第64話 ご家族の名誉
中央の机を挟んで、向かい側に、——蒼帯の中核人物が、座らされていた。
五十代半ばの、男性。痩せた肩。長い、灰色の上衣。腰の蒼い帯は、すでに、押収されていて、いまは、ふだんの服装に、戻されていた。
顔つきには、抵抗の色は、もう、なかった。
あるのは、——観念と、わずかな、疲労だった。
私とテオドール、アンナは、机の片側の、長椅子に、座って、立ち会っていた。
取調を、主導するのは、帝国の保安局の、調書官と、ヴェルディア王宮、薬務局からの、共同捜査官。
「——お名前と、所属を、お述べ願います」
調書官が、低く、開始した。
男は、姿勢を、整え、ゆっくりと、口を、開いた。
「シェーンベルク。シェーンベルク・フォン・アルバライト、と、申します。アルバライト家、現当主」
「アルバライト家、——五十年前の、蒼帯発起人家門の、お一人、シュトルマー伯爵家の、ご縁戚で、いらっしゃいますね」
「左様で、ございます」
——アルバライト家。
それは、マイヤー師の手記の、追記の中に、出てきた、名前だった。
ヴァインフェルト家門が、四代前に、縁戚関係を結んだ、——蒼帯の本流の家門。
「——では、蒼帯の歴史と、現在の組織について、述べてください」
シェーンベルクは、ゆっくりと、頷いた。
そして、低く、——五十年分の、自白を、淡々と、述べ始めた。
「蒼帯は、一七五〇年代の、ヴェルディア宮廷で、結成されました。表向きは、薬草管理の、王立機関。実態は、宮廷内の、毒の流通の、把握と、——時に、執行を、担う組織。一七七六年、表向きは、解散。実態は、——王宮薬務局に、分散されたもの八名、各家門の私的雇用に、移行したもの八名。私的雇用に、移行した者たちが、——いまの、蒼帯の、原型でございます」
「組織の維持の、資金源は」
「古参貴族家門との、定期取引。蒼森南西斜面の、ヴィレナを含む、稀少薬草の、自生地の管理。乾燥、流通、——時に、毒物としての利用も、組織内で、扱ってまいりました」
「主要な、取引家門は」
「——**ヴァインフェルト侯爵家門**でございます」
部屋の中の空気が、わずかに、止まった。
シェーンベルクは、続けた。
「アルバライト家は、四代前、ヴァインフェルト家門に、嫁いだ娘が、おりました。それを縁に、——以後、両家の取引は、続いております。エルンスト殿のお祖父の代から、領地、北東部一帯の、契約農家三軒が、蒼帯の、主要な、薬草供給拠点として、機能してまいりました」
「——エルンスト殿、ご本人は」
「——**おそらく、ご存知でいらっしゃらない、と、存じます**」
シェーンベルクは、わずかに、目を、伏せた。
「エルンスト殿は、領地経営の実務を、家令と、義妹と、家門の老臣に、丸ごと、任せておられました。蒼帯との取引の、実務窓口は、——家門の老臣の、ふたりでございます。エルンスト殿の、お父上は、ご承知でいらっしゃいました。お祖父様も。けれど、エルンスト殿のお父上が、ご病死された折に、その情報は、エルンスト殿には、丁寧に、伝えないことが、家門の方針として、決まっておりました」
「義妹、イザベラ殿は」
「——ご存知では、ございません。あの方の、お茶会の件は、家門の老臣の、独断でございます。社交界の評判を上げるための、ささやかな、お助け、というつもりで、ヴィレナの乾燥葉を、『珍しい蒼森の薬草茶』と、お渡しいたしました。——結果は、ご存知のとおり、でございます」
「左様で、ございますね」
私は、目を、伏せた。
義妹は、無知だった。それは、私自身が、すでに、推測していた。
夫もまた、無自覚な、共犯者だった。
家門の老臣たちが、夫の傲慢と、義妹の無知のうえで、五十年分の、組織との取引を、続けていた。
それが、ヴァインフェルト侯爵家門の、——本当の構造だった。
シェーンベルクは、調書官の促しで、続けた。
過去十年の、出荷先一覧の、ひとつひとつを、彼は、認めた。
ヴァインフェルト領、北東領、契約農家三軒。
帝都ヴェスペル中央市場、定期搬入。
ヴェルディア王都の、私的取引網。
アルメリア帝国、薬学府学府長、ガストン卿、私的差出。
そして、——アンナの父の、十二年前の、村の事件、についても、彼は、認めた。
「——一七八四年、ヴェルディア北部、アルマ村、薬草農家の家族の件」
シェーンベルクの目線が、わずかに、長椅子の脇の、アンナの方に、向いた。
「——お父上の、買い叩きを、強行いたしましたのは、当時の、私の組織の、若い者でございました。組織員の暴走、と、当時は、私は、報告を受けておりました。お父上が、抵抗されたあと、——ご病気で、亡くなられた、と」
「報復、ですか」
調書官の声が、低く、入った。
「ヴィレナの、軽度の煎じ液を、お父上のお茶に、混ぜたのは、組織の、若い者でございました。お父上の、抵抗を、見せしめにする、つもりだったと、私は、後で、聞き及びました。——**私自身は、その日、現場には、おりませんでしたが、組織の長として、責任は、私に、ございます**」
「——左様で、ございますか」
シェーンベルクは、姿勢を、整え直した。
「——ヴェルディア北部、アルマ村、薬草農家、ヘルマン氏のご家族に、深く、お詫び申し上げます」
部屋のなかは、しばらく、しずかだった。
私は、長椅子の上で、わずかに、姿勢を、整え、隣の、アンナの方を、見た。
アンナは、目を、伏せていた。
両手は、膝の上で、強く、握られていた。
握られた手の、指の関節が、わずかに、白く、見えた。
けれど、彼女は、声を、上げなかった。
泣きもしなかった。
ただ、長く、深く、息を、整えていた。
「——アンナ殿」
私は、低く、彼女を、呼んだ。
アンナは、ゆっくりと、目を、上げた。
彼女の灰色の瞳のなかには、十二年分の、抑えてきたものが、わずかに、ふっくらと、湿りを帯びていた。
けれど、それは、流れずに、目のなかで、留まっていた。
「——**ご家族の、名誉は、これで、記録に、残ります**」
短く、私は、それだけを、彼女に、伝えた。
アンナは、しばらく、答えなかった。
深く、息を、ひとつ、整えた。
そして、ようやく、低く、答えた。
「——ありがとう、ございます、奥様」
短い、ひと言だった。
それ以上の言葉は、必要なかった。
彼女もまた、五年間の私と同じように、自分の感情を、表に出す訓練を、十分には、受けていなかった。
それでも、いまの彼女のひと言は、十二年分の重みを、ようやく、目に出さずに、しずかに、置くことが、できた。
私はテオドールの方を、見た。
彼は、わずかに、目を、伏せていた。
彼の中で、二十歳のときに、雪の街道で、薬草の名前を、寝言で繰り返していた十六歳のアンナを、保護した、あの日のことが、いま、改めて、低く、立ち上がっているのだろう、と、私は、推測した。
調書官は、シェーンベルクへの取調を、引き続き、書きとめていた。
ペンの音だけが、白い大理石の部屋のなかで、規則的に、響いていた。




