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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第54話 御前会議

学府長執務室に、皇帝陛下の、紋章入りの、銀箔の押された、厳格な封書が、届いていた。


テオドールは、その封書を、両手で、受け取り、私を呼んで、机の上で、開封した。

書面の中身は、短かった。


「アルメリア帝国、皇帝陛下、ご名代として、宮廷宰相、エルファ・フォン・カーラ。三日後の正午、宮廷御前会議の場にて、**リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム調香師の、賓客資格について、議論を行う**。レフナール調香学府より、当該調香師ご本人、および、ご担当の学府長の同席を、要請する」


——賓客資格についての、議論。


私は、その短い四文字を、机の上で、何度か、目で、なぞった。


「——テオドール卿」


私は、低く、口を、開いた。


「議論の場で、私の賓客資格が、議題になる、と申しますことは——」


「**ガストン卿が、皇帝陛下に、貴女の追放を、上申いたしました**」


テオドールは、私の問いを、待たずに、答えた。


「彼の、表向きの理由は、こうでございます。『**外国人に、ヴィレナ研究の主導権を、渡すのは、国益に、反する**』」


私は、わずかに、頷いた。


——「外国人に、ヴィレナ研究の主導権を渡すのは、国益に反する」。


ヴェルディアの宰相府の書面と、奇妙なほどに、似た論理だった。

ヴェルディアは、私を「ヴァインフェルト家門のもの」として、所有権を、主張した。

アルメリアの薬学府長は、私を「外国人」として、排除を、主張する。

私の所属を、どちらでも、決めたがる、——同じ種類の、傲慢だった。


「ですが」


テオドールは、続けた。


「裏には、別の理由が、ございます。**ガストン卿は、おそらく、蒼帯と、金銭の取引を、続けてきた可能性が、ございます**」


私の目線が、わずかに、上がった。


「——金銭取引、ですか」


「ええ。学府の警備局を通じて、私に届いた、密告情報でございます。差出人は、宮廷内の、別の薬学者のひとり。長年、ガストン卿の補佐を務めていた者、と聞いております。その者の話によれば、ガストン卿は、過去数年、**ヴェルディアからの匿名の薬草輸入の、便宜を、ある通商組合に、はかってきた**、とのこと。その通商組合の、流通網の中に、——蒼帯らしき、定期運送が、含まれております」


——薬学府長と、蒼帯。


私は、心のなかで、その二者を、線で、結んだ。


これで、構造は、完全に、見えた。


ヴェルディア側の蒼帯の上層構造には、ヴァインフェルト家門の縁戚が、入っている。

アルメリア側で、その流通を、見て見ぬふりをする側に、薬学府長ガストンが、立っている。

ふたつの国の、別々の組織が、薬草の流通という、ひとつの線で、繋がっていた。

そして、その線の上に、五十年前の、シュトルマー伯爵家から、現在の、ヴァインフェルト侯爵家、そして、ガストン卿、までが、並んでいた。


「証拠は、まだ、不十分でございます」


テオドールは、低く、続けた。


「金銭取引の物的証拠は、私の手元には、ございません。ガストン卿が、宮廷で、それを認めることも、まず、ないでしょう。ですから、御前会議の場で、貴女自身が、貴女の業績と、調査結果を、証言することに、なります」


私は、深く、頷いた。


「——**専門家として、証言いたします**」


短く、それだけを、私は、置いた。


ガストン卿を、糾弾するための、政治的言辞を、私は、組み立てるつもりは、なかった。

私の鼻と、私の指先と、私の論文と、私の調査記録だけを、御前会議の場に、淡々と、並べる。

それだけが、私の戦い方だった。


テオドールは、わずかに、目元を、ゆるめた。


「——**私は、隣に、立ちます**」


低く、彼は、加えた。


「学府長としても、調香学府の責任者としても。そして——」


そこで、彼は、わずかに、言葉を、切った。

切ったまま、続きを、口にはしなかった。

けれど、その「そして」のあとに、彼の中で、どんな単語が、用意されかけていたか、私はその瞬間、薄く、想像が、つく気がした。

——一人の、人間として。

——あるいは、もう少し、何か、別の言葉で。


私はそれを、追わなかった。

追えば、彼の中の、まだ、表に出すべきでない部分を、いま、私が、引きずり出してしまう。

それは、いまの私たちの間に、必要な所作では、なかった。


「——ありがとう存じます」


私は、深く、頭を下げた。


テオドールも、深く、頭を下げ返した。


「アンナを、御前会議の控室まで、お連れいたします」


「お願いいたします」


午後、アンナが、私の宿舎まで、戻ってきた。

彼女の表情は、いつもよりも、わずかに、引きしまっていた。けれど、目元には、まだ、温度が、あった。


「奥様」


アンナは、低く、口を、開いた。


「**御前会議の御出席に向けて、私は、徹底的に、ご支度を、整えます**」


「——お願いいたします」


アンナは、机の上に、白い紙を、広げた。


その紙に、彼女は、ペンを取り、こう、書いた。


——「賓客資格についての、調香師リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム、ご証言準備、要綱」。


そして、その下に、項目を、整然と、並べ始めた。


一、ヴィレナ特定の、調香技術的な根拠。

二、解毒法、白蒼苔の特定の、時系列。

三、蒼森南西斜面の、現地調査、物的証拠の整理。

四、蒼帯の歴史的経緯と、ヴェルディア王宮文書の引用箇所。

五、本日までの、書類整理状況、と、皇帝陛下直属書記官への共有状況。


書きながら、アンナの筆跡は、いつもよりも、わずかに、まっすぐだった。


「——奥様。三日後、御前会議の場で、貴女が、貴女の名前で、おっしゃるべきことの、骨組みでございます」


私は、頷いた。


——三日後、御前会議。

——貴女の名前で、おっしゃる、こと。


その十文字を、心のなかで、もう一度、確かめた。

私はそれを、ぴたりと、自分の中に、置いた。

私の調香師としての、職務の総決算が、三日後に、待っていた。

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