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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第59話 よく戦った

そして、低く、けれど、御前会議の間の隅まで、まっすぐに届く声で、判決を、述べた。


「——リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム調香師の、業績は、本日提出されました物的証拠、および、レフナール調香学府、植物学府、天文学府の、三公の支持により、確認された」


「**調香師の、賓客資格は、維持する**」


宰相が、深く、頭を、下げた。

書記官の長が、即座に、判決の文言を、書きとめた。


「**薬学府長、ガストンの、上申は、却下する**」


ガストン卿の眉が、わずかに、上がった。

けれど、皇帝陛下は、ふだんよりも、わずかに、声を、強めて、続けた。


「——ガストン卿、ならびに、本件、には、別の懸念が、ある」


御前会議の間に、空気が、変わった。


「——調査委員会、より、本職に、内々の報告が、上がっている。**薬学府長ガストンには、過去数年、ヴェルディアから流入する、薬草の特殊輸入の通商組合との、金銭的取引の、疑義が、認められる**」


「**当該通商組合の流通経路の中に、——蒼帯らしき、定期運送の、痕跡が、ある**」


ガストン卿の顔色が、白く、引いた。


「——ガストン卿。本件について、貴卿は、調査委員会の、聴取を、受けることに、なる」


ガストン卿が、口を、開きかけた。


「皇帝陛下、ご釈明を、——」


「弁明は、調査委員会で」


皇帝陛下は、わずかに、片手を、上げ、ガストン卿の発言を、ぴたりと、止めた。


「本日の御前会議は、これにて、閉廷する。書記、すべての証拠書類を、調査委員会に、引き継げ」


宰相が、深く、頭を下げた。

書記官の長が、銀の鐘を、ひとつ、打ち鳴らした。


——御前会議は、終わった。


私は、深く、頭を、下げた。

ガストン卿の方を、私は、もう、見なかった。

彼の動揺の顔を、見ても、私には、もう、得るものは、なかった。

五年間、ヴァインフェルト邸で、夫の傲慢な顔を、視界の外に置く訓練を、私は、十分に、積んでいた。今朝の御前会議の場でも、その訓練は、いつもと、変わらず、私の中で、働いた。


会議の間を、私とテオドールは、並んで、出た。

歩幅は、ふだんよりも、わずかに、ゆっくりだった。

回廊の白い大理石が、午前の光に、白く、ぼやけていた。


——廊下の半ば、東側の柱の脇で、宮廷の宰相付きの、若い側近が、私たちを、待っていた。


「——リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム、調香師」


低く、彼は、私の名を、呼んだ。


私は、立ち止まり、彼の方を、向いた。


「皇帝陛下より、お伝えするように、と、申し付かりました」


私は、深く、頭を、下げ、彼の言葉を、待った。


側近は、わずかに、姿勢を、整え、低く、けれども、はっきりと、伝言を、述べた。


「——『**よく、戦った**』」


短い、三文字だった。


私は、しばらく、頭を、上げなかった。

頭を上げるよりも先に、自分のなかで、その三文字を、ゆっくりと、受け止めるための、時間が、必要だった。


——よく、戦った。


それは、評価では、なかった。

正確には、評価でも、あったかもしれない。けれど、それ以上に、——労いの言葉だった。

皇帝陛下が、ご自身の名で、ご自身の側近を通じて、私に、ひと言の労いを、伝えてくださった。

それは、私が、五年間、誰にも、もらえなかった種類の、ひと言だった。


私は、頭を、上げた。


「——ありがたく、頂戴いたします」


短く、私は、礼を、述べた。


側近は、深く、頭を下げ、宰相のもとへと、戻っていった。


テオドールは、私の隣で、何も、言わなかった。

ただ、彼の口元の、わずかな、抑えた色が、ふだんよりも、明るかった。

彼が、私のために、御前会議の場で、立ったあとの、その色だった。


——*


帰路の馬車のなかで、テオドールは、書類入れの整理を、していた。

私は、向かいの席で、外套の合わせ目を、軽く、整えていた。

アンナは、別の馬車に、書類のもう一部を、持ち帰る役で、先に出ていた。


馬車の窓越しに、宮廷の白い大理石の建物の影が、ゆっくりと、後ろへと、流れていった。


私は、自分の手のひらを、膝の上で、軽く、開いた。

指の薄い緑色は、いつもと、変わらなかった。

変わらなかった、はずなのに、——今朝の私の指は、いつもより、わずかに、軽く、感じた。


——戦った、と、言っていただけた。


私は、心のなかで、ひっそりと、確かめた。


——**私は、自分の、名前で、戦った**。


その十文字を、心のなかで、丁寧に、置いた。


ヴァインフェルト夫人として、戦ったのでは、なかった。

誰かの妻として、戦ったのでも、なかった。

リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム調香師として、御前会議の場で、自分の名前で、自分の業績を、自分の声で、報告した。

皇帝陛下は、それを「よく、戦った」と、評価された。


それは、ふだんなら、私自身に、許さない種類の、自己肯定だった。

今朝だけは、私は、それを、自分のなかで、ちゃんと、座らせた。

五年間、私に、許してこなかったものを、今朝、ひとつ、自分に、許した。


「——奥様」


向かいの座席から、テオドールが、低く、声を、かけた。


「お疲れさまでございました」


「——いいえ。ご一緒くださり、感謝いたします」


「——ガストン卿の件は、これからが、本番でございます。調査委員会の結論が出るまでに、数ヶ月、かかるでしょう。蒼帯の摘発も、これからでございます」


「ええ」


「ただし、本日の御前会議で、貴女のご業績、ご地位は、確固たるものになりました。それは、私にとっても、本学府にとっても、——大きな、転換でございました」


私は、わずかに、頷いた。


馬車は、宮廷の南門を、抜け、帝都の街並みの中へ、戻っていった。

午前の光が、街路の石畳の上で、白く、輝いていた。

私は窓越しに、その白さを、しばらく、見ていた。

五年ぶりに、その種類の光に、目を、まっすぐに、向けることが、できた、ような気が、した。

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