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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第61話 ここが、本拠地

机の中央には、昨夜、アンナが持ってきた、最新の蒼森一帯の精細図と、旧鉱山跡の周辺の、別の縮尺の図が、並べて、置かれていた。


私とテオドール、アンナ、地理学府の補助官二名で、机を、囲んだ。


「——奥様、ご準備、よろしいでしょうか」


アンナが、低く、確認した。


「お願いいたします」


私たちは、四つの情報源を、机の上で、同時に、参照することにした。


一、マイヤー師の、五十年前の手記の、地理記述の写し。

二、アンナの家族の村、アルマ村と、北部の運搬路に関する、アンナ自身の記憶の整理。

三、帝都ヴェスペル中央市場の、過去三年分の、薬草買い付け記録の、月別集計。

四、五十年前以降の、ヴェルディア王宮、薬草担当家門の人事報告書の、抜粋。


「——マイヤー師の手記によりますと」


私は、まず、革表紙の手記の、地図のページを、指で、示した。


「ヴィレナの自生地の、最も湿気の濃い谷の、その北西に、ヴェルディア領内の、古い鉱山が、ある、と書かれております。当時は『**ローテンザント鉱山**』と呼ばれていた、と」


「——左様で、ございますね」


地理学府の補助官が、最新図の、同じ位置を、指した。


「——本日の、最新図でも、その鉱山は、廃坑として、記録されております。ただし、現地調査の密偵の報告では、過去三年で、坑道入口、三箇所が、再整備されている、と」


「アンナ殿、北部の運搬路の方は」


アンナは、自分の手帳を、開いた。


「アルマ村から、蒼森方向に、徒歩で、二日。村から、旧鉱山跡までは、三日。村の老人たちの記憶では、——五十年前、若い頃、鉱山が稼働していた最後の数年に、薬草の運搬路が、鉱山の坑道を経由して、ヴェルディア北東部の街道に、合流していた、と」


「——五十年前から、運搬路が、整っていたわけ、ですね」


「ええ。鉱山の廃坑後も、その運搬路は、踏み分け道として、残っております。村人の何人かは、いまも、その道を、使う、と」


私は、頷いた。


「——市場の買い付け記録の方は」


地理学府の補助官が、別の冊子を、開いた。


「過去三年、ヴェスペル中央市場には、蒼森由来の薬草が、三〜四ヶ月に一度、まとまった量で、搬入されております。搬入時期は、おおむね、季節の変わり目。特に、——」


彼は、表の、ある月を、指で、示した。


「——三年前の春、二年前の春、本年の春。連続して、同じ月の、同じ週に、搬入されております」


「同じ週、ですか」


「ええ。これは、運搬の規則性です」


「——四つ目」


私は、最後の冊子を、開いた。


「ヴェルディア王宮の、薬草担当家門の人事報告書、抜粋。ヴァインフェルト侯爵家門、北東領地、薬草管理担当、——過去五十年間、ローテンザント鉱山の方角の、村の薬草農家を、毎年三軒、契約農家として、雇用しております。最後の更新は、五年前」


「——五年前、と申しますと」


「私が、ヴァインフェルト邸に、嫁いだ年でございます」


机の周りに、しばらく、しずかさが、降りた。


私は、ペンを、握り直し、机の中央の、白い紙に、四つの情報源の、交点を、書き込んだ。


「——マイヤー師の手記、地元村人の記憶、市場の運搬規則性、ヴァインフェルト領の契約農家の所在地。**すべてが、国境近くの、ローテンザント鉱山跡を、指し示しております**」


私は、ペンを、置いた。


「——**ここが、本拠地**で、ございます」


テオドールは、深く、頷いた。


「左様でございます」


地理学府の補助官たちが、互いに、目を、合わせた。

四つの情報源が、ひとつの地点に、集約された、という事実は、推論ではなく、ほぼ、確証だった。

彼らは、学者として、その集約に、納得していた。


テオドールは、机の脇に立つ、私とアンナを、見て、低く、続けた。


「——帝国警備隊長を、お呼びいたします」


——*


帝国警備隊長は、四十代半ばの、姿勢の鋭い男性だった。

ふだんは、宮廷の警備の任に当たる、警備総局の、現場指揮官。

御前会議の判決を受けて、本件の摘発作戦の、指揮を、命じられていた。


彼は、私たちの机の前で、軽く、姿勢を、整え、低く、口を、開いた。


「学府の地図と、情報を、拝見しました。摘発作戦は、**三日後**、ご出立で、よろしいでしょうか」


「準備が、整うのであれば」


テオドールが、頷いた。


「私は、宮廷から、警備隊員三十名と、ヴェルディア王宮側からの、薬務局派遣の薬務官五名の合同部隊を、編成いたします。出立は三日後の早朝、現地到着は、その日の夕刻。包囲のうえ、翌朝、摘発を、実行します」


「——私は、同行いたします」


私は、低く、口を、はさんだ。


警備隊長は、私を、目線で、確かめた。

テオドールが、私の隣で、わずかに、こちらに、向き直った。


「——奥様。貴女は、ご同行に、なられなくても、結構でございます。物理的な危険が、ございます」


「テオドール卿、わかっております。けれど——」


私は、机の上の、四つの情報源を、見渡した。

マイヤー師の手記。母の論文と、地続きの、若き日の調査。アンナの家族の村の、五十年前の運搬路。市場の三〜四ヶ月の規則性。ヴァインフェルト領の、五年前まで続いた、契約農家。


そのすべてを、私は、書類で、見てきた。

書類のうえで、本拠地を、整理した。


書類のうえで、整理されたものを、——現場で、自分の目で、見届ける。

それが、専門家として、私が、ここから、最後に、果たすべき、職務だった。


「——**最後まで、見届けます**」


短く、私は、答えた。


テオドールは、しばらく、私を、見ていた。

そして、ゆっくりと、頷いた。


「——左様、で、ございますね」


警備隊長は、わずかに、頭を下げた。


「承りました。リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム調香師には、警備隊の中で、専門証言者として、安全な位置の確保を、約束いたします」


「ありがとう存じます」


机の上の、白い紙の中央に、ローテンザント、と、私はもう一度、ペンで、印を、置いた。

明後日、私たちは、その印の方へ、出立する。

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