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「夫人の手遊びだろう」と離縁された王宮御用達調香師は、翌朝隣国に招かれました  作者: ヲワ・おわり


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22/40

第22話 蒼い帯

本作は全70話で完結予定です。

本日から毎日5話ずつ、07:10/12:10/18:10/20:10/22:10に更新します。

続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークと下部の☆☆☆☆☆から評価で応援していただけると励みになります。

午前のうちに、農夫や旅商人たちが、荷馬車で薬草を運び込み、広場の四方に、簡素な露店を構える。広場の中央には、石造りの天秤台が置かれていて、商人と買い手は、そこで重量を量って、取引をしていた。


アンナは、私の半歩前を歩いていた。

彼女は学府の補佐官として、月に何度か、ここで仕入れを確認する役目を負っていた。商人たちは、彼女の姿を見ると、自然に頭を下げた。

私は学府の灰色の襟章のついた、調香師の略式服を着ていた。変装はしていなかった。表向きの調査のためには、学府の人間として歩く方が、かえって動きやすい、というのが、アンナの判断だった。


露店は、二、三十軒ほど。

私たちは、それを、ひとつずつ、ゆっくりと回った。


薬草を、ひとつ手に取る。

指のあいだで、葉先をつまみ、温める。

温まった葉から立ちのぼる、ほのかな香気を、鼻先で確かめる。

それから、商人に、産地を問う。


「これは、どちらから」

「これは、ナルダ川の方からですよ」

「冬越しの葉は、どちらの方角の」

「南向きの斜面の、群落から取ったものでして」


そういう、簡素なやり取りを、何件も、続けた。


露店の半ばを過ぎた頃、広場の北の隅に、ひときわ古い構えの店があった。

老人が、ひとりで切り盛りしている、小さな店。

棚は、四段。それぞれの段に、布袋と、簡素な木箱が並んでいた。


私は、その棚の上から二段目に、目を留めた。


——蒼森の、青苔。

——湿気を好む、針葉樹の根の腐葉。

——ヴィレナと、同じ自生条件で育つ、別の薬草。


少なくとも三種類、その棚に、並んでいた。


「——ご老人。この薬草は、どちらから?」


私は、できるだけ、ふだんの口調で、尋ねた。


老人は、目を細めて、私の襟章を見て、深く一礼した。


「学府のお方ですか。これは、北の方からですよ。蒼森の縁の」


「最近、入荷が増えましたか?」


「ええ、それなんですよ」


老人は、わずかに、苦笑した。


「最近、買い付け人が、急に、変わりまして。若い男たちが、束になって、北の山から運んでくるんです。値段も、ずいぶん下がりました。私らとしては、楽は楽なんですが、なんだか、訳がわからない値下がりで」


——若い、男たち。


私は、棚の薬草の上に、指を当てたまま、声を、できるだけ平らに、保った。


「その買い付け人の方々は、どちらの組合の?」


「いやあ、それが、組合の名前は、出さないんです。ただ、皆さん、腰に、揃いの帯を、お巻きで」


「揃いの、帯?」


「ええ。**蒼い帯**を」


その三文字に、私の指は、棚の薬草の上で、止まった。


止まったのは、ほんの一瞬だった。

すぐに私は、指を動かして、別の薬草の葉を、つまみ直した。

振り返らずとも、私の半歩横で、アンナの呼吸が、わずかに、引きしまった音が、聞こえた。


「左様でございますか。最近の流行り、でしょうか」


私は、できるだけ、世間話の調子で、続けた。


老人は、頷いた。


「さあねえ、私らには、分かりませんが。けれど、その若い方々が、運んでくるものは、いずれも、丁寧に処理されていまして。ヴェルディアの方の薬草が、混ざることもあるんですよ。**南の方の、領地の薬草**が」


私は、無言で、棚を、もう一度見渡した。


確かに、ヴェルディア領で採れる薬草が、混ざっていた。

ヴァインフェルト侯爵領の、北東の森でも、確かに採れる種類。


私はその布袋を、わずかに、開いた。

葉の色、葉脈の入り方、香気の輪郭——すべて、ヴェルディアの北の森のものだった。


「——ありがとうございます。また、寄らせていただきます」


私は、短く礼を言い、棚から離れた。


アンナは、私の半歩横で、何も言わずに、ついてきた。

広場を、私たちは、もう一度、半周し、買うべき薬草を、いくつか、別の店で揃えてから、市場を出た。


帰路の石畳の上で、ようやく、アンナが、低く、口を開いた。


「——蒼い、帯」


「——気に、留めて、おきましょう」


私は、短く、そう答えた。


「組合の名前を、出さない、揃いの帯の、若い男たち。買い付けが活発になり、値段が下がる。流通の経路は、北の方。けれど、ヴェルディア領の薬草も、混ざっている」


アンナは、頷いた。


「学府に戻りましたら、市場局に、過去半年分の、薬草流通の記録を、当たらせていただきます。蒼い帯、という呼び名で、何か、引っかかれば」


「お願いいたします」


私たちは、しばらく、無言で、街路を歩いた。


帝都の冬の空気は、相変わらず、乾いていた。

けれど、私の鼻のなかには、まだ、さきほどの老商人の店の、布袋から立ちのぼった、北の森の薬草の香気が、残っていた。


その香気のなかに、ふと、私の鼻は、もうひとつ、別の輪郭を、見つけていた。


——ヴァインフェルト侯爵領の、北東の森。


そこは、私の旧夫の家門の領地で、地図の上で、蒼森の南西斜面に、最も近い、ヴェルディア側の森だった。

ヴィレナの自生地の縁。

熱病の発症地と、すでに不一致な経路で、結ばれている可能性のある場所。


そして、ヴァインフェルト家は、領地経営を、家令と義妹に任せきりにしている家門だった。

誰が、そこから、何を、運び出しているのか。

あるいは、何が、運び込まれているのか。


私はそれを、声には、出さなかった。

ただ、心のなかで、薬務官ハインリヒへの、次の手紙の、文面を、半分だけ、組み立て始めていた。

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