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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第58話 学府長として保証する

宰相が、低く、命じた。


私は、姿勢を、整え、絨毯の中央に、もう一度、進み出た。


ガストン卿は、すでに、私の隣の位置で、わずかに、姿勢を、固くしていた。

彼の前置きの、長広舌の余韻の中で、議場の空気は、いったん、静まり、それから、ふたたび、何かを、待つ顔つきに、変わっていた。


ガストン卿は、口を、開いた。


「——念のため、申し上げる」


低く、彼は、私に向けて、声を、放った。


「ヴィレナの拡散は、**自然発生で、ございます**。**蒼帯などというものは、存在いたしません**。ヴェルディア宮廷の、五十年前の薬草管理組織は、すでに、解散しております。地下組織として続いている、というのは、町の、根拠のない噂に、過ぎません」


私は、わずかに、目線を、上げた。


「——左様、で、ございますか」


短く、私は、それだけを、置いた。


そして、私は、長椅子の前の小机の上に、書類入れを、引き寄せた。

アンナが、御前会議の前夜、すべての物的証拠を、整えて、入れてくれた、革張りの書類入れ。


私は、その中から、一通ずつ、白い大理石の小机のうえに、整然と、並べていった。


「——一つ目、で、ございます」


私は、一枚の、丁寧に折り畳まれた地図を、開いた。


「**蒼森南西斜面の、人為的培養痕跡の、地図**。アンナ補佐官が、現地調査の際、私の指示で、座標を、点描いたしました」


私は、その地図を、宰相の机のところまで、運ぶ書記官の手に、ゆっくりと、渡した。


「——二つ目」


革の、小さな、麻袋を、私は、机のうえで、開いた。


中から、楕円形の、銅の、留め金が、転がり出た。

縁の、蒼い染料の跡が、御前会議の高い天井の窓からの光に、薄く、照り返した。


「**革の留め金、蒼色染料の付着あり**。蒼森南西斜面、ヴィレナ群生地の周辺の、小屋の跡から、私自身が、採取いたしました。本日までに、薬学府の補助技官の鑑定により、染料の組成が、**ヴェルディア北部の藍と、青苔の、五十年前以来の伝統的調合と一致**することが、確認されております」


ガストン卿の眉が、わずかに、上がった。

鑑定を、行ったのは、彼の薬学府の、補助技官だった。

私はその事実を、簡潔に、伝えた。

ガストン卿の手元の論理を、ガストン卿自身の管轄下の、技官の鑑定で、ひとつ、ひっくり返す形にした。


「——三つ目」


私は、別の冊子を、開いた。


「**国境近くの、宿主の、証言記録**。三、四ヶ月に一度、夜中に、蒼森から北東へ向けて、薬草を運ぶ、若い男たちの、定期運送の証言。腰に、五十年前の蒼帯の、装束を、引き継ぐ蒼い帯を、巻いている、との具体的記述、付き」


「——四つ目」


「**マイヤー師の、若き日の、蒼森調査の手記の、関連部分の、写し**。一七七六年、夏。ヴィレナの自生確認、当時は群生地は、存在せず。地元民から、蒼帯の活動の噂、聴取あり」


「——五つ目」


「**母、リーリエ・フォン・エヴァースハイムの、論文の、関連部分の、写し**。一七七八年。蒼森植物の、香気と地理の対応について。本論文は、本日まで、本学府の、地下書庫に、製本されて、保管されておりました」


書記官が、それぞれの書面を、玉座の前の、宰相の机へと、運んだ。

宰相は、ひとつずつ、目を、通した。


「——六つ目」


「**ヴェルディア王宮、薬務局、薬務官ハインリヒ氏よりの、内通情報の書面**。ヴァインフェルト侯爵家門と、蒼帯発起人家門の縁戚関係、および、ヴァインフェルト領、北東部における、蒼帯の中継拠点機能、についての、複数証言、整理書面」


私は、最後の書面を、書記官に、渡した。


そして、絨毯の中央に、向き直り、低く、声を、整えた。


「——**これが、人為的拡散と、蒼帯の、存在の、物的証拠で、ございます**」


ガストン卿は、しばらく、口を、開かなかった。


開けなかった、と言うほうが、正確かもしれなかった。

彼の論理の、足元の自然発生説を、私は、六つの物的証拠で、ほぼ完全に、ひっくり返していた。

ヴィレナの群生地の人為的痕跡。蒼い染料の留め金。地元民の証言。マイヤー師の手記。母の論文。ヴェルディアからの内通。

六つの紙が、宰相の机の上で、整然と、並んでいた。


ガストン卿は、わずかに、目線を、伏せた。


——その時、私の隣で、テオドールが、一歩、絨毯の中央に、前へ、進み出た。


「皇帝陛下、宰相閣下、学術四公の皆様」


低く、テオドールは、口を、開いた。


「レフナール調香学府、学府長、テオドール・フォン・レフナール、と、申します」


宰相が、頷いた。


「**学府長として、本日、ここに、宣言を、申し上げます**」


テオドールの声は、いつもよりも、わずかに、深かった。


「**——調香師、リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイムの、業績を、私、学府長として、保証する、ものでございます**」


御前会議の間に、低い、けれど、はっきりと、ひとつの音が、降りた。


「彼女の論文、十二編は、過去六年半、本学府の、学府長の机のうえで、私自身が、整理し、保管して、まいりました。彼女の特定したヴィレナ、彼女の発見した白蒼苔、彼女が現地で採取した物的証拠、——そのすべてに、本学府の、学府長としての、責任を、もって、保証を、致します」


植物学府長が、長卓の脇から、低く、声を、加えた。


「植物学府として、当該調査の地図と、植物標本の真正性を、支持いたします」


天文学府長が、続けた。


「天文学府として、本件に直接の知見は、ございませんが、提出された文書の整合性に、疑義は、認められません。中立の立場から、支持の表明を、いたします」


——ガストン卿の、孤立が、見えた。


四公のうち、彼を、明確に、支持する者は、もう、いなかった。

彼が、長広舌を、振るっていた間、ふだんの薬学府の論理の延長で、皆が、彼を、支持しているように見えていた。

六つの物的証拠と、テオドールの一文と、他二公の支持表明で、その見かけが、ぴたりと、ひっくり返った。


私は、わずかに、頭を、下げた。

頭を下げた角度は、テオドールへの礼、ではなかった。

皇帝陛下と、宰相、と、二公への、深い礼だった。


テオドールは、わずかに、目を伏せ、自分の隣の位置に、戻った。

御前会議の場で、彼が、私のために、立ち上がったのは、彼の中の、長い、慎重な準備の、結果だった。

私はそれを、いま、改めて、目線で、確かめた。

彼の、灰青の瞳は、わずかに、伏せられていた。

けれど、口元には、ふだんの抑制された、わずかな、満ちた色が、戻っていた。


皇帝陛下が、わずかに、姿勢を、整え、宰相に、目線を、送った。


宰相は、深く、頷き、議場の中央に、向き直った。


「——皇帝陛下、ご判断を、お聞きいたします」


御前会議の間が、ふたたび、しずまった。

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