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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第53話 隔離されていた

封筒の差出人は、ヴェスペル北東、ヴェルディア王宮駐在の、アルメリア帝国大使館の、薬務担当官、と、書かれていた。

だが、それは、表向きの差出人だった。

封蝋は、ヴェルディア王宮の、正式書状とは、別の、薬務局の私用印。

内側の便箋は、ハインリヒの、見慣れた、整った筆跡で、書かれていた。


テオドールは、その便箋を、机のうえに広げ、私とアンナにも、目線で、覗き込むよう、促した。


——リーゼロッテ・フォン・エヴァースハイム殿。


——本書面は、私的な内通の報告として、お受け取りください。差出人は、形式上、本大使館薬務担当として、ございますが、実態は、(ハインリヒ)の判断によります。


——以下、王宮内の、信頼できる複数の薬務官、および、宰相府の旧書記官、計四名の証言を、付き合わせて、整理した、内通情報でございます。


——一、**ヴァインフェルト侯爵家門は、五十年前の、蒼帯の発起人のひとりであった、旧シュトルマー伯爵家、および、現在は実質的に解体しているフェルデック侯爵家の、双方と、縁戚関係に、ございます**。


——二、エルンスト侯爵の祖父の代から、ヴァインフェルト領、北東部一帯は、**蒼帯のヴェルディア側、薬草の集約・保管・流通の、中継拠点として、機能していたと、推測されます**。


——三、表向き、ヴァインフェルト領は、穀倉地帯経営の家門として、知られておりましたが、領地の北東部、蒼森に接する地域においては、薬草の特殊な取り扱いが、長く、続いておりました。


——四、エルンスト侯爵ご本人は、おそらく、その実態を、把握しておられません。家督継承時に、家令と、義母と、二、三名の老臣に、領地経営の実務を、丸ごと、任せておられました。


——五、ただし、**家門の老臣のうち、数名は、明確に、蒼帯との取引を、把握していたと、考えられます**。


私は、その五項目を、ゆっくりと、最後まで、読んだ。


そして、机の上から、目を、上げた。


「——テオドール卿」


低く、私は、口を、開いた。


「**五年間、私は、その家門に、おりました**」


私の声は、ふだんと、変わらなかった。

変わらなかったけれど、その一行を、口に出した瞬間、私の中で、五年間の屋敷暮らしの、いくつもの場面が、これまでとは、別の輪郭で、ひとつずつ、立ち上がった。


——私が、領地視察に、同行することを、義母が、しばしば、断ったこと。

——私が、ヴァインフェルト領の、北東部の村に、視察に、行きたい、と頼んでも、「あちらは、辺鄙でございますから、奥様は、お控えくださいませ」と、毎回、止められたこと。

——調香室を「お遊び部屋」と呼ばれ、私の指の薄い緑色の色を、見ても、誰も、「それは、何の植物の精油の色ですか」と、尋ねなかったこと。

——家令クラウスが、私の調香室の細部を、知っていたのに、なぜか、それを、家門の中で、共有しないこと。


それぞれの場面が、ひとつの線で、整理され始めていた。


——五年間、私は、ヴァインフェルト家門の領地から、構造的に、隔離されていた。


テオドールは、しばらく、私の沈黙を、見ていた。

それから、低く、口を、開いた。


「——奥様、ご推察のとおり、で、ございます」


そう、彼は、置いた。


「**貴女が、領地を、見ていれば、いずれ、気づいた可能性が、極めて、高うございました**。蒼森に接する、北東領地の、薬草の特殊な扱い。それを、王宮御用達調香師の鼻が、嗅ぎ分けないわけが、ない。だから——」


「——だから、私を、退ける必要が、あった、と」


私は、ゆっくりと、頷いた。


——「夫人の、手遊び」と呼ばれて、領地経営から、隔離されていた、理由が、これでございますか。


私は、その一行を、心のなかで、置いた。

置いた瞬間、ふだんなら、ふっと、流していたはずの、五年間の言葉のいくつかが、ぐっと、別の重さで、私のなかに、戻ってきた。


「兄上、夫人は、地味だから、誰も、気にしませんわ」


——あれは、義妹の、無知だった、と、私は思っていた。

——いまは、義妹の、無知の上に、もうひとつ、別の家門の、保身の論理が、被さっていた、と、整理し直すべきだった。


「ご当主様、お休みなさいませ。奥様は、本日も、お調香で、お忙しいご様子でございます」


——あれは、家令クラウスの、控えめな、配慮だった、と、私は思っていた。

——いまは、家令が、家門のなかで、自分にできる範囲で、私を、家門の暗い側面から、距離を置かせようとしてくれた、と、整理し直すべきだった。


「リーゼロッテ。離縁したいなら、好きにしろ」


——あれは、夫の、傲慢の、いつもの形だった、と、私は思っていた。

——いまは、夫の傲慢の、いちばん下に、家門の老臣たちの、安堵が、たぶん、潜んでいた、と、整理し直すべきだった。

——「ようやく、夫人が、出ていく。これで、北東領地の流通は、五年前のままに、戻る」、と。


私は、机の縁の上で、両手を、軽く、揃えた。


「**私は、隔離されていたんですね。五年間**」


低く、私は、声に、出した。


それは、誰かに、訴える声では、なかった。

ただ、自分の中の、五年間の輪郭を、整え直す、ための、声だった。


テオドールは、しばらく、答えなかった。


そして、ふだんよりも、わずかに、深い声で、答えた。


「——左様、でございました」


短く、彼は、それだけを、置いた。

彼自身の中で、ふだんなら、もっと、何かを、加えたかったのかもしれなかった。

けれど、彼は、加えなかった。

加えれば、それは、私の中で、たぶん、過剰な憐れみとして、入ってきてしまう。

彼は、それを、避けた。


「——奥様」


アンナが、机の脇から、低く、口を、開いた。


「それでも、**貴女は、自分の名前で、立たれました**」


私は、目を、上げた。


「五年間、貴女は、隔離されておりました。けれど、隔離されたまま、貴女の手は、誰にも、止められませんでした。論文を、十二編、書かれました。香気識別の技を、海の向こうの学府にまで、届けられました。離縁状を、ご自分の手で、お書きになり、ご自分の手で、お差し出しに、なられました。**隔離は、貴女を、止めなかった**のでございます」


私は、しばらく、目を伏せた。


「——……ええ」


短く、私は、頷いた。


アンナの言葉は、過剰では、なかった。

彼女が、雪の街道の十六歳のときから、自分自身の手で、いまの場所まで、歩いてきた、その経験から、出てきた、わずかな言葉だった。

だからこそ、いまの私には、その重みが、はっきりと、伝わった。


書類入れに、ハインリヒの便箋を、私は、納めた。

納めながら、心のなかで、ひとつ、決めた。


——五年間の意味は、いま、書き換えられた。

——書き換えられた、その上で、私は、明日からも、私の手を、動かす。


それで、十分だった。

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