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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第63話 ローテンザント

私たちは、ローテンザント鉱山跡の、東側の坑道入口を、見下ろせる、丘の斜面の、低い茂みのなかに、位置を、取っていた。


帝国警備隊の、三十名は、夜のうちに、配置についていた。

北側、南側、東側の、三つの坑道入口。それぞれに、十名、十名、五名。加えて、北側の旧坑道接続点に、五名。

ヴェルディア王宮の薬務官、五名は、坑道の外で、押収後の薬草の、簡易な、現場鑑定の準備を、整えていた。


私とテオドール、アンナ、護衛のふたりは、東側の指揮所の、簡素な天幕の、なかで、待機していた。

天幕の中央には、坑道の構造図と、警備隊の配置図が、広げられていた。


警備隊長が、低い声で、進入の合図を、出した。


——遠くで、低い、短い声が、合図として、流れた。


そのあと、坑道のなかから、——わずかな、銃声が、二、三度。

銃声は、すぐに、止まった。

私が、想像していたよりも、短い、衝突だった。

たぶん、内部の蒼帯の連中は、寝込みを、襲われた。組織的に、武装抵抗できる、人数の不利を、悟った。


数十分後、警備隊長の、伝令が、天幕の入口に、駆け寄ってきた。


「——制圧、完了。お入りいただけます」


「奥様、参りましょう」


テオドールが、低く、私に、目線をくれた。


私たちは、丘の斜面を、降り、東側の坑道入口の、前まで、進んだ。


入口の前には、警備隊員、四名が、姿勢を、整えて、立っていた。

その奥に、——縄を、後ろ手に、かけられた、五名の男たち。

全員、若い、と言うには、もう少し、年齢の上の、三十代から、四十代の男性だった。

腰には、——蒼い、帯。

顔つきには、敵意ではなく、——静かな、観念の色が、滲んでいた。


彼らは、私を、目線で、追わなかった。


「内部に、ご案内いたします」


警備隊長が、坑道の奥を、指で、示した。


私たちは、坑道の中へ、ゆっくりと、入っていった。


坑道は、最初の十数メートルは、自然のままの岩肌だった。

その先で、人工的に、整備された通路が、現れた。

壁面には、ランプを、引っ掛けるための、銅の輪が、規則的に、打ち付けられていた。

床には、わずかに、人の足跡が、規則的に、残されていた。


そして、——通路の奥の、大きく開けた、空洞の部屋。


私の目に、まず、入ったのは——


**ヴィレナの、乾燥保管庫**、だった。


天井の高い空洞の中央に、木製の、棚が、二十数列。

それぞれの棚に、布袋が、整然と、並んでいた。

布袋の一つを、警備隊長が、慎重に、開いた。

中身は、——乾燥した、ヴィレナの葉、だった。


私は、手袋を、両手に、嵌め、布袋のひとつから、ひと握りを、両手のひらに、取った。

量は、ひとつの袋で、——たぶん、二キログラム。

棚の数からの推測で、空洞全体では、——おそらく、数百キログラム。


「——これだけの量が、あれば」


私は、低く、口を、開いた。


「**両国に、毒を、撒くことが、できます**」


テオドールは、頷いた。


「——アンナ、写しを、お願いいたします」


アンナは、自分の帳面に、棚の列数、袋の数、空洞の寸法を、ペンで、即座に、記録していった。

彼女の筆跡は、ふだんよりも、わずかに、強かった。

たぶん、彼女のなかで、父の、亡くなった夜のことが、いま、改めて、立ち上がっているのだろう、と、私は、推測した。

私は、彼女の手の動きを、邪魔しないように、自分の鑑定の方に、戻った。


空洞の、東側の壁際に、木製の、長い書架が、立っていた。


書架の中身は、——書類。


私は、手袋越しに、書類のひと束を、引き抜き、机のかわりに、空洞の中央の、平らな岩のうえに、広げた。


それは、——**蒼帯の、過去十年分の、出荷記録**、だった。


整然と、年ごと、月ごとに、書き分けられていた。


——出荷先一覧。

——一七九六年、第一月、ヴェルディア領北東部、北部三村、計三十キログラム。

——同年、第二月、ヴェルディア王都、私的取引、十キログラム。


私の指は、別の年の、別の月の、ページの上で、ふっと、止まった。


——**一七九六年、第四月、ヴァインフェルト侯爵領、北東領、契約農家三軒、計四十キログラム**。


——同年、第十一月、**ヴァインフェルト侯爵領、北東領、契約農家三軒、計五十キログラム**。


——一七九八年、第三月、ヴァインフェルト侯爵領、北東領、契約農家三軒、計四十五キログラム。


ヴァインフェルト領、と、はっきりと、書かれていた。

家門の名で、契約農家の名で、定期的に、ヴィレナが、出荷されていた。


私はもう、その一行のあとを、追わなかった。

追わずとも、構造は、完全に、見えた。


そして、ページを、もう少し、奥まで、めくった。


——一七九八年、第七月、**アルメリア帝国、薬学府学府長、ガストン卿、私的差出、白蒼苔粉末、五百グラム**。


——同年、第十月、**アルメリア帝国、薬学府学府長、ガストン卿、私的差出、若いヴィレナ葉、二十グラム、見本として**。


私は、深く、息を、吐いた。


「テオドール卿」


低く、私は、声を、整え、彼の方を、向いた。


「——ヴァインフェルト領への出荷記録、それから、ガストン卿宛の小荷物の記録、両方、ございました」


テオドールは、書類を、覗き込んだ。

彼の灰青の瞳が、ガストン卿の名前のところで、わずかに、引き締まった。


「——左様、で、ございますね」


——*


私たちは、空洞の中央の岩のうえで、しばらく、書類を、見続けた。


過去十年分。

ヴァインフェルト領への定期出荷。

ガストン卿への、私的差出。

ヴェルディア王都、私的取引。帝都ヴェスペル、市場経由。

全てが、ここ、ローテンザント鉱山跡から、流通していた。


——**全てが、ここに、繋がっていた**。


私は、心のなかで、その一行を、置いた。


それは、勝利の感覚では、なかった。

むしろ、——大きな、地図のうえで、ひとつの、長い、暗い線が、ようやく、整理し終えられた、というような、静かな、完了感だった。


棚の脇の壁の、釘のひとつに、——蒼い帯の、制服が、十数着、整然と、掛けられていた。

帯は、五十年前の装束の、しっかりとした、藍と、青苔の染料で、染め上げられていた。

私はその一着の、襟元の縫い目を、手袋越しに、軽く、確かめた。

昔の、伝統の、几帳面な縫い目だった。


——五十年。


長い、長い、暗い時間が、いま、私の手のなかで、ようやく、その輪郭を、止めようとしていた。

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