表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/70

第47話 蒼の留め金

私とテオドールが、地面を、丁寧に、見ながら歩いた。

アンナは、地図と、記録帳を、抱え、私たちの半歩、後ろを、進んだ。

護衛のふたりは、視界の周縁に、いつも、目を、配っていた。


——切り株。


最初に、私の目に、入ったのは、それだった。


針葉樹の細い幹が、根もとで、まっすぐに、切り倒されていた。

切り口は、白く、まだ、新しかった。

おそらく、ふた月以内のもの。

切り口に、斧の刃の痕が、規則的に、残っていた。何度も、振り下ろした、慣れた手の痕だった。


「テオドール卿」


私は、低く、彼を、呼んだ。


テオドールは、切り株の前で、片膝を、ついた。


「——細い木を、複数、切っております。たぶん、小屋の支柱用」


私たちは、視線を、足元から、周囲に、広げた。

五メートルほど、離れた窪地に、——黒い焦げ跡が、あった。


焚き火の、跡だった。


円形の石組みのなかに、炭の塊と、灰が、わずかに、残っていた。

火を消した跡は、新しく、燃やした薪の種類も、針葉樹のものだった。

そばに、食事の残飯が、布で、丁寧に、包まれて、土に、わずかに、埋められていた。


「——数日前、ですね」


テオドールが、低く、つぶやいた。


「ええ。多くて、五日。少なくて、二日ほど、前」


私は、立ち上がり、焚き火の跡から、もう一歩、踏み出した。

その瞬間、足の裏で、何か、小さな、硬いものが、わずかに、転がった。


私は、屈み込み、地面から、それを、拾い上げた。


革のベルトの、——留め金だった。


楕円形の、銅の小さな金具。中央に、小さな浮き彫りの模様。

たぶん、留め具を、ぐいと締めたときに、革から外れて、落ちたのだろう。

ありふれた、地味な金具だった。


——けれど、その縁に。


蒼い、染料の跡が、わずかに、残っていた。


私は、留め金を、ランプの光の下で、見るふりをして、空を、見上げた。

午後の蒼森の上は、わずかに、雲が、出始めていた。

雲を、口実に、目線を、わずかに、内側に、戻した。


——蒼い帯の、留め金。


私は、その八文字を、声に、出さなかった。

出さずに、心のなかで、低く、置いた。


「——テオドール卿」


私は、留め金を、彼の方に、見せた。


「これ、を」


テオドールは、留め金を、両手で、受け取った。

彼の指の腹が、留め金の縁の、蒼い染料の上を、ふっと、撫でた。

そして、目線を、ゆっくりと、私の方に、戻した。


「——藍と、青苔の、混合染料でございます」


低く、彼は、そう、判断した。


「ヴェルディアの、北の、染色技術。アルメリアでは、見ない、配合でございます」


私は、頷いた。


「——蒼帯」


そう、口に、出した。


これだけ、はっきりとした、物的な、繋がりは、もう、推論ではなかった。


アンナが、書面入れから、小さな麻袋を、取り出した。

留め金を、私はその麻袋に、納め、書面入れの中に、しまった。

持ち帰り、学府の薬学府で、染料の成分を、もう一度、精密に、特定する必要があった。


「——奥様。あちらに、もうひとつ、ございます」


護衛のひとりが、低く、東の方角を、指した。


私たちは、その方角へ、慎重に、進んだ。


小さな窪地のなかに、石組みの、簡易な、雨除けが、組まれていた。

雨除けの上には、針葉樹の枝で、組まれた、簡素な屋根の、骨格。

雨除けの内側の地面には、毛布の繊維が、わずかに、落ちていた。


「——小屋の、跡で、ございます」


テオドールは、その内側に、入った。


「外部からは、見えにくい配置。けれど、ヴィレナの群生地までは、徒歩で、四半時。**収穫の、定期的な、宿営地、として、機能していたものでございます**」


私は、その小屋の跡の、中央に、立った。


足元には、わずかに、平らに、踏み均された、跡。

壁面の石組みに、わずかに、油の染み。たぶん、ランプの油の跡。

天井の枝の骨組みは、四半年は、もう、もたない、新しさだった。

最後に使われたのは、ふた月以内、たぶん、もっと、最近。


——ここから、薬草が、運ばれている。

——どこかへ。


私は、心のなかで、ひとつの、推論を、置いた。


蒼帯は、ここで、ヴィレナを、収穫し、束に、まとめ、薬草の流通網に、紛れ込ませ、——どこかへ、流す。

どこか、とは、たぶん、ふたつ、ある。

ひとつは、帝都ヴェスペルの、薬草市場。これは、私たちが、二十二話で、痕跡を、確認している。

もうひとつは、——ヴェルディア王都の、社交界。

そして、ヴェルディア王都の社交界には、義妹のイザベラが、いた。


——「珍しい蒼森の薬草茶」を、若い商人から、買い付けた、と。

——「自分の手柄を、立てたい」という、彼女らしい欲求を、利用された、と。


私は、その推論を、いま、ここで、声に出すには、ふさわしくない、と、判断した。

ヴァインフェルト家門と、蒼帯の関係。

それは、まだ、私の中で、輪郭が、固まっていない。

固まっていないものを、テオドールや、アンナや、護衛に、伝えることは、彼らの判断を、不必要に、混乱させる可能性が、あった。


「——テオドール卿」


私は、小屋の跡の中央から、出ながら、低く、口を、開いた。


「**ここから、薬草が、運ばれております。どこかへ**」


「——左様、でございますね」


「運送先を、たどる必要が、ございますが、本日中には、不可能でございます」


「ええ。引き上げましょう」


アンナは、地図に、小屋の跡の位置を、点で、印した。

それから、書面の縁に、小さな注釈を、書き入れた。


私たちは、もと来た道を、慎重に、戻り始めた。

霧は、深さを、増していた。

午後の蒼森は、もう、青く、暗かった。

朝、私たちが、入ったときの方角は、もう、地形と、地図と、テオドールの方位の感覚なしでは、もう、見つからなかった。


留め金は、私の書面入れの中で、わずかに、重かった。

蒼帯。

私はその二文字を、もう、声に出さずとも、心の中で、何度でも、確かめることが、できた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ