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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第52話 蒼帯の歴史

旧文書室は、調香学府の地下二階に、ある。

書庫よりも、さらに低い場所。

ヴェルディアとアルメリアの、過去三百年分の、外交文書、薬草流通文書、宮廷関連文書が、整然と、棚に納められていた。

ふだんは、関係者のみが、立ち入る場所だった。


「奥様、こちらに、五十年前から、八十年前にかけての、ヴェルディア王宮、薬草管理関連の、文書が」


アンナは、書架の二列目を、手のひらで、示した。


私たちは、助手二名と共に、文書を、一枚ずつ、確かめていった。

ヴェルディア王宮との、外交上の薬草取引の、覚書。輸入と輸出の、双方向の許可書。両国の学者の、寄稿論文の、写し。

そのなかから、ふたつ、私の目に、留まった文書が、あった。


——一七五〇年代、ヴェルディア王宮、薬草管理関連、第三号文書。


「**蒼帯管理組織**——薬草の流通管理を、担う、王立機関。組織名の由来は、組織員が腰に巻く、蒼色の帯による。本機関は、宰相府の管理下、王宮御用達の薬草の品質管理と、流通の調整を、業務とする」


「組織員、現時点、二十八名。組織長、ヴェルディア宰相府、薬草担当官、シュトルマー伯爵」


私は、その文書を、ゆっくりと、書写した。


「シュトルマー、伯爵家。これは、マイヤー師の手記にも、出ていた、四家門の、ひとつ、でございますね」


アンナが、隣で、低く、確認した。


「ええ。マイヤー師は、シュトルマー、フェルデック、グランヴァール、ヴァインフェルト、と、四家門を、挙げて、おられました」


私たちは、次の文書を、めくった。


——一七七六年、第七十一号、ヴェルディア王宮、薬草管理関連、解散通達。


「蒼帯管理組織は、本年度をもって、解散する。理由——宰相府高官の毒殺事件への、関与の疑念。組織員は、王宮薬務局の、各部局に、分散配置する」


「組織長、シュトルマー伯爵は、爵位を返上し、領地に隠居」


私は、頷いた。


——表向きの、解散。

——シュトルマー伯爵家の、爵位返上。


これは、マイヤー師の追記にも、書かれていた事実だった。

私の目線は、文書の、その先の段落に、移った。


「組織員、再配置の、内訳——王宮薬務局、第一管理課、十二名。第二管理課、八名。残り、八名は、各家門の、私的雇用へ、移行」


——「各家門の、私的雇用へ、移行」。


私の指は、その一行の上で、止まった。


「アンナ殿。各家門、と書かれた書類は、ございませんか」


アンナは、即座に、棚の上段から、別の冊子を、取り出した。


「奥様。1780年代以降の、各家門の、薬草関連の人事報告書、ですわ。これは、ヴェルディア王宮からアルメリア帝国学術院に、毎年、儀礼的に、共有される文書でして」


私たちは、その人事報告書を、めくった。


そして、——1782年の項目、1785年、1788年、1791年。

五年おきの、各家門の、薬草関連の雇用報告。

そのなかに、シュトルマー、フェルデック、グランヴァール、——そして、**ヴァインフェルト**の、家名が、繰り返し、登場した。


「**ヴァインフェルト侯爵家**——薬草管理担当、3名。北東領地のナルダ川支流隣接地、薬草自生確認、年間維持」


私は、その記述を、二度、読んだ。


「ナルダ川、支流。蒼森の南西斜面と、地理的に、接続いたしますね」


「ええ」


——ヴァインフェルト家門は、蒼帯解散後も、北東領地の薬草管理を、継続して、雇用していた。


文書のなかで、それは、ふつうの薬草管理の業務として、書かれていた。

だが、その「業務」が、何を、扱っていたのか、——いまの私には、もう、容易に、想像が、ついた。


「アンナ殿、四家門の、人事の継続性を、整理してください」


「はい」


アンナは、別の便箋に、表を、書き始めた。


——シュトルマー伯爵家。1776年に爵位返上。1820年代以降、家門の記録、なし。**絶家**。

——フェルデック侯爵家。1781年、家督争いで分裂。1810年代以降、爵位を失う。**実質的解体**。

——グランヴァール公爵家。1830年代以降、ヴェルディア王宮との表面的な関わりを、絶つ。**自主的に蒼帯から離脱、と推測**。

——**ヴァインフェルト侯爵家。1776年以降も、薬草管理担当を、継続的に雇用。1800年代、1830年代、1850年代、1880年代の人事報告書に、継続的に、薬草担当の項目あり。最も近年の報告書は、五年前、まで継続**。


私は、その表を、見て、低く、息を、吐いた。


「——アンナ殿」


「はい」


「**ヴァインフェルト家門は、五年前まで、蒼帯の上層構造の一角として、機能していた可能性が、極めて、高うございます**」


私の声は、ふだんと、変わらなかった。

変わらなかったけれど、心の奥では、五年前、と、自分のなかで、繰り返した。


五年前、というのは、私が、ヴァインフェルト邸に、嫁いだ年だった。

私が、夫の家門に、入った、その瞬間まで、その家門は、薬草担当を、継続して、雇用していた。

そして、私自身は、その雇用の存在を、五年間、いちども、知らされなかった。


「夫が、知っていたかどうかは、わかりませんね」


私は、低く、つぶやいた。


「彼は、領地経営を、家令と、義妹に、任せきりでした。だから、彼が、実情を、把握していた、可能性は、低うございます。けれど、把握している誰かが、家門のなかに、いた、ということです」


「家令、クラウス様では、ございますまい」


アンナは、頷いた。


「クラウス様は、家令としての職務を、誠実に、果たされてきた方です。蒼帯の取引を、容認するような方では、ございません」


「ええ。たぶん、ヴァインフェルト家の、義母、もしくは、その後ろにいる、いくつかの遠縁が、その雇用と、流通を、管理して、いた可能性が、高うございます」


私は、表を、書類入れに、納めた。

明日、テオドールに、これを、見せる。


書類入れの中で、表の冊子と、昨夜の脅迫状の封筒が、わずかに、触れた。

両者は、たぶん、同じ組織から、出ていた。

そのことが、いま、書類入れの中で、紙どうしの、わずかな摩擦音として、低く、響いた気がした。

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