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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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第25話 戦ってくれる人

本作は全70話で完結予定です。

本日から毎日5話ずつ、07:10/12:10/18:10/20:10/22:10に更新します。

続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークと下部の☆☆☆☆☆から評価で応援していただけると励みになります。

私は朝食の後、すぐに、内庭の回廊を、中央棟へ向かった。

昨日の会議の後始末について、何か話があるのだろう、と察してはいた。けれど、彼が私のために、わざわざ朝のうちに、時間を確保したことには、わずかな緊張を、覚えていた。


執務室の扉を、アンナが、開けた。


部屋の中の空気は、いつもよりも、ほんの少しだけ、引き締まっていた。

テオドールは、机のうしろから、立ち上がって、私を迎えた。

姿勢は、いつもと、変わらなかった。けれど、書架の前の小さな卓に、すでに、ふたつの茶器と、書類が、用意されていた。


「奥様。お時間を頂戴いたしまして、ありがとう存じます」


「いいえ」


「お掛けくださいませ」


私は、書架前の小卓の、革の椅子に、腰を下ろした。

テオドールも、向かいに、座った。

アンナは、いつものように、扉の脇に、控えた。


「——昨日の、ガストン卿の、ご発言の件で」


テオドールは、両手を、卓の上で、軽く重ねた。


「**後始末を、しておきます**」


「私が、何か、すべきことが、ございますか」


私は、低く、尋ねた。


テオドールは、ほんのわずか、口の端を動かした。

それは、微笑ではなかった。

むしろ、私の即座の問いに対する、彼自身の、わずかな安堵だった。


「——ございません」


短く、彼は、返した。


「**私が、学府長として、処理いたします**」


私は、しばらく、黙った。

黙ったのは、答えに、迷っていたからではなかった。

彼の「処理いたします」の四文字のうしろに、たぶん、薬学府とのいくつかの非公式の折衝、調整、皇族との連絡、学者たちへの根回し——そういったものが、長く、横たわっているのを、感じたからだった。

そして、そのすべてを、テオドールは、私の名前で、私の頭越しに、しかし、私の業績のために、自分の手で、引き受けようとしていた。


「ヴィレナの研究は、本来」


テオドールは、続けた。


「複数領域に、またがるべきものでございます。植物学、薬学、調香学、それぞれの、視点が必要でございます。これは、ガストン卿が、学術的に、正しい部分でもございます」


私は、頷いた。


「だが、特定したのは、調香学府でございます。そして、特定者は、あなたでございます。**学府の領域は、譲りません**」


——譲りません。


その四文字の置き方には、テオドールの、いつもの学術的な抑制を超える、一段、強い色があった。

彼が「譲らない」と決めたものは、たぶん、彼の中の脚本では、めったに、書き換えられないのだろう、と、私は思った。


「——……ありがとう、存じます」


私は、短く、礼を、述べた。


テオドールは、そこで、わずかに、首を振った。


「**お礼は、不要でございます**」


きっぱりとした、けれど、冷たくはない声だった。


「これは、**貴女の業績を守ることが、本学府の責務**だから、でございます」


私は、目を伏せた。


その「責務」の二文字の置き方が、私のなかに、何か、奇妙に静かな波を立てた。

善意でも、好意でも、私情でも、なかった。

責務、と、彼ははっきりと、言った。

私のためではなく、学府のため。

学府のため、ではなく、私の業績のため。

私の業績、というのは、私自身のものだった。


——この人は、私のために、戦って、くれている。


私の中で、そう、ひっそりと、その一行が、置かれた。


私は、その一行を、口に出さなかった。

出すべき場面でもなかった。

彼が、そう呼ばれることを、好む種類の人間でもなさそうだった。


ただ、その認識を持ったまま、私は、目を上げた。


「——テオドール卿」


私は、卓越しに、彼の顔を、まっすぐに、見た。


「では、私は、解毒法の研究に、集中いたします」


テオドールは、目元を、ほんのわずか、ゆるめた。

それは、彼が、目の前の相手に、信頼を伝えるときの、わずかな表情の動かし方だった、と、後で、私は理解することになる。


「——お願い、いたします」


それから、彼は、卓の上の書類を、軽く、整え直した。


「サンプルの追加採取、市場からの流通の追跡、それから、現地調査の準備。これらにつきましては、私とアンナで、進行いたします。**奥様は、解毒法の研究と、ヴィレナの拮抗成分の探索に、専念ください**」


「——承知いたしました」


私は、深く、頭を下げた。


「ご無理は、なさいませんように」


低く、彼は、もう一度、付け加えた。


ふだんなら、それは、社交辞令の一文だった。

けれど、今朝の彼の声には、社交辞令にはない、わずかな、人間的な気遣いが、滲んでいた。

彼自身、それに気づいて、わずかに、目を伏せた、ような気が、した。


執務室を出ると、内庭の回廊に、冬の陽が、長く差し込んでいた。

アンナが、半歩横を歩きながら、低く、口を開いた。


「——奥様」


「アンナ」


「テオドール様は、ふだん、こうした、お話をされる方では、ございません」


私は、わずかに、目を上げた。


「——どういう、意味でございますか」


「学府長として、業務上の戦いを、なさることは、何度も、ございました。ですが、その後、本人に『あなたのために戦った』と思われるような、説明を、なさることは、ほとんど、ございません。**いつもは、無言で、処理されてしまわれます**」


私は、しばらく、何も、返さなかった。


「——左様で、ございますか」


「はい」


アンナは、それ以上は、言わなかった。

それで、十分だった。


回廊の途中、私の指先の薄い緑色を、私はもう一度、目で、確かめた。

五年間、私の指は、誰にも、見られない色を、しずかに、持ち続けてきた。

今日からは、私の指の色を、見て、敬意を払う人々の中に、私は、いる。


それは、たぶん、嬉しいことだった。

嬉しいということを、認めても、いい時期に、私は、入りつつあるらしい。

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