72 結末
クラリスたちは、ためらうことなく縛獣鎖でアンナとサイモンを縛り上げ、仙門へ連行する準備を整えた。
サイモンは縛られている間、一度も抵抗しなかった。ただアンナを一瞥し、その目には嫌悪の色が浮かんでいた。
「一体、どっちが魔族なんだかわからないな」
そう呟いたあと、サイモンはヴァルターに目を向け、何かを伝えるように唇を動かした。
声は出なかったが、イザベラにはその口の動きがはっきりと読み取れた。
サイモンが言ったのは、「封印」だった。
イザベラは胸がざわつき、思わずヴァルターを見た。
ヴァルターの顔には、珍しく戸惑いの色が浮かんでいた。
「どういう意味だ?」
その問いを聞いて、サイモンは一瞬呆気にとられた。そして、ヴァルターの反応がよほどおかしかったのか、突然声を上げて笑い出した。やがてうつむくと、それ以上は何も語ろうとしなかった。
***
ようやく事態は収拾されたが、五人の誰の顔にも笑みはなかった。
夜闇が頭上に重くのしかかり、星は一つも見えなかった。
風馬妖獣がすぐ近くで鼻を鳴らし、落ち着かなげに蹄で地面を掻いていた。
アルベルトが口を開いた。
「黒縞妖猫はどうする?」
「まだ完全に堕魔したわけではないから、すぐに制御不能になることはない。だが、体内の魔気は少しずつあいつを蝕んでいく。浄化する方法が見つからなければ、いずれ完全に堕魔してしまうだろう」
リヒターはヴァルターの空間袋を一瞥し、中の黒縞妖猫には聞こえないとわかっていながら、思わず声を潜めた。
ヴァルターも空間袋に目を落とした。
「修仙界は堕魔者を受け入れない。 無法の地に逃がしてやることならできるが……」
堕魔者が見つかれば、仙門によって直ちに討伐される。そのため、堕魔者の多くは修仙界と魔界の境界にある無法の地へ逃れるのだ。
「いずれ堕魔するということは、今はまだ堕魔していないのよね?」
イザベラは眉をひそめた。
「今の黒縞妖猫は、いわば半分だけ堕魔しているような状態だ。完全には堕魔者と見なされないだろうが、あの状態で無法の地へ行っても、生き延びられるかどうか……」
アルベルトは心配そうに両手を握り合わせた。
しばらく沈黙したあと、イザベラたちは揃ってヴァルターを見た。
ヴァルターは苦々しげに歯を食いしばった。
「……そういえば、遠出から帰ってきた弟子は、師匠に土産の一つくらい持って帰るべきだと思わないか?」
「その通り!」
「もちろんだ!」
「師匠への感謝を忘れないのが、いい弟子ってもんだ!」
アルベルトたちの目が輝いた。
リヒター「……!」
こうして五人は黒縞妖猫を連れ、すっかり機嫌を直して仙門への帰路についた。
帰り道、イザベラたちは黒縞妖猫を空間袋から出し、外の空気を吸わせることにした。
風馬妖獣がグリーンベル村の裏山を駆け抜けた時、黒縞妖猫が突然立ち上がった。
黒縞妖猫は眼下に広がるカエデの森をじっと見つめていた。
そこには一本の古木があり、根元の草は踏み固められ、枝には緑色の鈴がぶら下がっていた。
鈴は夜風に揺られ、澄んだ音を響かせていた。
黒縞妖猫は長い間それを見つめていた。
そして、うつむいて鼻先で空間袋の縁を軽く触れ、自ら中へ潜り込んだ。
イザベラは空間袋の口を結び、袋を撫でてからヴァルターに返した。
空間袋の中から物音はしなかった。
そもそも、中の音が外に聞こえるはずもない。それなのに、イザベラには、袋の奥からかすかにくぐもった「ニャー」という声が聞こえた気がした。
彼女は何も言わなかった。
夜風が頬を撫でて、なぜか、少しだけ目がしみた。
数時間後、星詠仙門の剣士七組が拠点とする滝のほとり。
クロードの手は震えていた。
「……お前ら、一体何を連れてきたんだ? こいつは、クソッ、堕魔――」
クロードの口は、クラリスの手で素早く塞がれた。
アルベルトは慌てて手を振りながら早口で言った。
「堕魔してない! まだ堕魔してないって! 半分だけなんだよ! 半分なら、堕魔者とは言えないだろ!?」
「お前ら、俺を殺す気か!? こんなもん連れてきやがって! さっさと始末しろ! 殺せ!」
五人の弟子たちが、揃って涙ぐんだ目でクロードを見つめた。
クロードは今にも心臓が止まりそうな気分だった。片手で胸を押さえ、もう片方の手で弟子たちを追い払うように振った。
「……全員、さっさと失せろ! 次の仙士大会で三位以内に入れなかったら、お前らもこの黒縞妖猫も、まとめて無法の地に放り込んでやる!」
イザベラたちは黒縞妖猫を残し、嬉しそうにその場をあとにした。
滝のほとりで足音が次第に遠ざかり、あたりには再び滝の轟音だけが響くようになった。
クロードはしばらく黒縞妖猫をじっと見つめていた。
黒縞妖猫も彼を見つめ返していた。金色の縦長の瞳には媚びる様子も怯える様子もなく、ただ静かに座っていた。
クロードはゆっくりと仙力を放ち、黒縞妖猫の体内の状態を探った。
黒縞妖猫は逃げもせず、抵抗もしなかった。
クロードはようやくわずかに顔を上げ、黒縞の妖猫と目線を合わせた。そして手を差し出し、鼻先で匂いを確かめさせてから、静かにその頭を撫でた。
「ニャー」
黒縞妖猫はその手に込められた善意を感じ取ったのか、クロードの腰に体をすり寄せた。
クロードは目を閉じた。
「この小僧ども……俺がお前を殺さないって、最初からわかってやがったんだな」
「ニャー」
「うるせぇ、鳴くな。 俺には猫の言葉なんて分からないんだ」
……
五人は滝のそばを離れ、宿舎へ続く道を歩いていた。
アルベルトはまだぶつぶつと呟いていた。
「仙士大会まであと三か月か。三位以内、ねえ……首席、お前なら何人倒せそうだ?」
「さあな。お前なら百人くらい倒せるんじゃないか?」
クラリスは声を上げて笑った。
リヒターも口元をほころばせた。
イザベラは最後尾を歩いていた。
イザベラはふと、サイモンが最後に口にした言葉を思い出した。
「封印」。
彼女は顔を上げ、前を歩くヴァルターを見つめた。
ヴァルターの背筋はいつもどおりまっすぐに伸び、腰には黒い剣が下がっていた。何も変わったところはなかった。
「イザベラ?」
前を歩いていたクラリスが振り返って彼女を呼んだ。その目には、まだ笑みが残っていた。
「今行くわ」
厄介なことが山積みだけど、一つずつ片づけていけばいい。
イザベラは足を速め、仲間たちに追いついた。
雲の切れ間から差し込む朝日が、五人の若い仙士たちを照らしていた。
彼らの修仙の道は、まだまだ続いていく。
後書き:
なかなか数字が伸びなかったこともあり、本作はひとまず第一部で一区切りとさせていただきます。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
それでは、また次の作品でお会いしましょう!




