール、調香学府学府長。


題名の下に、私は、十数行の、概要を、書いた。

それから、目次。


——一、序論。本研究の、目的と、背景。

——二、ヴィレナの植物学的、識別と、香気成分の特定。

——三、ヴィレナ熱病の、症状と、病期分類。

——四、拮抗成分(白蒼苔)の、発見と、解毒法の確立。

——五、ヴィレナ拡散の、人為的経路の解明。

——六、蒼帯密売網の、構造と、摘発。

——七、結論と、今後の課題。

——八、謝辞。


私は、第二章から、ペンを、走らせ始めた。


第二章は、薬務塔での、十本の香気サンプルの、識別作業。一九話と二〇話の場面が、専門用語の整理として、過不足なく、収まった。

第三章は、ヴィレナ熱病の、症状の、病期分類。

第四章は、白蒼苔の発見、配合の、最終調整、投与法の確立。

第五章は、現地調査、人為的群生地、留め金、宿主の証言、市場の流通記録。

第六章は、ローテンザント鉱山跡の、本拠地の特定、押収物の鑑定、シェーンベルクの自白。

第七章は、結論。蒼森の管理を、両国共同で、行うべき、ということ、それから、白蒼苔の継続的な栽培管理の必要性、それから、未解明の数項目の今後の課題。


最後、第八章。

謝辞。


私は、新しいページを、開いた。

ここの一節だけは、いつもと違う筆圧で、書く必要があった。


——本研究の、完成に当たり、深い感謝を、申し上げたい方々が、おられます。


——アルメリア帝国、レフナール調香学府、学府長、テオドール・フォン・レフナール卿。卿は、本研究の、初期段階から、現場での共闘、政治的な擁護に至るまで、——本研究を、私個人の業績では、なく、学府の業績として、保証くださいました。


——学府長補佐官、アンナ。彼女は、私の補佐として、すべての記録、すべての書類、すべての地図を、整え、現地調査の同行から、宮廷の控室の準備まで、——一切の労を、担ってくれました。


——ヴェルディア王国、王宮、薬務官、ハインリヒ殿。彼は、過去七年間、私の調香結果を、密かに、海の向こうに、共有し続けてくださいました。本研究の、ヴェルディア側との連絡のすべてを、整えてくださいました。


——師、ハールベルン薬草園、隠居中の老調香師、マイヤー氏。彼は、五十年前の、若き日の、蒼森南西斜面の調査記録を、私に、お送りくださいました。私の、調香師としての、根そのもの、で、ございます。


そして、——私は、ペンを、わずかに、止めた。


——母、リーリエ・フォン・エヴァースハイム調香師。


私は、その十二音を、紙のうえに、書き付けた。

書きながら、わずかに、息を、整えた。


——母は、一七七八年、若き日に、『**蒼森植物の、香気と、地理の対応について**』、と題する論文を、ヴェルディア宮廷を経由して、アルメリア帝国学術院に、寄稿いたしました。本研究は、その論文の、五十年後の、延長線上に、立つもので、ございます。母の、若き日の業績なくしては、本研究は、ここまで、たどり着けませんでした。


——**本研究は、リーリエ・フォン・エヴァースハイム調香師の、一七七八年の研究の、延長線上に、ある、ものでございます**。


私は、その一行を、ふだんよりも、少しだけ、深く、書いた。

そして、深く、息を、吐いた。


母の名前が、こうして、私の報告書の、謝辞の、ど真ん中に、置かれた。

それは、たぶん、——私が、母に、贈ることのできた、唯一の、贈り物だった。

五十年前、母の論文の、献辞に、私の名前は、置かれていた。

五十年後、私の報告書の、謝辞に、母の名前を、置く。

ふたつの紙は、五十年の時間を、間に、置きながら、——同じ系譜の上に、並んだ。


最後、署名のページ。


私は、白い羊皮紙の、いちばん下に、ゆっくりと、署名を、書いた。


——**リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム、調香師**。


ヴァインフェルト姓は、つけなかった。

王宮御用達調香師、の称号も、つけなかった。

レフナール調香学府研究員、の所属も、つけなかった。


ただの、リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム、調香師。

それで、十分だった。


机の脇に、テオドールが、立っていた。

彼は、私が、署名を、終えるのを、待っていた。

私が、ペンを、置くと、彼は、わずかに、頷き、自分のペンを、取り上げた。


そして、私の署名の隣に、——


——**学府長として、承認。テオドール・フォン・レフナール。**


と、書き加えた。


書記官が、その羊皮紙を、両手で、受け取った。

中央記録庫の、正式登録の、印章が、書類の一番下に、押された。


それは、私の名前が、本日付で、学府の、正式な研究記録に、登録された、瞬間だった。


私は、深く、頭を下げた。

記録庫の白い大理石の柱が、午後の陽に、わずかに、温められていた。

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