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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第45話 国境への旅

マイヤー師の、若き日の手記。

それから、母の、論文。


その二冊を、テオドールの机の前で、ゆっくりと、見せた。


「——テオドール卿」


私は、低く、姿勢を、整えた。


「**私は、蒼森南西斜面に、参ります**」


テオドールは、わずかに、目を細めた。


「マイヤー師の手記と、母の論文を、照合いたしました。五十年前、ヴィレナは、自然発生のみ、その量も、年間で数十株でございました。いま、蒼森には、群生が、存在している、可能性があります。**人為的拡散の、物的証拠が、必要でございます**」


テオドールは、長卓越しに、二冊の本の表紙を、目で、追った。

それから、私の方を、見て、即座に、答えた。


「——**私も、ご一緒いたします**」


短く、彼は、決めた。


私は、わずかに、目を、伏せた。


「学府長として、調査の正当性を、保証する必要がある、ということでしょうか」


「それも、ございます」


テオドールは、頷いた。


「ですが、もうひとつ。**マイヤー師の追記が、心配でございます**。蒼帯、という組織が、五十年前から、続いている可能性が、あるならば、貴女、おひとりで、現地に入ることは、私には、賛成できません」


「私は、おひとりで、参るつもりは、ございません」


「左様でございますね。私と、アンナと、護衛、二名、お連れいたします」


アンナが、机の脇から、わずかに、首を、傾けた。


「——私も、ご一緒、よろしいでしょうか」


私は、頷いた。


「アンナ殿、ご一緒、いただけると、心強うございます」


「ありがとう、ございます」


そして、テオドールが、つけ加えた。


「護衛二名は、学府の警備局から、出します。武器は、剣のみ。表向きは、私の私的な、植物標本採取の出張、という名目に、いたします。蒼帯の動きを、刺激しないために」


私は、深く、頭を下げた。


「ご配慮、ありがとう存じます」


——*


二日後の朝、私たち五名は、馬車二台と、騎馬で、帝都ヴェスペルの東門を、出た。


冬の終わりの、北東の街道。

枯れた葡萄棚の連なる丘を、ゆっくりと、上り、下り、上り、下り。

道は、徐々に、密度を増す、針葉樹の森のなかへと、入っていった。


私はテオドールの隣の馬車に、アンナと共に、乗っていた。

テオドールはもう一台の、書類入れと、簡素な野営道具を積んだ馬車に、護衛のひとりと、共に。残るひとりの護衛は、私たちの馬車に、ついていた。


道中、私は、革表紙の手記と、母の論文を、布で包んで、膝の上に、置いていた。

重みは、心地よかった。


夕刻、国境地帯の小さな宿場町、シルバルム、に、私たちは、到着した。

宿は、二階建ての、簡素な石造りの建物だった。

小さな食堂が、一階にあった。


夕食の前に、私とテオドールは、宿の食堂の隅で、町の薬草商を、ひとり、呼んでもらった。


呼ばれた薬草商は、五十代の、髪に白いものが混じった、痩せた男だった。

学府の襟章を見て、わずかに、姿勢を、整えた。


「お手数を、お掛けいたします」


テオドールは、低く、礼を述べた。


「ここ半年ほど、蒼森から、薬草を運び出す、買い付け人の話を、お聞きしたいのですが」


薬草商は、しばらく、首をひねった。

それから、低く、口を、開いた。


「ええ、ここ半年で、急に、増えましたなあ、買い付けの方々が。蒼森に入っては、薬草を、束で、運び出す。値段は、それなりに、安く出してくれる。ですが、量は、こちらが、扱いきれないほどでして」


「どのような方々ですか」


「若い男たちです。十人ほどでしょうか。出入りを、繰り返しております。腰に、揃いの帯を、巻いて」


「揃いの、帯」


「ええ。蒼い、帯でして」


——蒼帯。


私の指は、膝の上の手記の縁を、わずかに、握り直した。


「他に、お気づきの点は」


「そうですなあ……、私ども、商人どうしの井戸端話では、彼らの本拠地が、どうやら、ヴェルディアの旧家門の、ご縁戚の、領地のなかに、あるらしい、と」


「——どちらの、ご縁戚の」


「具体的な家名は、私には、わかりかねます。ただ、古い、ヴェルディアの宮廷時代に、薬草管理を、なさっていた、ご家門の、ご縁戚の、領地、と、聞いております」


私は、テオドールと、わずかに、目を、合わせた。

テオドールの目元が、ふっと、引き締まった。

彼もまた、その情報の、意味の重さを、即座に、読み取った。


——古いヴェルディア宮廷時代の、薬草管理家門の、縁戚の、領地。


私は、頭の中で、ヴェルディアの古地図を、思い出した。

宮廷薬草管理を、長く担っていた家門は、いくつか、限られていた。

そのうちの一家門は、——ヴァインフェルト侯爵家と、四代前に、縁戚関係を結んでいた。

五年間、屋敷に住んでいた私は、ヴァインフェルト邸の家系図の片隅で、その家門の名を、何度か、見たことがあった。

当時の私は、それを、ただの古い家系のひとつとして、流していた。


いま、その流していたものが、ふっと、私の鼻のなかで、青く、立ち上がりつつあった。


「ご親切に、感謝いたします」


テオドールは、薬草商に、深く、頭を下げ、わずかな心づけを、渡した。


薬草商が、退出したあと、私たちは、しばらく、食堂の窓越しに、夕方の蒼森の縁を、眺めていた。

霧が、降り始めていた。

明日、私たちは、その霧のなかへ、入る。


「——奥様」


低く、テオドールが、口を開いた。


「明日、慎重に、参りましょう」


私は、頷いた。

「はい」と短く、返した。

膝の上の、革表紙の手記の縁を、私はもう一度、確かめるように、軽く、撫でた。

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